再生!新たなる人生!


「勇者のレイヴ君ね、あっ、遠慮しないでいいからね」

「では、失礼して……」

 勇者レイヴは盗賊シフの隣に座り、暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスの背を撫でる。

 撫で心地の良い金色の毛並みを有した恐るべき獣であった。


「で、マジで勇者なんだレイヴ君」

 勇者については物語や伝承でのみ語られ、その実態については王族や学者など、ごく一部の人間が知るのみである。

 一般的なイメージにおける勇者は武道家ゴウマのような巨漢であり、目の前の華奢な少年とはいまいち重ならない。


「信じていただけるかはわかりませんが、マジの勇者です」

「グルル……勇者とは全く懐かしい響きよ……そのか細き人間からは勇者の血の匂いがする……間違いなかろうぞ……」

「へぇー」

 暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスは人間の数十倍の寿命を持つ長命の生物である。

 その上、歳を取っても散歩の回数を減らさない不老の生物である。

 普通の人間が知らないことを知っていてもおかしくないな、とシフは思った。


「ところでポチって何歳だっけ」

「二十六歳だ……矮小なる人間よ……」

「それは人間の年齢に換算すると、ってこと?」

「愚かな……二十六歳は二十六歳のことよ……」

「結構若いね」

「へー、とても見えないですね」

「ククク……」

 暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスの不敵な笑みが響き渡る。

 二人のポチに対する態度も背を撫でるところから、背中の肉を揉む段階へと移行したのである。


「で、勇者ってなんなの?」

「話は世界が始まったその日に遡ります……始まりの混沌から生まれた……」

「よくわからないから手短に言って欲しいな」

「この世界に蘇った非道悪逆大魔王を退治する力を持った選ばれし一族の代表です」

「すごいわかりやすい……あっ、非道悪逆大魔王って……」

「グルル……なるほどな……」

「えぇ……そういうことです」


 ノミオスの酒場の壁に掛けられた数多のサイン色紙の中で一際目立つ黄金の色紙、三人の視線はそこに向かった。

『非道悪逆大魔王討伐記念! 大剣士チャラ=オー』 


「非道悪逆大魔王の復活を察知して、山奥から出てきたら魔王が既に討伐されてまして……」

「あー……」

 シフは気まずそうに、レイヴに視線を戻した。

「十六年……それこそ生まれた時から勇者としての使命を果たすために修行してきました……一言ぐらい言ってやらないと気が済みませんよ!!」

「まぁ、そりゃ流石にそうだね……」

「ククク……恨み言を聞かせてみるが良いぞ……」

「こら!」

 お仕置きをするかのようにポチの両頬が引き伸ばされる。

 暗黒冥炎獣デスヘルケルベロスの頬まわりの皮膚は高度な伸縮性を有している。

 全く、恐ろしい生物である。


「世界を救ってくれてありがとう!!」

「えっ」

「世界を救えるのは勇者だけ……僕、いえ、僕たち一族はそう思い込んでいました。しかし、チャラさんは非道悪逆大魔王を討伐することで、人間の可能性を示したんです!!」

「じゃあ、特に恨みとかは無いんだね」

「ありません、魔王討伐のために宝物庫の中を空にしてまで新調した武器や防具、これまでの修業の日々は魔王討伐ではなく、他の何か素晴らしいことに使うだけです」


「……いい人だねぇ、流石勇者だ」

「グルル……では我のために毎日肉を捧げるが良い、我に奉仕することがこの世界で最も素晴らしいことよ……」

「こら!」

 引き伸ばされたポチの両頬はまるで、歪んだ笑みのようであった。


「というわけで、シフさんと共に冒険者としてやり直そうと思ったんです」

「なるほどなぁ……アタシを選ぶところが大変いいね、ちなみにどこが一番良いと思ったの?」

「グルル……美味しい魚が食べられるところだ」

「ポチには聞いてないよぉ」

「魚釣りが上手なところです!」

「ポチには聞いて……んん?」

「作詞が出来る部分も尊敬しています!!」


 キラキラと輝くものがシフを見ている。

 勇者レイヴの純粋なる尊敬の視線である。


「これまでの人生、僕は戦闘以外を知りませんでした……しかし、勇者の使命から解き放たれた今、僕は戦闘以外のことも知りたいと思っています」

「グルル……戦闘以外を知らぬが故に、矮小なる人間の言葉が響いたな」

「えー……盗賊的な部分が評価されたいなぁ」

「僕は盗賊は良くないと思います」

 レイヴが冷徹に言い放った。


「評価されていないどころの話じゃなかったね」

「僕はですね……シフさんの特技を尊敬しているのもそうですが、シフさんを改心させたいという思いもあり、このパーティーを志望させて頂きました!」

「なんということだろう」

「グルル……我の散歩と魚釣りが出来れば問題はない……」

「問題あるよぉ!」

「さぁ……シフさん……」

 レイヴがシフの両肩をガシと掴んだ。


「勇者と作詞漁師のパーティーで僕と一緒にやり直しましょう!!」

「うわぁ~!勘弁してよぉ~~!!」

「グルル……このパーティーからも追放してもらうことだな」

「トホホ~~!!もうパーティー追放はコリゴリだよ~~!!」


つづく

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