第14話 金色のアサギマダラの誕生
翌日、ぼくはいよいよ自分の家に帰るときがやってきた。
「君としばらく一緒にいられてよかったよ、それじゃあまたね。」
オオクワくんの車に乗りこんだぼくにむかって、オオクワくんが手をふった。
そして車はオオクワくんの家からぼくの家に向かって走り出した。
車の中でぼくは、母さんを一人ぼっちにしてしまったもうしわけなさと、ちゃんと謝れるのかという不安がまざって、何とも言えない気持ちになった。
そして十分後に、車はぼくの家にとうちゃくした。ぼくが車からおりると、車はそのまま走り去っていった。
ぼくはドアの前まで行くと、意を決してドアを開けた。
「母さん・・・、ただいま。」
ぼくが家に上がろうとすると、お母さんはぼくのところへ飛び込んできた。
「柴乃ーーっ!!本当にごめんなさい!!あなたの大切な標本を捨ててしまって、本当にごめんなさい・・・。」
母さんはぼくに泣きながらあやまった、自分がとんでもなく悪いことをしてしまったということに気が付いたようだ。
「私は・・・私は今まで昆虫が好きなあなたを受け入れることができなかった。あの時も、
ぼくは母さんの反省した気持ちが伝わってくるのを感じた、そしてぼくは母さんをゆるすきもちになれた。
「母さん・・・、もういいよ。ぼくの方こそ、勝手に家を飛び出してごめんなさい。」
「いいよ、今度あなたのために新しい標本を買ってあげるね。」
そしてぼくと母さんはだきあった、ぼくと母さんは仲直りにせいこうした。
そしてぼくはいつもの生活へともどっていった。
それからぼくとオオクワくんは、二日おきに野崎さんからアサギマダラの成長を聞いていた。
「今、
「もうそこまで大きくなったんだ、金色の
「ああ、これは
ぼくとオオクワくんは、写真に写っているアサギマダラのようちゅうを見ながら、これからの楽しみについて話し合った。
「そういえば、野崎さんって昆虫の飼育とかできるのですか?」
オオクワくんがたずねた。
「ああ、もちろん。カブトムシにクワガタ、バッタだって育てられるさ。大学ではぼくの飼っている昆虫は、十二種類もいるんだ。
「すごいですね、面倒見るの大変でしょう。」
「まあ、いろいろ大変なことはあるよ。だけど、飼育している昆虫は大学の研究のために飼育しているからね。とても大切な仕事なんだよ。」
ぼくは野崎さんがとても大変そうだと思った。
「それで、羽化まであとどれくらいですか?」
ぼくは野崎さんに聞いてみた。
「うーん、はっきりとは答えられない。冬眠から目覚めて二回脱皮してサナギになってから、二十日で羽化すると言われているから、サナギにならないといつになるかは予想できないんだよな。」
「そうか、じゃあサナギになるのを待つしかないんだね。」
ぼくはようちゅうがいつサナギになるのか、待ちきれない気持ちになった。
「ところで、あれからアサギマダラ追跡プロジェクトの成果はどうですか?」
オオクワくんが、野崎さんに質問した。
すると野崎さんはぼくとオオクワくんの耳元に口を当てて言った。
「ここだけの話なんだけどね、実はアサギマダラがどこで休息しているのか、くわしい場所がわかったんだ。近いうちに学会で発表するつもりだよ。」
「本当ですか!!すごいよ、大発見だ!」
「まあ、大発見なんだけどね。私としてはアサギマダラが休息しているところは、他にもあるのではと考えているんだ。だからさらなる追跡プロジェクトを重ねて、明らかにしていく予定だよ。」
「そっか、これからの研究に期待できますね。」
「ああ、ぜひとも楽しみにしてほしい。」
野崎さんは得意げに言った、そして大学へと帰っていった。
「それにしても、アサギマダラのようちゅうが元気そうでよかったよ。」
「うん、無事に成虫になれたらいいね。」
そしてぼくとオオクワくんは、それからアサギマダラについてとことん話し合って、たがいにわくわくした気持ちになった。
翌日、ぼくとオオクワくんが学校の校庭で昆虫をさがしていると、後ろから声をかけられた。
「よお、山代!」
「あっ・・・、お前は・・・。」
