定期検診!ワンちゃんいきいき検診と暗黒冥炎獣デスヘルケルベロス!


 ヘルデーモン動物病院の待合室は恐るべき緊張感に満ちていた。

 無理もないだろう、待合室ん柔らかい椅子に座っていたり、あるいは飼い主に抱きかかえられているのは迷宮の奥底でしか発見できぬような魔獣達である。

 魔界怨獣ケイオスキマイラのポンがいる――ふっくらとした白黒の毛皮を纏った巨体の魔獣だ。大熊猫と狸の特徴を併せ持つ油断できぬ獣である。

 その隣にいるのは滅跳怪体めっちょうかいたいジャッカロープのうさちょだ。一見すると角の生えた小柄なうさぎのようにしか見えないが、手足を体内に収納し弾力性の強い鞠のように飛び跳ねて動くことが出来る。

 そして、玉座に座るように魔道士ツンに抱かれているのは、垂れた耳をした金色の毛並みを持ちし暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスのポチだ。

 その瞳には強い憂いを帯びており、血の色をした舌を出しっぱなしにしてハァハァと息を荒げている。

「ニャーン」

 あ、猫ちゃん。


「哀れなる人間よ……今ならばまだ許してやる……離すが良い!」

 ポチが低い声で、威圧するように言った。

「バカじゃないの!?検診に許すも許さないもないんだからね!!」

 しかし、ツンはポチの言葉を意に介さずぬいぐるみを抱くようにポチを抱いたままである。


「我を散歩に連れ出すなどと甘言を用いてこのような行いを!!恥を知るが良いぞ!!」

「暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスがワンちゃんいきいき検診を恐れることを恥と知りなさいよね」

「グルル……」

 ポチが唸り声を上げる一方で、診察室の扉は無慈悲に開く。

 飼い主と共に短い足でトコトコと診察室から抜け出る毒コーギー。

 どこか得意げな表情を浮かべる毒コーギーに、ワンちゃんいきいきによるストレスは一切感じられない。


「ほら、あんな小さいワンちゃんだってちゃんとワンちゃんいきいき検診を受けてるのよ!」

「我は誇り高き暗黒冥炎獣デスヘルケルベロス……あのような毒コーギーと一緒にするでないわ……!!」

「毒コーギーだって、ワンちゃんいきいき検診に怯えるアンタと一緒にされたくないと思うわ」

 ツンの言葉に毒コーギーはとぼけたような表情を浮かべて、ちぎれんばかりに尻尾を振った。


「暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスのポチさーん!」

 診察室からポチを呼ぶ声がする。

 それはポチの猶予時間モラトリアムの終わりを意味していた。

 どれほどに逃れようとしても、宿命が生物を逃すことは決してない。

 生苦、老苦、病苦、死苦、そしてワンちゃんいきいき検診。

 相手が暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスであろうとも、決して。


「はい、ポチさんよう来ましたねぇ」

「は、図ったな……貴様ら!!」

 嫌々ながら、ツンに抱きかかえられ診察室に入れられるポチ。

 隙を見て逃げよう――そう思っていたが、中央にある台からやたらに良い匂いがする。

 匂いの元を追って、ひょいとそこに飛び乗ってみれば――診察台であった。

 匂いにも実体はない、ただの香水のようである。

 診察台から飛び降りようとしたポチだったが、敵の動きはそれよりも早かった。

 異世界から転移してきた獣医、山田 獄魔ヘルデーモンである。

 ポケットから取り出された何かしらの小粒が診察台に散らばった。

 食欲を誘う香ばしい匂いに、その小粒を食べようと思わずポチがその場に伏せる。

 その瞬間、ヘルデーモン山田はポチの耳をペラリとめくって奥を覗き込んでいた。


「はい、特に赤いところないですねぇ」

 そして、ポチのどこかアンニュイな目をチェックする。

「目も大丈夫やね、次お口見ますよぉ?」

 耳、目、口と順々にチェックしていくと、頭部にしこりや傷がないか、触って確かめていく。

「グルル……貴様ァ!」

 一度、流れにはまると抜け出すタイミングが掴めない。

 頭部を触っていた腕は、徐々に胴体へ、そして脚へと伸びていく。

 暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスも撫でられるのは嫌いではないが、それにしたって節度というものがある。

 検診においては、過剰に触られることになるのがまったく腹立たしいことである。

 全身を触られた後、ポチは重点的に腹回りを触られることとなった。


「ん~、ちょっと太ったんちゃいます?」 

「餌はちゃんとコントロールしてるわよ?」

「せやったら、どっかで拾い食いとかしとるかもしれへんね」

「ポチ?」

「グルル……知らぬ!」

「まぁ、酒場で他の客に餌貰っとるんやないかと思います」

「結構見てると思うんだけどねぇ……」

「グルル……愚かなる人間どもの目を欺くなど容易きことよ……」

「やっぱり、アンタやってるじゃないのよ!!」

「やってますわぁ」

「しまった!!」

 じっとりとした目でポチを見るツン。

 ツンから目をそらすポチ。

 その一方で、ヘルデーモン山田が注射器による採血を行う。

 暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスの名は伊達ではない、あらゆる攻撃に対して耐性を持ち、痛みにも強いポチであるが、注射器の細い針は、どうにも蚊のそれを思い出して、むず痒くなってしまう。


「グルル……我を怒らせたこと、冥府で後悔するが良い!!」

 とうとう暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスが牙を剥いた。

「こらっ!」

 しかし、ツンに注意されてしゅんとするポチに攻撃の気力はなかった。


 その後もレントゲンや尿、便など検査は続いた。

 それ以降、ポチはおとなしく検査を受け続けたのである。


「はーい、ほなお大事にぃ」

「ま、ちょっと褒めてあげても良いだなんて思ってないんだからね、ポチ」

 詳細な結果は後日わかるが、少なくともヘルデーモン山田が見る限りでは特に問題はなし。

 ポチは無事にワンちゃんいきいき検診を終えたのである。


「どうする、ポチ……このまま帰る?」

「グルル……いや、ノミオスの酒場に行くぞ!!貴様も含めて皆に言ってやらねば!!」

 不機嫌そうな唸り声を上げながら、ポチとツンはノミオスの酒場へと向かう。

 

「我が下僕として我が検診に行くことのないよう献身的に振る舞え!!」

「みんな結構アンタのために賢臣的に振る舞ってるわよ」

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