第12話決意の家出

野崎さんからもらった大切な標本ひょうほん、それを母さんは気持ち悪いからと捨ててしまった。

ぼくは怒りのあまり、あばれにあばれてもうその時の記憶がなかった。

そしてハアハアと息を切らしていると、冷静になってぼくは虫取りあみを置いた。

そして気分がおちついてくると、母さんが様子をうかがうように玄関のドアを開けた。

「紫乃・・・、悪かったわ。」

母さんは玄関げんかんのドアを閉めながら言った。

「まさかあなたにとってこんなにも大切なものだったなんて・・・、捨ててしまってごめんなさい。だけどね、これはあなたのためでもあるのよ。」

母さんはやさしく言ったけど、これのどこがぼくのためなの?

「あなたにはもう昆虫なんて合わないのよ、もういい年しているんだからちゃんとしたしゅみをもたないとだめよ。あなたが昆虫からはなれて、他にやりたいことを見つけたらわたしは応援おうえんするよ。」

それってつまり、ぼくが昆虫を好きなのが気に入らないということ?

そうか・・・、だからあの標本ひょうほんを平気ですてることができたんだね。

そうか・・・、だからあの時からぼくをさけるようになったんだね。

なんでぼくは気がつくのか遅いんだろう、ぼくはつくづく自分がいやになった。

母さんは本当に今のぼくがいやなんだね、なんだか本当にいやになった。

ぼくの中でおさまりかけた怒りが、再び燃えてきた。

そしてぼくは母さんに向かってこんなことを言った。

「ぼくにはもう昆虫しかない・・・、それがわからない母さんは最低だ!!」

そしてぼくは自分の部屋に行くと、リュックサックに必要な荷物をつめられるだけつめて、アサギマダラのようちゅうが入った虫かごを持っていった。

こんなところに置いていったら、アサギマダラのようちゅうが死んでしまうかもしれないし、なにより標本ひょうほんの時のようにアサギマダラのようちゅうも母さんにすてられてしまう。

ぼくはリュックサックと虫かごを持っていこうとすると、母さんがぼくに言った。

「紫乃、どこにいくの?そんなにたくさんの

荷物を持っているの?ねえ・・・、なにしようとしているの?」

母さんはおびえた声をだした、ぼくがなにをしようとしているのかがわからないようだ。

「ぼく・・・、二度ともどらないから。それじゃあ、さよなら。」

ぼくは母さんに顔を見せずに言うと外へ出た、母さんのさけび声が後ろから聞こえてきたけど、聞こえないことにして歩きだした。

とはいってもぼくには、どこへも行くあてがなかった。

とりあえず公園に行くことにした。今日は土曜日だからか、子どもがたくさん来ていた。

「とにかく、どこかに行かないと・・・。野崎さんの家は・・・、だめだ場所がわからない。」

もともと友だちのいないぼくには、こういう時に行くところがない。

となると野宿するしかない、とりあえず場所はこの公園でいいだろう。

キャンプの時に使ったテントがあるから、住むところはだいじょうぶ。食糧しょくりょうは少しだけのお菓子と、千円札せんえんさつが一枚あるから当分はだいじょうぶ。

ただ着替きがえをわすれてしまったから、ふくはくさくよごれてしまうだろう。

「最初の問題はテントの場所だ・・・、ここは人目についてしまう・・・。」

テントを張るには昼も夜も人目につかないところがいい、だから広場にはテントを置けない。

「そうだ!!ここがあったんだった!」

そう言ってぼくがむかったのは、公園の木々が生えて小さな林になっているところだ。

あそこには広い穴があいていて、元は池だったのだんだけど、今は水が入っていないまま放置されているんだ。

「よし、ここならテントを張れるぞ!」

この場所はふだんから人が通らない場所、ここを隠れ家にしてくらすぞ!!

さっそくぼくはおかしを食べようとしたときだった、だれかの足音が聞こえた。

「え!!誰かいるの?」

ぼくはテントの中に入ると、顔だけテントからだして様子をうかがった。

足音はこっちに近づいてくる、一体誰なんだろう?

「この辺、いろんな昆虫がいる気がする、探せばたくさんみつかるかもしれない・・。」

なんと声のぬしはオオクワくんだった、どうしてここに!?

あっ、そう言えば前にぼくもここで昆虫を探しにきていたんだった。オオクワくんには教えていないのに、どうして知っているんだろう?