そこにいたのは、あの日ぼくを池に落とした四人組だった。
「お前、最近秀一くんとなかよしじゃないか。いつからなかよくなったんだ?」
「それは、九月に登校してすぐのころだよ。」
ぼくが言うとオオクワくんは「そうだよ」とうなづいた。
「ふーん・・・、なんか秀一くんと調子にのっていて、少し生意気なんだよね・・・。」
四人組はぼくを強くにらんだ。
「おい、お前ら。山代くんに手を出すんじゃねぇよ。」
オオクワくんが四人の前に出た、おこった顔で声もすっかり変わっている。
「おいおい、そんなヨワチビをかばうのか?こいつ、学校をずっとさぼっていたんだぜ?悪い子どもには、げんこつをしないとな。」
オオクワくんの前に一番体が大きい子どもが現れた、あいつはぼくを池にけり落としたやつだ。
「うおおおーーーっ!!」
「ふん!!」
大きい子どもがオオクワくんにおそいかかると、オオクワくんはその子どもを一本背負いして地面にたたきつけた。
「おい・・・、うそだろ・・・。」
「次はどいつだ、かかっこい。」
オオクワくんがみがまえると、四人組はおそれをなして逃げていった。
「すごい・・・、オオクワくんって柔道できるんだ。」
「まあ、ただ一つ自信のある特技だからね。ほめてくれてありがとう。」
オオクワくんはうれしくなって照れた。
「それじゃあ、今日はのんびりしようか。」
ぼくはオオクワくんと一緒にタイヤのベンチが置かれている場所へと向かった。
季節はもう秋の終わり、昆虫の季節はすっかり終わっていて姿を見かけなくなっていた。
「そういえば大学で管理しているアサギマダラ、もう
「そうか、なんだかつまんなくなるなあ・・・。」
ぼくはたいくつそうにあくびをした。
「そうだね、だけど昆虫にとっては春にむけての準備だからね。仕方ないことだよ。」
「あーあ、ぼくも昆虫みたいに冬の間だけずっとねむっていたいなあ。」
「ハハハ。できたらいいけど、それじゃあクリスマスも正月も寝たままだから楽しめないよ。」
「あ・・・、それもそうか。」
ぼくは当たり前なことに気がついた、オオクワくんはさらに大声でわらった。
「もう、笑わないでよオオクワくん。」
「ごめんね、だけど本当に昆虫ってすごいなあ・・・。」
「なにがすごいの?」
「だって昆虫って生きているなかで、楽しめるものも何も無いし、ましてや将来の夢なんてないんだよ。それなのに世代を重ねながら生きていくのって本当にすごいことだよ。」
オオクワくんの言うとおりだ、どんなことをして生きるのかという自由が昆虫にはない。
でも
「あー、はやく来年にならないかな・・。」
「そう簡単にはいかないよ、時間がすぎれば来年なんてすぐにやってくるさ。」
「そうだね、気長に待つしかないよね。」
こうしてぼくとオオクワくんは、のんびりとした時間を過ごした。
それして季節は冬から春へと過ぎていき、ぼくとオオクワくんは小学六年生になった。
担任の先生は
今回の華井先生は、髪が長い女性の先生で男子からはとても人気だ。
入学式の後のあいさつで、華井先生はぼくを呼ぶとみんなに言った。
「この山代くんは小学四年のときにイジメで不登校になり、去年の九月まで学校に来ませんでした。みなさん、イジメは本当によくないことです。山代くんみたいな人を二度と出してはいけません、よってこのクラスではイジメ撲滅を宣言します!!」
華井先生は声高々に言った、ぼくはとてもうれしくなった。
学校からの帰りにぼくはオオクワくんと日野くんと話した。
「山代くんのクラスの華井先生、すごく美人じゃないか。おれもあんな先生が担任だったらいいのになあ・・・。」
「うん、前の飛鷹先生とはもうおおちがいだよ。見た目がやさしくて、ぼくが前に不登校だったことも理解してくれて、とてもうれしかったよ。」
ぼくは本当の気持ちを言った。
「そういえば、もう小六か・・・。おれたちも、すっかり成長したなあ。」
「どうしたんだい、日野くん?今さらそんなこと言うなんて。」
日野くんはなにか言いたげなようすだ、一体何を言おうとしているんだろう?
