第9話 変化と淑女

エレンが大人の女性になってしまった。この世界では16歳で結婚も出来るので15歳そこそこのエレンはもう立派な大人の女性だった。この変化にアイザック一家も驚いていた。特にゲイルとカーティスは心落ち着かない日々を送るようになった。普通の女性のように振舞うエレンに惚れない年頃の男性はいないだろう。

デュランも距離感を保とうと思ったが、それよりもエレンの方が今までと違い距離を取ろうとするので逆に意識せざるを得なくなっていた。


***


2人で街に出かける。デュランはいつものように手を繋ごうとして手が止まる。思えば手を繋いでいたのは小さい子供のようにフラフラどこか行ってしまうのを防ぐ為だった。しかし大人であればそんな心配もない。つまり手を繋ぐ理由が無かったのだ。

手を繋ごうとして引っ込めてしまった手を、寂しそうに見つめるエレンに気付かないデュラン。「行こう」と言ってそのまま歩き出した。


エレンは今までとは違い可愛い洋服や雑貨に足を止め目を輝かせている。いつもはほぼ無表情で何かあった時だけ反応するという感じだったのだが、今は常に軽く微笑み何か好きなものを見つけると表情豊かになっていた。


すれ違う男性とも今までは目が合ってもスンッとした顔をするだけだったのでエレンが美少女であっても男性はドキッとする程度だったが、今は目が合うと微笑み軽く会釈までする感じなので男性はことごとく恋に落ちてしまうのだった。


町中が大騒ぎになってしまう事態ではあるが大人のマナーとして振舞うエレンに『コラぁ!誰にでも笑顔を見せちゃいけません』とも言えずモヤモヤしてしまうデュラン。

しばらくすると一台の高級そうな馬車が通り過ぎる。(あれは確か…)と思っていると馬車が止まり誰か降りてきた。


「やぁデュラン」


と爽やかに挨拶をするフレディ・ウォード公爵。デュランもお仕事用の挨拶をする。


「それにエレン!元気だったかい?」


「はい。フレディ様。お久しぶりでございます」


そう言いながら、まるで貴族令嬢のような仕草で挨拶するエレン。驚くフレディはデュランを見るがデュランも驚いていた。


「ああ、久しぶり。それより怪我の具合はどう?ずっと気になっていたんだ」


「お陰様で完治しております。お気遣いありがとうございます」


「驚いたな。何というか…大人びて、とても美しくなったね」


「身に余るお言葉でございます」


「そうだ。今度怪我をさせてしまったお詫びにパーティーに招待したいんだ」


「それは大変嬉しいのですが…」


そこまで言ってデュランの方を見るエレン。デュランは仕事用の笑みを浮かべているだけだった。


「あの、お気持ちだけ有り難く頂戴させて…」


と言うとフレディはデュランを見て


「もちろんデュランも一緒だよ。デュラン。妹をエスコートしてあげてほしい。他にも君に会いたがっている令嬢が多くて困っているんだ。たまには顔を出してよ」


と言うとデュランはエレンを見てから


「畏まりました。有り難くお受けいたします」


「良かった。詳細は後で…」


フレディはエレンの手をとると


「楽しみにしているよ。エレン」


と言って手の甲にそっとキスをする。思わず顔を赤くするエレンにまたもや驚くフレディだか満足気に微笑み行ってしまった。キスされた手を、もう片方の手でそっとおさえ去っていく馬車を見つめるエレン。

デュランは面白くないという表情をエレンに悟られないようにエレンの手を取ると無言で歩きだす。エレンは手にキスされた時よりもドキドキしながら黙ってついて行った。


***


後日、フレディから招待状が届く。ドレスや2人の着るものは全て用意するので心配しなくていいということだった。当日は公爵家の馬車が迎えにきた。馬車の中でも会話は少ない。最近は会話するのも、ぎこちなくなっていた。


屋敷に着き別々の部屋に通される。デュランはケイティをエスコートすることになっている。ケイティは宝飾品を母と選び決めたところまでしか記憶がない。なので

デュランは仕事用の笑顔を見せていた。


ケイティはデュランにエスコートされ、とても嬉しそうだった。会場に入ると注目される。内輪向けの小規模なパーティーではあったが、それでもなぜ一介の宝石商が公爵令嬢のエスコートをすることが出来るのかというと実はデュランは元々、貴族だったのだ。

