突入!滅び大好き世界破滅神教(上)

「リキさんは宗教についてどう思われますか?」

 そう聞かれた時の戦士リキの苦々しげな表情は筆舌に尽くしがたいものがあった。

 心底苦しむ人間の顔は、生身のそれよりも芸術家が描く彫刻のそれに近いとだけ述べさせてもらおう。

 例の如く、ノミオスの酒場のことである。


「俺としては『宗教について』よりも『宗教についてどう思われますか』について答えたいな」

「そうですか。では、改めて……」

 勇者レイヴがこほんと咳払いをして、汚れなき瞳でリキを見て尋ねる。

「『宗教についてどう思われますか』についてどう思われますか?」

「世界で一番聞かれたくない質問だな、こういうことを聞かれると絶対にろくなことにならない」

「なるほど……では、宗教についてどう思われますか?」

 リキは天を仰いだが、見えたものはノミオスの酒場の古ぼけた天井だけだった。

 救いの手を差し伸べる神の姿は見えない。


「ああ……宗教な……」

 この国で宗教といえば、イェルダバ教のことを指す。

 しかし、他人に「宗教」について尋ねられた場合、それはほぼ間違いなくイェルダバ教のことではない。

 もしも信仰について尋ねたい場合は「イェルダバ様についてどう思われますか?」という聞き方になるからだ。


 戦場から逃げることは出来る――だが、日常から逃れることは出来ない。

 戦場から逃げ出した先が日常であるからだ。

 しばらくの沈黙の後、観念したようにリキは口を開いた。


「と、とりあえず……なんでそんな質問をするのかを教えてくれ」

「そうですね、まずはそれから話すべきでしたね」

 レイヴが咳払いをするタイミングを見計らって、リキはテーブルに置かれた酒を全て飲み干した。

 神よりは酒の方が現世での救済に熱心だ。


「この前、僕が大量の転売を行ったことを覚えていますか?」

「あぁ、あれは本来の意味で仕入れっぽかったが……」

 リキは大量の彫像の存在を思い出す。

 一つ売るだけでも、靴を舐めるほどの苦労が必要だろう。

 それを目の前の少年は数えるのも面倒くさくなるほどの数を仕入れていたのだ。


「……ま、一個ぐらいなら俺も買うぜ」

「あ、すいません……あれ全部売ってしまいまして」

「お前……すごいな……」

 心底申し訳なさそうに頭を下げるレイヴに、リキは畏怖の念すら覚えた。

 

「欲しかったなら、また仕入れてきま――」

「いや、いらん。売れてよかった」

「そうですか」

「で、なんだっけ」

「あの彫像、20個ほどはお金を持ってそうな方たちに売ることが出来たのですが……80個ほど余ってしまって……」

「……あれを1個売れるだけでも俺としては尊敬通り越して引くが」


 木彫りの熊と我が子を食らうサトゥルヌスを混ぜたような珍妙な木彫りの彫像であった。辞書の悪趣味の欄に参考として載せてやりたいぐらいの出来である。


「それを在庫丸々買い取ってくださるという宗教団体の方たちがいらっしゃって」

「……交換条件として、入信を強要されたか?」

「いえ、そこは普通に」

 そう言って、レイヴはテーブルの上に袋を置いて、開け口からちらりと中身を覗かせた。顔を照らさんばかりの金貨の眩い光がそこにあった。


「とまぁ、売買契約は成立済みでして」

「お前……マジかぁ……」

「ただ、折角だから教会に見学しに来ないかという誘いを受けまして」

「なるほどなぁ……まぁ、興味はあるんだろう?」

「えぇ」

 どこか自信なさげに、囁くようにレイヴが言った。

 そんなレイヴの様子を見て、リキはうんうんと頷く。


「勇者という立場も無くなったし、同じパーティーのシフはアレだしな……なにかに縋りたい気持ちはわかる」

「……ダメですかね」

 上目遣いにレイヴがリキを見た。

 その様子は欠片の強さも持たない年頃の少年のように見える。

 リキはレイヴの肩に手を置き、うっすらと笑って言った。


「いや、俺は悪くないと思う」

「えっ」

「結局、人の心を支える柱っていうのは人それぞれだからな。イェルダバ様だって、宇宙の迷い仔に自分以外に救われるなとは言わないだろう」

「そう、ですか……」

「とりあえず、行ってみたらいいんじゃないか……その何教だ?」

「滅び大好き世界破滅神教です」

「折れろ、お前の心を支える柱」

 リキはレイヴの肩に置いた手を話し、真顔で言った。


「なんでですか!?」

「いや、なんでですか……っていうか、よくそんな名前のところに救われようと思ったな!?」

「元勇者として……何も知らぬものに対して、偏見を持って接することはしないんです!」

「滅び大好き世界破滅神教は流石に向こうが偏ってるだろ!」

「リキさんは人間を信じる心を失ってしまったんですか!?」

「お前に必要なのは人間を信じる心じゃなくて警戒心だぞ!?」

「向こうの方も『いけに……ゴホン、ゴホホン、歓迎パーティーの用意をして待っているよ~』と言ってくれたんですよ!!」

「なんで咳払いまで完璧に記憶した上でその判断をするんだよ!!勇者の勇気は蛮勇だけで出来てんのか!?」

「『いけに』は生贄じゃなくて池に宝のことかもしれないじゃないですか!?」

「ぜってぇ違うだろ!!」

 リキは叫びながら嫌な予感に囚われた。

 目の前の少年は、行動力に関してはシフを上回るアホである。

 なれば、止めたところで勝手に行くのではないか――ならば。


「わかった、じゃあシフを連れて行け」

「シフさんを?」

「同じ、パーティーメンバーだからな。歓迎パーティーがあるっていうなら、パーティー繋がりで呼んでやってもいいだろう」

「パーティーってそういう意味なんですかね……?」

「まぁ、とにかくパーティーメンバーとの友好を深めるという点でもこういうのは大切だから、うん……とにかくシフを誘って行くといい」

「そうですね!シフさんを誘って行ってきます!!リキさん、相談に乗ってくださってありがとうございました」

「うむ」

 リキは全神経を集中して、無理矢理に笑顔を作って頷いた。

 可能性は限りなく低いが、もし「滅び大好き世界破滅神教」が平和な宗教団体ならばそれで良し。その名の通りの団体であるのならば、シフを働かせる良いきっかけになるだろう。

 そこまで、考えたリキはある可能性を思い浮かべて、今まさに酒場を出ようとするレイヴの肩を掴んだ。


「いや、俺も途中まで送っていくよ」

「えっ?悪いですよ、そんな」

「いやいや、遠慮しないでくれ、だって――」


 シフの野郎は面倒くさがって、普通に逃げかねねぇからな。

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