第6話 チュートリアルダンジョン第1層 その1

side Navi


「そういえば妖精さん。 妖精さんにはお名前はないの?」


ええぇ?なんなのです、急に???

先程まで自殺しようとしていたかと思えば、その問題が解決した途端に話が明後日の方向へと切り替わりました。

情緒不安定...と言うわけではなさそうですけど、行動の方向性が不安定過ぎて怖さすら覚えます。瞬きの間にまた自殺しようとするとか、ありそうなぐらいなのです。心臓に悪いのでせめて事前説明がほしいですぅ...。


「私たちサポートフェアリーはこのチュートリアル専用キャラクターなので、個体ごとの名前はないのです...。」


サポートフェアリーはワールド・アトランダムに生きる生物ではなく、この場チュートリアル限りの存在。言いたくはないですが、使い捨てキャラクターにまでいちいち名付けはされていないのです。あ、自分で言っていて悲しくなってきました。しゅん...。


「そうなんだ? うーん、でも、これから長い付き合いになると思うし...それなら、ナビちゃんって呼んでいい?」

「...そう呼びたいのでしたら、構わないのです。」

「良かった!」


ナビ...ナビゲーターから取ったのでしょうか?どちらかと言うとガイドだと思いますし、やや安直すぎる気もするですが...ま、まぁ、せっかくもらった名ですし?統括AIさんにもこれからは『ナビ』として報告させてもらうとします!えへへー!


「このフロアでの用事はこれで一先ず片付いたから、そろそろダンジョンに突入しようかな?」

「いよいよですね! 覚悟は..死ぬ覚悟ができてるぐらいですから、なにも問題ないですね.....。そこの古扉を開くとそこから先はダンジョン内になるのです。 油断禁物ですよ!」


こうしてついに、ナビとプレイヤーさんの冒険の幕が上げられたのです。






古扉をくぐり抜けると短い階段を挟み、ダンジョン第1層の1フロア目へと到着します。その短い階段中もプレイヤーさんはなにかを調べたそうにしておりましたが、『まあ、これは後回しでもいいかな...。』と呟くに留めております。

うんうん。せっかくダンジョンに入ったのですからまずは雰囲気を楽しまないと、ですよ!


「ダンジョンの各階層に到着すると、このように上層へ戻る階段は消え、下層へ向かう階段を目指すことになります。」

「なるほど。」


頷きながら、プレイヤーさんは階段があった壁面をぺたぺたと触っております。シフォンのアトランダム・ダンジョンは一般的な洞窟タイプですがどこかに隠し扉があるわけでもなく、そこに前の階層へと続いていた入口があったとは今や見る影もありません。


「階段が消える条件はなんだろう。 僕とナビちゃんがフロアに降り立ったら?」


早速、プレイヤーさんからの質問です。

今まででしたらこれだけでアワアワしていたところですが、プレイヤーさんが階段昇降中にこっそり統括AIさんから追加情報を頂いておりましたナビです。この程度の質問であればなにも動揺することはありません。どうです?ナビも成長しているのです。ふんす、ふんす!


「いえ、階段の消失は個人ごとに設定されておりますので、プレイヤーさんが次の階層フロアに降り立ったら、その時点でそのプレイヤーさんの階段は消えてしまうですね。」


アトランダム・ダンジョンはソロ専用ダンジョンと言うわけではなくパーティーでの参加も可能な為、このような手法を用いております。

やや非現実的過ぎる現象システムのように見えますが、こうでもしないと『前の階層にパーティーメンバーの1人を残して階段消失を防ぐ』なんてことが出来てしまうので、これは必要な措置なのです。それが出来てしまえば、下手をすると『ダンジョン前の木箱に何時でもアクセスできる』なんてことになってしまいかねないですからね。



アトランダム・ダンジョンにおいてのソロとパーティーは一長一短です。人数が多ければその分持ち込める物資や役割が増えるのでパーティーの方が攻略難易度は下がる...と思うかもしれませんが、ここに落とし穴が潜んでいます。


