第15話 黄金の旅

金色のアサギマダラがついに羽化した。

ぼくはオオクワくんや日野くんと一緒にそれをとてもよろこんだ。

そのよろこびはなかなかおさまらずに、ぼくは今日中ずっと上機嫌じょうきげんだった。

そしてその日の夜、ぼくは久しぶりにあの体験をした。

しかし今回はいつもとちがう、ぼくがいる場所は南の楽園ではなく、なんと野崎さんの大学の研究室だった。

「あれ?ここはたしか野崎さんの・・・、どうしてこんなところにいるんだろう?」

するとぼくの頭の中から声が聞こえた。

『こっちに来て、こっちに来て。』

ぼくは声がする方向へと歩いていった。

そしてそこには、金色のアサギマダラが入ったケースが置いてあった。金色のアサギマダラは、まだサナギのぬけがらにつかまっていた。

ぼくは金色のアサギマダラに言った。

「やあ、君はあのアサギマダラだね。羽化が上手くいってよかったよ。」

『・・・ありがとう。だけど、ここはどこ?私の生まれたところじゃない、食べものがあるけどせまいところ・・・』

「ここはケースの中だよ、野崎さんという人が君に食べものをあげて、そだててくれたんだよ。」

『そうなんだ・・・、でも南の楽園へ行きたい。暖かくて気持ちよく、たくさん花がさいているところへと行きたい・・・。』

アサギマダラから悲しげな声が聞こえた・・・、アサギマダラは南の楽園に行きたがっている。

もしかしてぼくがあの時、南の楽園からここへ連れてきたのは、よくないことだったのかもしれない・・・。

「・・・ごめんなさい。君を南の楽園からここへ連れてきたのはぼくなんだ。君と一緒にいたかったんだ、でもぼくの力では食べものを持ってくることができなくて、野崎さんという人に君をあずけたんだ。君が無事に大きくなったのはぼくと野崎さんのおかげなんだ。でも君に聞かずに勝手にここへ連れてきたことは謝るよ、本当にごめんなさい。」

ぼくは金色のアサギマダラにむけてあやまった、するとアサギマダラはぼくにこんなことを言った。

『あなたとは、交わる運命にあると私は生まれた時に思っていました。そしてあなたとその仲間たちのおかげで、なんとか完全な姿になることができました。そんなあなたにお願いがあります、私をもう一度あの南の楽園へ連れてってください。』

「連れていきたいのはやまやまなんだけどね、君の言う南の楽園というのがどこにあるのかよくわからないんだ・・・。ぼくは夜に眠るといつの間にかそこにいるという感じで来ていたから、南の楽園がどこにあるのかという正確な場所まではわからないんだ・・・。」