「ねえ、何を言っているのか教えて?ぼくたちは友だちだから、なやんでいるならなんでも聞いてあげるよ。だから教えてよ。」
「そうだぞ、日野くん。無理しなくてもいいからさ。」
ぼくとオオクワくんがやさしく言うと、日野くんの目になみだがうかんだ。
「ありがとう・・・。おれさ、もう少ししたら二人に会えなくなってしまうんだ。」
「え!?どういうこと?」
「引っ越しするんだよ、親の
「そうか、それは残念だね・・。」
「だからせめて引っ越しする前に、何か思い出をのこせたらいいんだと思ったんだ。だけど何をしたらいいのか、思いうかばなかったんだよね。」
ぼくは日野くんとの最後の思い出づくりをしようと思った。
だけど、何をしたらいいのかアイデアがうかばなかった。
それから一ヶ月後たったころ、ぼくの家に野崎さんがやってきた。
「紫乃くん!ついにアサギマダラのようちゅうが、サナギになったぞ!!」
「え!?本当ですか!!」
ぼくの家にいたぼくとオオクワくんは、目を輝かせながら野崎さんの顔を見つめた。
「ああ、今から動画を見せるから待っててね。」
そう言うと野崎さんは、ノートパソコンをかばんから取り出して電源を入れると、映像を映し出した。
そこにはアサギマダラのようちゅうが、葉っぱの裏で逆さまにぶらさがっていた。
「さあ、もうすぐさなぎになるからよく見ててごらん。」
野崎さんに言われて、ぼくとオオクワくんは動画をよく見た。
するとアサギマダラのようちゅうの皮がわれて脱げていき、そしてサナギになった。
サナギはあざやかな
しかもそのサナギのかがやきは、金色よりも光かがやいていて、とてもかっこいいかんじがした。
「私もこのサナギを見たときはおどろいたよ。こんなにも
「すごくきれいだ・・・、うっ!」
するとオオクワくんが一瞬気を失うと、また意識をとりもどした。
『おお、なんと
そして声がオオクワ・クロノカミになっていた、どうやらオオクワくんに乗り移ったようだ。
「そうですね、ところでいつごろチョウになるのかはわからないのですか?」
『そうだな・・・、知ってはいるが教えられんなあ。』
オオクワ・クロノカミは、もったいぶった言い方をした。
「まだまだ先って、いつ
『そもそも、いつ
「それはそうだけど・・・。」
『いずれにせよ、金色のアサギマダラが何事もなくてよかったよ。これからもアサギマダラを、よろしくたのむ。』
そしてオオクワ・クロノカミはどこかへ消えて、オオクワくんの
「あれ・・・、ああ、またあいつが来たんだね。」
「オオクワくん、だいじょうぶかい?」
野崎さんがオオクワくんに言った、オオクワくんはだいじょうぶだとうなずいた。
「ねえ、野崎さん。このサナギが羽化するとこ、
ぼくは野崎さんに、強くお願いした。
野崎さんはおどろいた後、少しいいにくそうに言った。
「うーん・・・、羽化の瞬間はぼくでもあまり見ないからなあ。がんばって撮影してみるけど、あまり期待できないと思ったほうがいいよ。」
「それでもいいです、お願いします!!」
ぼくはもう一度、野崎さんに強くお願いした。
「わかったよ、ほかでもない君の頼みだからね。」
そう言うと野崎さんは大学へと戻っていった。
「ねえ、野崎さんになんでお願いしたの?」
「日野くんとの最後の思い出になると思って、アサギマダラの
「なるほど、それはいい案だけど上手く行くかは野崎さん次第だよ?」
「だいじょうぶ、ぼくは野崎さんを信じているから。」
