商業チート!最強の商売人になろう!

「商売を始めようかな、って思って」

 冒険者で賑わうノミオスの酒場、その隅のテーブルで盗賊シフが言った。

 同席した勇者レイヴは満足げに頷き、戦士リキは酒で唇を湿らせる。

 そして、魔道士ツンと暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスのポチは定期的なワンちゃんいきいき検診のために席を外していた。

 なんともいえない悪い予感がリキの肩に手を置いているようであった。


「商売……まぁ、無職よりはマシだが。何をやるつもりだ?」

「情報商材」

「一線を助走つけて超えるなよ」

 情報――時には実体を持った道具以上の価値を有するものであるし、リキも情報屋とのつながりを持っているが、その後ろに商材の二文字が付くと一気にどうしようもなくなる。


「違うよ、やる側じゃなくて情報商材を買おうって話なんだよ。そしてそれで儲ける」

 シフが取り繕うように言った。

 レイヴが満足気にこくこくと頷き、リキの視線が壁のメニューを走る。

 たまに冒険者の狩ってきた珍味がその日限定で載ることがある。

 普段どおりのメニューが並ぶ、救いはメニューにはない。


「というわけで買った情報商材がこちらになるわけなんですが」

 テーブルに資料がぶちまけられる。

「お前……お前……マジかぁ……」

 リキがテーブルに突っ伏す。


「このまま、無職を続けていいはずがない……アタシにだってわかってるよ」

「わかってるならパーティーに戻ってこい」

「でも汗水たらして働きたくないから、楽して稼ぐ方法っていう情報商材をかき集めてきたよ」

「汗水たらす方向を間違えたな」

「巧遅は拙速に如かず……アタシはやると思ったら、速攻だよ」

「さすがシフさんです」

「んふふ、まぁねぇ、さすがアタシってことになるね」

 シフは満足気に頷き、レイヴは拍手を送る。

 手と手を打ち鳴らす乾いた音が、リキの頭を痛めた。


「レイヴ君だっけ……勇者の?」

「いえ、今の僕は勇者ではありません。ただの無職です」

「君の隣のアホを止めようと思わなかったのかい?」

「戦い以外を知らぬ身です、ただただシフさんの行動力に感嘆するのみでした」

「わ、割れ鍋に綴じ蓋……」

「なによりも、シフさんが盗賊という誤った道から抜け出すことが出来て嬉しく思う限りです!」

「とりあえず新たな道を行くよアタシは!」

「地獄で舗装された善意の道って感じだな……」


 リキは大ジョッキの酒を一息で飲み干し、つまみの焼豆を皿を傾けて流し込むように食べた。

 いっそ、これで良いのかもしれない――リキはそう思った。

 貯蓄を全部吐き出せば、シフも働かざるを得ないのだ。

 真っ当な金貸しの金利ならば、シフが本気を出せば問題にはならないし、違法な金貸しならば、借金を消した上に臨時ボーナスまで作れるのでやはり問題はない。


「で、楽して稼ぐ方法にはなんて書いてあったんだ……?」

「商品を買い占めて、アタシ達から入手出来ない状態にして高額で売るんだよ!!」

「法がお前を暗殺から守らないことを、ようく思い出した上でもう一回言ってみろ」

回復薬ポーションを買い占めて高額転売をやります!」

 拳を構えたリキを見て、シフが取り繕うように言う。


「あ、大丈夫ちゃんと分割払いも――」

 その瞬間、リキの拳骨はシフの頭部を打っていた。

 ぷっくりと膨らむコブを涙目で抑えながら、シフは喚く。

「ぴぇ~!いいじゃん!いいじゃん!資本主義社会において血統は法の上には立てないけど、資産は法の上に立てるんだよ!!」

「その儲けた金はいざという時にお前をリンチから守らないからな?」

「ひっどい三権分立司法、資本、私刑だね」

 ワンちゃんいきいき検診に行っておけば良かった、リキは心の底からそう思った。


「冒険者の再就職は難しいねぇ」

「真っ当に盗難行為ダンジョン攻略殺傷行為モンスター討伐で働けよ、っていうかとっとと戻ってこい、そこのレイヴ君も一緒でいいから」

「戻ってこいと言われてももう遅い!」

「うるせぇわ、手遅れになる前に言ってんだよ」

 リキの拳がシフのたんこぶを正式に打ち付ける。

 再び涙ぐむシフを横目に、レイヴが頭を下げる。


「お気持ちはありがたいのですが、勇者ではないただのレイヴとしてシフさんと共に戦い以外の世界を知りたいと思っています」

「しばらくアタシは無職でいるから、レイヴ君と冒険者以外で頑張ろうと思うんだ!」

「年下に言うべき言葉じゃないが、何も知ってほしくないし、頑張ってもほしくねぇなぁ!」

 リキはそう言って、スプーン一杯の塩をつまみに何杯目になるかもわからぬ酒を口に運ぶ。


「ところで、シフさん」

「なにかね」

「そうなると買い占めておいた商品はどうしましょうか」

 レイヴの言葉に酒を口に運ぼうとしたリキの手が止まった。

 まるで油の切れた機械のように鈍い動きで、シフへと視線を向ける。


「やりやがったなお前……」

「いや、いやいやいやいや!!!アタシなんも知らないよぉ!」

「シフさんの行動力に少しでも近づきたいと思い、商品の仕入れを行ってみました!」

 レイヴがテーブルの上に大袋を置く。

 シフはぴぇーと泣き、リキはおずおずと袋の口に手を伸ばした。


「こ、これは……」

 ポーションが出るかと思えば、実際に出てきたのは不細工の木彫りの彫刻である。    

 おそらく哺乳類と思われる珍妙な生物が、ゴブリンらしき人型を咥えている。


「モーカラン工芸店で、売れ残っているのをシフさんとの共同金を使って全て買い占めてきました」

「お、おお……」


「モーカランの店主は売れ残り品を処理できてハッピー、僕たちも商品を購入できてハッピー、将来的なお客様も良い商品を入手できてハッピー……これが転売なんですね。流石シフさんです!」

「えっ、アタシのお金……」

「それはもう転売っていうか、一周回ってタダの業者だと思うが……」

 リキはシフの肩に手を置き、言った。

「ポーションの値段を釣り上げるよりはずっとマシだな」

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