総集編!話をわかりやすくしろ!

「総集編をやろうと思うんだ」

 ノミオスの酒場は、今日もクエストを終えた冒険者たちのにぎやかな喧騒に包まれている。

 このテーブルの客もまた、冒険者パーティーである。

 戦士のリキ、魔道士のツン、暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスのポチ、そして盗賊のシフとバランスの取れたメンバー四人で構成されている。

「総集……なに?」

 戦士リキがその言葉を言うと同時に、どこか既視感を感じた。

(なんだ……この……一回使われた文章がもう一回使われているような感覚は……)


「総集編だよ、総集編!アタシが追放されてから一週間ちょっと経ったので……ここらへんでこれまでのアタシの活躍を振り返ろうというわけ!」

「活躍って言葉の意味を知らないのか?」と呆れたようにリキが言い、

「っていうか活躍してたとしても……まとめ早すぎない?月4でやる気?馬鹿じゃない?」とツンが真顔でシフに詰めていく。

「グルル……」

 暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスのポチはひんやりとした床にその身を伏せて、他の客のテーブルの肉料理を目で追っている。

 今は秘められし暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスの恐るべき狩猟の才能は、おあずけから解き放たれた瞬間にノミオスの酒場の全ての肉を貪ることとなるだろう。

 ポチはおあずけが出来るタイプの暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスである。


「甘いね……アタシがただダラダラしてるだけだと思った?」

「思っていたが」

「甘ぁーい、甘いよリキくん。脱出アイテムを持たずにダンジョンに行く初心者パーティーぐらい甘いよ」

「じゃあ、なんだ?俺らにはダラダラしてるアピールをかましつつも、実はなんかしてたのか?」

「してたよ、この総集編には……アタシの知られざる活躍をアピールしようという意図もあるんだよねぇ!」

 そして、シフはツンに向き直り人差し指を突きつけた。

 白く細長い指は、まるでツンに向けられた刃のようである。

 ツンは僅かに汗をかき、シフの次の言葉に備えた。

 どうせ、ろくでもないことを言うだろう。


「これから毎日総集編をやってもいいぐらいだよ」

「それ、総集編を総集する入れ子構造は時間の問題だからね!?」

「まぁ、とにかく総集編をやるからね!前回めちゃくちゃ最終話っぽかったし!」


 シフは鞄から一枚の紙を人数分出すと、リキとシフに渡した。

 そして、少し悩んだ後にポチの頭に紙を置いた。

 ポチは他所の分厚いステーキをまんじりと見ながら、敬虔な僧侶のように書類を落とさぬように頭を動かさない。


「まず、登場人物紹介をやっていこうね、アタシはシフ13歳、ちょっとおちゃめな前科――」

「誰にだ」

 リキがシフの言葉に割り込んで端的に問うた。

「今更、アンタのことなんてわかってるわよ」

 シフの言葉にツンが続く。


「総集編はね、新規の入り口にもならないとダメなんだよ!」

「いねーだろ、新規」

「っていうかアンタの新規メンバーを探しなさいよ!」

「まぁまぁ、抑えて抑えて……次はリキ君、18歳の戦士……えーっとかなり強いよね!」

 にこやかに言ったシフは言葉を続けようと口を開いた。

 だが、続く言葉は出てこない。

 シフはそれ以降の言葉を探し求めて視線を泳がせたが、見つけたものは天井のシミであるとか、床に零れた酒であるとか、少なくともそれ以降の言葉に役立つものは何一つとして得られなかったのである。


「かなり強い!以上!」

 諦めたシフは首を振り、それだけを自信たっぷりに言って口を閉じた。

「お、お前……マジか……」

 リキは神に祈らない。

 結果は常に自分の行動に伴うもので、神はそれを見るだけの者だと思っている。

 そんなリキが初めて祈った。

――説明が下手なだけで、長い付き合いの仲間に関心を持たない人間ではあらないでくれ!!


「次、ツンちゃん!16歳の魔道士で……か」

「やめにしなさい!登場人物紹介だなんて、くだらないものまっぴらごめんよ!!」

 シフの言葉が「か」の後に続くよりも早く、ツンがシフの言葉を切った。

 「か」の後に続く言葉などいくらでもあるが、それがかなり強いでない保証など無い。

 しかも、かなり強いの後に一つの言葉も続かないことがないなどと、とてもではないが、信じることは出来ないのだ。


「じゃ、これまでのアタシの活躍を振り返ってみよう!」

 リキとツンは無言で手を挙げ、給仕を呼んだ。

 注文するのは度数の一番強い酒である。

 二人は酒を一息に飲み干し、再びおかわりを要求する。

 この登場人物紹介から続く話にシラフで挑む勇気はない。

 一方、ポチの視線の先にあった肉は、とうとう平らげられてしまい、

 ポチは落胆したように視線を落とし、紙はひらひらと空を舞って床に落ちた。


「まず、アタシがパーティー追放されたね」

「されたというか、仕組んだというか」

「んで色々あったね……あっ、アタシさ、釣りの翌日にすごい活躍する夢を見たけど、夢だったから残念だなって思ったよ」

「塵以下のものをかき集めた総集編って感じね……」


「あとレイヴ君に会ったりしたね、終わり」

 しばらく沈黙があった。

 リキとツンは、しばらく無言でシフを見て、それから二人で見つめ合った。

 そして互いの瞳に映る自分という名の虚無を見て、再びシフを見た。


「中身が薄い!!」

「なんならあのクソ登場人物紹介の私達の年齢の方がよっぽど情報量多いじゃない!!」

「お手元の資料を使え!!」

「唯一の活躍が夢の中の話な上に、聞いてる分には何一つわからないわよ!!」

「グウォーッ!!グウォーッ!!」


 吠え立てるような二人の勢いにつられ、ポチが雄叫びを上げる。

 二人と一匹の態度を気にもせず、シフはポンと手を叩いた。


「では、お手元の資料をご覧ください」

 二人は手元の紙を、一匹は足元の紙を見た。

 そこには写実的なリキ、ツン、ポチのそれぞれの似顔絵が描かれていた。


「えへへ……皆のおかげで追放が一週間続いたからね、お礼って言っちゃ何だけど……大切な皆のことを描いてみたんだ、どうかな」


「あっ、やば……カスがかき集めた良心にちょっと泣きそう」

「こんな絵、全然好きじゃないし、上手いだなんて全然思ってないんだからね!!」

「グルル……我が勇姿が十分に描かれている、悪くない」


 妹が自分のために絵を描いてくれた気分であった。

 盗賊の器用さが存分に発揮されていて、ほとんど肖像画のクオリティであったし、それでいて、背景の花や太陽には写実的な笑顔が描かれているのが妙に気になったが、それでも二人と一匹の胸はじんと熱くなったのである。


「というわけで、これまでの話をまとめると……追放されても、皆のこと大好きだよってこと。そして、今までの追放生活で得たものは特にないから、これからも頑張っていくよって感じ」

「……グルル、ゴミ情報をかき集めた結果、根本的な物語の根っこがそもそも腐っていることがわかったな」

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