ぼくは野崎さんの成功を、心から祈った。
それから数日後、野崎さんから「羽化の撮影に成功した!」という連絡が入った。
そしてぼくはアサギマダラの羽化する動画を見せるために、日野くんを家に呼んだ。
「あの、なんかすごいものを見せてくれると聞いたんだけど、一体なにを見せてくれるんだ?」
日野くんはぼくの家に来てからも、ずっと首をかしげていた。
そして三十分後に野崎さんが、ぼくの家にやってきた。
「いやあ、遅れてすまなかった。あまりにもいい
「いい
ぼくとオオクワくんは日野くんに、金色のアサギマダラのことについて、これまでのことを話した。
「そんなヒミツかくしていたの!!だったら、おれに話してもいいじゃないか〜!」
「ごめんね、日野くんに話すのすっかりわすれてた。」
「なんだそれ!?でも・・・、思い出を作ろうとしてくれてありがとな。とてもうれしいよ。」
日野くんはとてもいい笑顔をうかべた。
そしてぼくは部屋のカーテンを閉めた、リビングが映画館みたいになった。
「それじゃあ、動画を再生するよ。」
野崎さんは動画を再生させた、ぼくとオオクワくんと日野くんはまばたきせずに動画を見た。
葉っぱの裏にぶらさがっているアサギマダラのサナギ、ただ前に見たのとくらべると明らかに色が変わっていた。
「色がアサギマダラみたいになってる、こうなったらもう羽化だ。」
オオクワくんが言うと、サナギがピクピクとふるえて
そして割れ目は大きくなっていき、中から金色に輝くアサギマダラがでてきた。
「なにこれ、めっちゃ金ぴかじゃないか!すげえ〜」
「本当に金色のアサギマダラだ・・・、とてもきれいだ。」
「すごい・・・、どんどん輝いていくよ。」
アサギマダラはサナギからさかさまになって出てくる、そして足が出てきたときに、アサギマダラはサナギのからにつかまった。そしてその
「おお、出たぞ!!」
「うわーっ、なんか感動した!命の力を見たよ。」
「サナギからなんとか出れてよかったね、だけどまだまだこれからだよ。」
そう、この後はシワシワの羽をのばさなければならない。
サナギのぬけがらにつかまりながら、アサギマダラは羽を少しずつ伸ばしていく。
「ここから、少し早送りさせてもらうよ。」
野崎さんが動画を早送りさせた、アサギマダラの羽は完全に伸びきった。
「うわあ、きれいだなあ・・・。こんなチョウを見たのは初めてだ!」
『うんうん、なんてきれいな姿なんだ。これこそまさに、神にふさわしい
「そうだよね・・・って、いつの間にオオクワ・クロノカミになってるよ!!」
オオクワ・クロノカミがいつのまに、オオクワくんに乗り移っていた。
『まあ、いいじゃないか。
「うん、たぶんそうなると思うよ・・・。」
『そうか、これからさらにおもしろいことになるぞ。楽しみにしているがいい。』
オオクワ・クロノカミは去っていき、そしていつものオオクワくんにもどった。
「無事に成虫になれてよかったね、さてこの後は外へ放すよ。」
「あの、外へ放すとこを見てもいいですか?」
日野くんが野崎さんに言った。
「ああ、いいとも。ぜひ見に来てくれ。」
「やったー!とても楽しみだぜ!」
「また、いい思い出ができるね。」
ぼくとオオクワくんと日野くんは、アサギマダラの羽化を大いによろこんだ。
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