第3話 始まりの都、シフォン

キャラクタークリエイトが終わると、『ワールド・アトランダムの世界を心の赴くままにお楽しみ下さい。』の言葉で送り出され、始まりのみやこへと転送される。


そうして見えてきた街並みは現実の風景よりややレトロチックではあるものの、活気さではなんら遜色がない。それに聞いていた通り、目を見張るグラフィックの良さだ。

物音の聞こえ方や物体が持つ存在感でさえ全く違和感がない。実はゲームの中ではなく異世界なんだと言われた方が納得できる。これ、現実クソゲーのOSにも上書きしてくれない?


「時間は...うん、まだあるね。」


時刻はまだ14時を少し回ったところ。

妹には既にキャラクター名とプレイヤー識別番号(これで個人を特定している)は連絡してある。そのうちログインしてきたら知らせが届くだろうが、それまでは自由時間だ。


もっとも、始めてからの数日間は『まずはお兄の自由に見て、体験して、楽しんでほしい』とのことだったので実際に一緒に遊び始めるのはまだ暫く先になりそうである。僕としては、それまでに少しでも初心者っぽさを無くしておきたい。

ゲーム歴にどれほど差があろうと、僕の方がお兄ちゃんであることには変わりはない。お兄ちゃんは何時でも頼もしく見られたいのだ。


「そうなるとやっぱり、アトランダム・ダンジョンに行くのが都合良さそうだね。」


アトランダム・ダンジョンではダンジョン内で得た経験値がダンジョンから出るとリセットされてしまうが、その分レアなアイテムが手に入りやすいと聞く。

今の僕の状況にピッタリと言えるだろう。


「いや...違うか。」


なんだかんだ言いつつ、結局のところはただ単純に今すぐにでもローグライクダンジョンに挑戦したいだけなのである。

道のりも事前に調べあげている。ならば、なにも躊躇うことは無い。都市散策もシステム確認もそこそこに僕はアトランダム・ダンジョンへと向かうことにした。





そんなわけでやって参りました、シフォンの都の冒険者ギルド!

これからアトランダム・ダンジョンに挑戦すると言うのになんで冒険者ギルド?と思うかもしれないが、理由は単純で、冒険者ギルドに『入らないと』ダンジョンに挑戦出来ないからである。

ちなみにこの『入らないと』と言うのは『ギルドに加入しないと』と言う意味ではない。文字通り、冒険者ギルド内にアトランダム・ダンジョンがあるのだ。


プレイヤーからするとサービス開始1周年目に突如として都市内にダンジョンが出現したように感じるのだが、ワールド・アトランダムの世界的にはそうではない。そもそも、シフォンの都の生い立ちとしてこのダンジョンが深く関係していた。

考えてみれば分かることではあるが、無限にアイテムを生み出してくれるダンジョンはこの世界に暮らす人々にとって金の成る木と言ってもいい。そりゃあ周りに都市ぐらい出来るってものだ。



それならどうして今日までこのダンジョンに入ることが出来なかったんだって話になるが、『この1年間はチュートリアルダンジョンとして活用する為に国が調整していたから』といった理由付けが以前より都市の噂話で伺えたらしい。

これらはどれもアトランダム・ダンジョンのことを調べている際についでに仕入れた情報だが、設定の作り込み具合が半端ではないことは十分に読み取れる。



ともあれ、そんな理由からここ最近まで停滞気味だった活気もダンジョン一般開放に伴い今や最高潮にまで満ち溢れている。

シフォンでよく見かける一般的な建物より一回り大きい冒険者ギルド内も満員電車ほどではないにしても、人でごった返しになっていた。皆がアトランダム・ダンジョンに関心を抱いているのだろう。

それでもダンジョンに入ることなくギルド内に集まっているのは...アイテムロストを恐れての情報待ちってところかな。


そんな人達と違い、キャラクターを作成したばかりの僕は失う物が何も無い。人混みを縫うようにして躊躇うことなくダンジョンへと続くギルド最奥の階段を降りて行く。すると、徐々に人気が無くなっていることに気付いた。

ダンジョン内ではパーティーメンバー以外のプレイヤー・・・・・と遭遇することのない個別空間が形成されると聞いていたが、こうやって不自然さを目立たせないようにしているのだろうか。




階段を下り終えると小さなフロアに行き着いた。フロアの中心にはアニメなんかでよく見掛ける魔法陣。フロア隅には四角い木箱が設置されている。

特筆すべきはフロア正面に見える禍々しささえ感じる古扉だろう。


『アトランダム・ダンジョンへようこそ。 シフォンのダンジョンでは攻略のサポートとしてサポートフェアリーを連れて行くことが可能です。 ご利用になりますか?』


フロアに入るのと同時にキャラクタークリエイト時同様の声が聞こえてくる。チュートリアルの開始、と言ったところだろうか。


「サポートフェアリーは利用するのにお金だったり、なにか必要なものはありますか?」

『サポートフェアリーのご利用に一切の費用は掛かりません。 ダンジョンに慣れていない方はまずご利用をオススメします。』

「分かりました。 それじゃあ、利用します。」

『承りました。 以後の質問はサポートフェアリーにお願いします。』


そこまで言うと声は消え、代わりに木箱の中から光の玉が現れた。


「えっ!」


タイミング的に見てこの飛び出た光の玉がサポートフェアリーだと思うのだが...もしかしてずっと木箱の中に潜んでいたのだろうか?箱内部を確認してみるも、底が見えなかったり穴が空いている、なんてことはない。普通の木箱だ。

...利用しないを選んだ場合はどうなっていたのだろう。もしかして、箱の中に潜みっぱなし?


「あのぅ...話しかけてもよろしいのです?」

「あ、ああ...そうだったね。」


光度が落ち着くと、そこに見えてきたのはイメージ通りの二対薄羽を背に持つ直径10cmぐらいの妖精であった。手のひらサイズである。可愛いな。飼いたい。


「改めまして、私はプレイヤーさんのサポートをさせて頂く、サポートフェアリーなのです! よろしくお願いします!」

「僕はオセロ。 こちらこそよろしくね。」

「はいです!」


僕のことを『プレイヤー』呼びであることから分かる通り、彼女はワールド・アトランダムの世界に生きる存在ではない。

なるべくワールド・アトランダムの世界に介入しない運営方針であっても、アイテムロストの危険性があるアトランダム・ダンジョンのチュートリアルばかりはしっかりと運営キャラクターが対応してくれるみたいだ。

とりあえず、まずは最も肝心なところから確認させて貰うことにしよう。


「早速で悪いんだけど、ちょっと質問してもいい?」

「あ、はい。 なんです?」

「サポートフェアリーの利用は1度限りなんですか?」

「プレイヤーさんが望むのであれば、再度利用することは可能なのですよ! ただ、サポート範囲はこのチュートリアルダンジョン内のことだけに限られますので、それほどアドバイス出来ることはないかもです...。」


妖精さんは何処と無く『しょぼん』とした表情を浮かべながら答える。AIとは言え、自分の存在価値が大したことないと言っているようなものなのだ。悲しくもなるのかもしれない。

それならその気持ちを僕が変えてあげよう。



「それは良かった! これから色々と確認のために...そうだね、1000回ぐらいは利用することになると思うから、フェアリーさんにはお世話になるよ!」

「え、はあ...えぇ??」


妖精さんは今度は困惑を表情に浮かべている。おかしいな、喜んでもらえると思っていたんだけど...。

するでしょ?検証。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る