ぼくは無力だった・・・、アサギマダラの飼育も結局は野崎さんにまかせたし、しかも南の楽園からアサギマダラを連れ出すというバカなことをしてしまった・・・。

するとアサギマダラはぼくに言った。

『そんなことありません、私を連れてまた夜を待てば再び南の楽園へ行くことができます。さあ、私をここから連れ出してください!』

つまり金色のアサギマダラをここから連れ出して、もう一度眠いちどねむれば南の楽園へ行くことができるということだ。

「・・・わかったよ、君をここから連れ出して南の楽園へ行くよ!」

それからのぼくはすばやかった、アサギマダラをケースごとやさしく持った。

そして目が覚めると、ぼくはアサギマダラが入ったケースを持っていた。

これからきみを南の楽園へ連れて行ってあげるよ・・・、ぼくが必ず。













それからぼくは次の夜が来るまでアサギマダラを大切に保護ほごした。

成虫のチョウを保護するのは大変だけど、本とインターネットを使ってい方を調べてなんとかできた。

「よし、きゅうくつだけどこれで君を大切にできる。夜が来るまで待っていて。」

『ありがとう、柴乃くん。』

アサギマダラはケースの中でぼくが用意したエサを長い口で吸っている。

ぼくはアサギマダラが入ったケースをつくえの上におくと、ランドセルをせおって学校へ登校した。

放課後、ぼくはオオクワくんと校庭で会話していた時、オオクワくんはこんなことを言った。

「君は大学から、金色のアサギマダラ持ち出したのかい?」

ぼくはオオクワくんの声を聞いて冷やあせが出た。

「そうだよ・・・、だけどなぜオオクワくんは知っているの?」

「オオクワ・クロノカミが教えてくれたんだ、夜中に眠っているときにね。」

さらにオオクワくんによると、金色のアサギマダラはあの南の楽園にいないとふつうのアサギマダラの半分の時間しか生きられないという。

「だから金色のアサギマダラは君をよんで、南の島へもどろうとしたんだ。」

「ちょっと待って、どうしてぼくにはあの南の楽園に行けることができるの?」

「それもオオクワ・クロノカミが教えてくれたんだ。だけど話すと長くて複雑になるけどいい?」

「もちろん、いいよ。」

ぼくがうなずくと、オオクワくんは語りだした。

「実は君が最初に見つけたあのアサギマダラと深いきずなを交わしたことで、君の能力がパワーアップしたんだ。さいしょは昆虫と会話できるていどだったけど、その昆虫がいる場所へと自由自在じゆうじざいに行けるようになったんだ。それで君は夜眠っている時に、あの南の楽園へ行けるようになったんだよ。君は昆虫への思いが強いから、能力は自然に発動したというわけ。さらに金色のアサギマダラのことも君は大切にしていたから、同じことが起きたんだ。」

ぼくはあの時を思い出した、今はいない彼が光につつまれたあの時を・・・。

もしかしたらあの時にぼくの能力も、パワーアップしたのかもしれない。

「そうか・・・、やっぱりあれは夢なんかじゃなかったんだ。全て本当にあったことだったんだ。」

「そうだよ。そこで話をもどすね。君は能力を使って、金色のアサギマダラを大学から自分の家に連れてきた。おそらく、野崎さんの大学では金色のアサギマダラがいなくなってパニックになっていることだろう。そして君は今夜にでも、金色のアサギマダラを南の楽園へ連れていこうとしている。そうなると、日野くんとの思い出ができなくなるよ。それでもいいのかな?」

ぼくはオオクワくんに見つめられた。

確かに金色のアサギマダラを南の楽園に送ってあげたい、けれど南の楽園にいけるのはぼくだけだ。

だから、日野くんと一緒にアサギマダラを放すことはできなくなる。

金色のアサギマダラと日野くん、どっちの気持ちを取るべきかぼくは迷った。

「どっちをえらぶかは君しだい、どっちを選んでもぼくは気にしないよ。でもよく考えて選んだ方がいいよ。」

オオクワくんはきびしい顔で言った。

「ぼくは・・・ぼくは・・・、やっぱり金色のアサギマダラを助けたいんだ!」

「そうか・・・、それなら日野くんとの思い出はあきらめるんだね?」

「うん、アサギマダラを放すのはあきらめるけど、またべつの思い出を考えるよ。」

「うん、そうだね。日野くんが引っ越しをするまで、時間はまだあるからね。」

オオクワくんはぼくのかたにやさしく手を置いた。

そしてぼくは金色のアサギマダラを、必ず南の楽園へ連れていくことをちかった。










ぼくが学校から帰ってくると、母さんがぼくに話しかけてきた。

「今日の昼ごろに野崎さんから電話があって、『大学の研究室にいたアサギマダラがケースごといなくなった・・・』ってとても落ち込んだ声で言っていたわ。これから研究に入る予定で、もしかしたら新種発見しんしゅはっけん可能性かのうせいもあったから、世紀せいき大発見だいはっけんになるはずだったのにって落ち込んでいたわ。でもアサギマダラのケースは夜中に消えたものと考えられているけど、だれがどうやって大学へ入ったのかわからないそうよ。」