アトランダム・ダンジョンでは手に入れられるリソース量に限りがあり、そしてそれはソロでも・・・・パーティーでも・・・・・・・変わらない・・・・・のです。

つまり、パーティーで参加すると一人一人の力はソロ時より上がりにくく、また、報酬も1人頭が少なくなってしまうわけです。パーティーを組むにしても少数精鋭でないといけないですね。



「ちなみに階段部分と次階層フロアをまたぐように細長いアイテムを置いてあったら、そのアイテムはどうなるのかな?」

「その場合は、プレイヤーさんが次階層移動の際に一緒に次階層へと移動されるのです。」


この辺りはなんらかのアイテムをつっかえ棒にして階段消失を防ごうとする人が出てくることを想定して対処済みです。

ふぅ...どうやら今回は統括AIさんのお力を借りることなく、プレイヤーさんを撃退することに成功したみたいです。プレイヤーさんにとっての敵がダンジョンモンスターであるなら、ナビにとっての敵はプレイヤーさんの質問、みたいなところがあります。なるほど、これが所謂『不毛な戦い』と言うやつなのですね。ナビとじゃなくて、モンスターと戦って下さいよぅ...。



「へえ...アイテムも一緒に移動できるんだ? でも、それなら前の階層に残した誰かにロープの端を持って貰って、他の人がそのロープの逆側を握って次階層まで降りた場合にはロープはどうなるの?」

「えっ!」


ろぉぷ...?

いえ、いえ、もちろんこの世界にもロープは存在していますし、意味は分かります。分かりますけれども!!

なんでそうやって息をするようにシステムの穴を突こうとするのです...?もしかして、その穴でしか生きていけないとかそういう生き物なんです???


「うええぇぇと...。」


お、落ち着いて考えるです、ナビ!プレイヤーさんがロープを握りながらフロアを降りた以上、その手の中にはロープがなければいけません。でも、それは前の階層でロープを握っている人も同じだからそうすると.....あれ?階段を飛び越えて階層がロープで繋がってしまいますね!

えっ!これ、どうなってるんです?大丈夫です!?


「しょ、少々お待ちくださいです!!」


ここまでくるとナビのマニュアルキャパシティを軽くオーバーしてしまっています。仕方なしに統括AIさんへとお伺いを立ててみるのですが...統括AIさんからは『またコイツか...。』みたいなニュアンスの電波が送信されてきました...。ナビだって連絡したくてしてる訳じゃないのですよ!?

もうっ!このプレイヤーさんのサポートを始めてから統括AIさんにまで目をつけられちゃったじゃないですか!ナビ、なにも悪くないのにッ!!


「.....お待たせしました。 えっと、そもそも階層を跨いでアイテムを移動させられるのはそのアイテムの所有権を所持しているプレイヤーさんだけでして...アイテム所有権を所持しているプレイヤーさんの移動を優先する形でアイテムも移動されるそうです。」


普段はあまり気にすることのないシステムではありますが、ワールド・アトランダムに存在する大半のアイテムには所有権が設定されております。

大抵はアイテムを手に入れた方が所有権の所持者となり、所有権が他者にあるアイテムは触れたり利用することは出来てもアイテム欄に収めることが出来なかったり、高額アイテムに傷をつけた等の際には所有者へと連絡が入るようになっております。


「ですので、前の階層に残っているプレイヤーさんが所有権所持者であればそもそも次階層にロープを持って行くことは出来なくて、次階層に向かったプレイヤーさんが所有権所持者であればプレイヤーさんが移動とあわせてロープも移動してしまうみたいです。」

「なるほどね。 案外しっかりと...非現実的に作り込まれているんだなあ。」

「うっ...。これでも普段は非現実性が目立たないようにはなっているのですよ? それに、これは非現実的なのではなく...魔法的なのです!」

「それでなんでも片付けるのはズルくない?」

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