しかし辺境伯の地位を得ながらも面倒くさいと思い、それを自ら返上していた。だから、いつでも爵位を得られる立場にいるのだ。そういうこともありデュランは貴族令嬢から人気がありケイティもまた心惹かれてしまっていた。


最後にフレディとエレンが入場してくる。エレンの美しさに会場にいる者たちは息を飲む。淡いピンク色からグラデーションのかかったアメジスト色のドレスはエレンの美しさを最大限引き立たせる。アクセサリーはデュランが作ったものだった。そしてエレンの佇まいも貴族令嬢そのものだった。パートナーがいる男性でも皆エレンに心を奪われているようだった。


ダンスが始まる。エレンはダンスは出来ないとフレディに伝えるとリードするから大丈夫ということだったが…(ちゃんと踊れるのか?)いくらリードがあると言っても公爵様と踊るのは無理があるのでは?と心配になるデュラン。しかし…エレンは無理どころかフレディのリードを差し引いてもとても上手だった。デュランは戸惑っていた。


(エレンは一体…)


フレディの隣にいるエレンは出会った時と別人だった。というより公爵の隣にいることが違和感が無かった。本当にどこかの王族なのでは?と思えるほどだった。可能性はなくは無い。エレンと出会ったあの日、一時的にあの場所に居ただけで誰かが迎えに来る前にデュランが連れ帰ってしまったかもしれない。

だとすれば自分の近くにいるよりも公爵の傍にいた方がエレンは自分の出自が分かるのかもしれない…そんな思いを抱えるようになるデュランだった。


エレンはフレディと一緒にゲストと談笑している。デュランも少し離れた所からケイティと一緒に他のゲストと話を合わせながら様子を見る。ゲストの1人がエレンの手の甲にキスをし挨拶する。エレンはまた照れている。するとフレディがエレンの腰をグイっと自分の方に引き寄せた。


(手にキスされても前ならスンッとしてただろ?…あっアイツ腰をっ!)


デュランは覗き見しながら自分の中にドロドロしたものが湧き上がるのを感じた。するとエレンがこちらを向く。目を合わせないようにケイティを抱き寄せるようにして耳元に話しかける。ケイティは顔を赤くさせていた。


エレンの視線に気づきフレディもデュランを見る。そしてエレンを別の場所へ行こうと誘った。


(何なんだ?この感情は…)


フレディと一緒に行ってしまうエレンを見ながら虚しさが残る。


***


「エレン。怪我は本当に大丈夫かい?」


「はい。もう傷跡も残っていません」


通常なら傷跡は目立たなくならないことはあっても残らないなんてことは無い。きっとエレンは気を使わせない為に言っているのだろうとフレディは思い


「申し訳ない。例の騎士は辞めてもらったが…」


フレディがそこまで言うとエレンは


「えっ?騎士様は辞めてしまったのですか!?」


慌てて聞き返す。


「あぁ、大切な君に傷を負わせてしまったんだ。騎士ではなく屋敷の他の仕事をと言ったら、そのまま辞めてしまってね」


「そんな…私のせいで…」


「いや、君のせいじゃないよ」


「騎士様を戻していただくことは出来ませんか?」


「それが…辞めてからの消息は分からないんだ」


それを聞いてショックを受けるエレン。エレンを刺してしまった後の騎士の蒼ざめた顔を朧げに覚えている。思い出すと胸が痛んだ。そんなエレンを見てフレディは


「エレン。君が私のところに来てくれたら何としてでも彼を探して君の専属騎士にすることも考えるけど、どうかな?」


と言った。エレンは戸惑う。騎士のことを考えればフレディと一緒になることが望ましいが…。複雑な思いを抱えるエレンだった。


***


エレンはフレディとしか踊らなかったが最後にデュランはエレンにダンスを申し込む。エレンは照れながらもとても嬉しそうだった。デュランもダンスは得意だったのでリードの自信はあったがエレンはやはりダンスが上手だった。


「エレン、ダンスを習ったことがあるのか?」


「ううん。よく覚えてないけど…踊れるの」


「そうか。エレン…。君は…本当は何者なんだ?」


踊りながら真剣な眼差しで聞くデュラン。


「私は…エレンよ。デュランに出会う前の物語なんていらない…私はエレンなの」


真剣なそしてどこか憂いを含むエレンの眼差しにデュランは何故か胸が締め付けられるような思いがしていた。








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