大学の研究室からアサギマダラを持ち出したのはぼくだ、野崎さんにはとても悪いことをしてしまったということは自覚している。

ぼくは自分の部屋にあるケースの中のアサギマダラに向かって言った。

「今夜はいよいよ、南の楽園にいけるよ。だから楽しみにしていてね。」

『うん。久しぶりのふるさと、とても楽しみです。』

そして時間はすぎていって、夜になった。

ぼくはアサギマダラの入ったケースを持って、ベッドに入った。

そして少したったころ、ぼくはひさしぶりに南の楽園に来ていた。

『帰ってきた・・・、暖かい南の楽園。自然豊かで、とても気持ちいい。』

「うん、本当にここは楽園だよ。」

『ああ、早く楽園の空気が吸いたい。早く外に出たいよ!』

「そうだね、それじゃあ出してあげる。」

ぼくはアサギマダラが入ったケースのふたを開けて、アサギマダラを外へと出した。

アサギマダラは金色の羽をヒラヒラと動かしながら、青空へ羽ばたいていった。

ぼくはその美しい姿に見とれて、心がうばわれた。

『ここへ連れてくれてありがとう、さっそく花のみつを吸ってくるわ。』

そう言うとアサギマダラは、森の方へと飛んでいった。

ぼくはその後を追いかけると、あの白い花がたくさんさいているところへやってきた。

色とりどりの昆虫が集まっていたが、やはり金色のアサギマダラは一番目立っていた。

「あんなにいきいきしている・・・、やっぱりふるさとに返してあげてよかったなあ。」

ぼくは地面にこしを下ろして、金色のアサギマダラを見守った。

すると金色のアサギマダラのまわりに、たくさんのアサギマダラが飛んできた。

そしてぼくの耳に、アサギマダラ同士の会話が聴こえてきた。

『おや?見ない顔だね、それに羽の色もみんなとはちがうようだけど、なんだか同じ仲間に見えてくるよ。』

『はい、羽はみなさんとちがいますが、私もアサギマダラなのです。これからもうすぐみなさんと一緒に旅に出ます。』

『ああ、そうなのかい。ここも暑くなってきたから、そろそろ渡りをしないとね。おたがいにがんばりましょう。』

そうか、そろそろ渡りの時が近づいていたんだ。

ぼくがアサギマダラを見ていると、急にねむくなってそのまま寝てしまった。

そして気がつくと、自分の家のベッドにいた。

「金色のアサギマダラがふるさとに帰れてよかった。これから海をこえて、この町にも来てくれるかな?」

ぼくはそんな小さな期待を持っていた。









昼休み、ぼくとオオクワくんは日野くんに、金色のアサギマダラを一緒に放せなくなってしまったことを伝えた。

「うわ〜っ、それはざんねんだなあ・・。一体、研究室からアサギマダラをぬすんだのはだれだ!!」

日野くんはくやしさのあまり、地団駄じだんだをした。アサギマダラを持ち出したのはぼくだけど、ニュースでは何者かが盗み出したと言っていたので、そういうことにしたほうがいいとオオクワくんに言われた。

「ぼくもざんねんだよ、日野くんとの思い出ができるはずだったのに・・・。」

「でもまあ、いなくなったのはしょうがないよな。もういいよ、おれのためにしてくれてありがとな。」

日野くんはいつもの調子にもどった。

そして日野くんが去ったあと、オオクワくんと二人きりになったぼくは、オオクワくんに言った。

「昨夜、金色のアサギマダラを南の楽園に返したよ。」

「そうか、それでどうだった?」

「ふるさとに帰ることができて、とてもよろこんでいたよ。それと近いうちにまた旅に出るってさ。」

「そうか、もうそんな時期なんだね。おや?どうやらクロノカミに呼ばれたから、ちょっと変わるね。」

オオクワくんは、オオクワ・クロノカミになった。

『無事に金色のアサギマダラを、南の楽園に返せたようだな。』

「はい、とてもよろこんでいました。」

『うむ、これから金色のアサギマダラは多くのアサギマダラを引き連れて、旅での地に昆虫の繁栄はんえいをもたらす力を振りまいていくだろう。』

「ねえ、オオクワ・クロノカミも昆虫の繁栄をもたらす力があるの?」

『もちろんだとも、なんにせよ神だからな。それじゃあ、失礼した。』

そしてオオクワ・クロノカミは、オオクワくんにもどった。

「ふう・・・、それでオオクワ・クロノカミはなんて言っていたの?」

「君と同じこと」

ぼくとオオクワくんは、二人で笑った。












そしてその日の夜、ベッドで眠っていたぼくは南の楽園へ来ていた。

「ここに来たということは、また何かおこるということだな。」

もう何回もあったことなので、南の楽園に来るということについては知っていた。

『やはり来てくださったんですね。』

ぼくの目の前に、金色のアサギマダラが飛んできた。

「うん、来たよ。」

『ちょうどいい時ですわ、実は私たちこれから旅立つところなの。海を渡って多くの生きるものたちの幸運こううんいのります。これが私の天命てんめいなのです。どうか私たちの旅の始まりを見とどけてください。』

「わかったよ、それじゃあ君たちの旅立ちを見とどけるよ。」

するとアサギマダラたちが森の中から次々と現れて、空の上で一つの大きな集団しゅうだんとなった。

そして集団の先頭には金色のアサギマダラ、光かがやくアサギマダラが他のアサギマダラを引き連れて、南の楽園から旅立っていった。

「行ってしまった・・・、これで君とはおわかれだね。君に会えてよかったよ。」

ぼくはアサギマダラの群れが見えなくなるまで手をふり続けた。



























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