「ん?なんだあのテント・・・?」

オオクワくんの足音がテントの方にむかっている、そういえば少しだけテントが池の深さより高いから、池からでるとテントの上の部分が見えてしまう。

人通りがないから問題ないと思っていたけど、やっぱり油断大敵だ。

オオクワくんの足音が止まった、どうやらテントに気がついたようだ。

「こんなところにテントがあるなんて、誰かいるのかな?」

テントのすぐそばでどんという音がした、オオクワくんが池におりてきたんだ。

そしてオオクワくんはテントの中をのぞきこんだ、そしてぼくの姿はオオクワくんに見られてしまった。

「あれ?山代くん、どうしてここにいるの?」

「オオクワくん・・・、ここに来ていたんだね。どうしてここの場所を知っているの?」

「今日この公園にきて、初めて見つけたんだ。たくさん昆虫がいそうだったからさがしていたら、このテントを見つけたんだ。」

「そうだったんだ、でも見つけてくれたのがオオクワくんでよかったよ。ぼくは今日からここでくらすことになったから。」

「ふーん、そうなんだ。ここでくらすなんて、秘密基地ひみつきちみたいでおもしろいね。」

オオクワくんはテントに入ってきた。もっとおどろくかと思っていたけど、オオクワくんは落ちついていた。

「ほっとするね、一人になりたいときにここに来るのいいと思うよ。それにしても君って意外と行動力こうどうりょくがあるんだね。」

「うん、そうだね・・・。なんでオオクワくんは、公園に来たの?」

「さんぽと昆虫探こんちゅうさがしに来たんだよ、そういえばここで暮らすって言っていたけど、いつまで暮らすの?」

「ずっと・・・、ここから動かないつもりだけど?」

「そうなの!?家に帰らなくていい?お腹空かないか?」

オオクワくんはとても心配そうに言った。

「家にはかえりたくない、ごはんは自分でどうにかできるからだいじょうぶ。」

ぼくは胸をたたきながら、元気よくオオクワくんに言った。

でもオオクワくんはぼくを気づかったのか、とつぜんこんなことを言った。

「・・・・山代くん、もしよかったらおれの家に来ないか?」

ぼくはとつぜんの言葉にとてもおどろいた、まさかオオクワくんの家にさそわれるなんて思ってもしなかった。

ぼくはドキドキした、オオクワくんって家の中でどうやってすごしていくのかを聞いていなかった。

「オオクワくんの家に・・・!?ぼくはいいけど、オオクワくんの家はぼくが来てもだいじょうぶなの?」

ぼくはオオクワくんに質問した。

「いいよ。お父さんもお母さんも仕事で帰りがおそいし、家にいるのは矢田さんだけだからだいじょうぶ。」

「そうなんだ。それで矢田さんってだれ?」

「おれん家がやとっている家政婦さん、身の回りの家事などはみんな矢田さんがしてくれているんだ。」

家政婦・・・!?オオクワくんの家ってとてもすごい金持ちなのかもしれない。

「それでも山代くんがここにいたいというのならいいよ、だけどおれとしては君におれん家に来てほしいんだ。どうかな?」

ぼくはここにのこるか、オオクワくんの家に行くのか考えた。

もしぼくがオオクワくんの家に行って家出した理由を話したら、オオクワくんは家に泊めてくれるかもしれない。

そうしたら今日は野宿することなくぐっすり眠れる、ぼくがオオクワくんのさそいをことわる理由はなかった。

「わかった、オオクワくんの家に行くよ。」

「よし、それじゃあさっそく行こう!!」

そしてぼくはテントをかたづけて荷物を持つと、池から出てオオクワくんの家へとむかった。

オオクワくんの家は公園から歩いて十分のところにあった、そこはぼくの家よりも大きくて、茶色のかべがとても似合うりっぱな屋敷だった。

「うわあ・・・、すごい家だなあ。」

「それほどでもないよ、さあ上がってきてよ。」

ぼくはオオクワくんに言われるままに家に上がった。

するとぼくたちの前におばあさんが現れた、身なりがよくて上品な感じがした。

「秀一様、そちらの方は?」

「ぼくの友だちだよ。」

「まあ、よくいらっしゃいました。お茶とお菓子を用意いたしますので、こちらへどうぞ。」

「矢田さん、山代くんはぼくの部屋に通すからそこに持ってきてよ。」

「かしこまりました。」

そしてぼくとオオクワくんは、オオクワくんの部屋に通された。

そこはぼくの部屋の二倍くらいの広さで、テレビやエアコンもついている、まるでホテルのような部屋だ。

「うわあ・・・、君の家って広いんだね。」

「まあ、かなり豪勢ごうせいなだけで君の家にもあるものだから、ほめなくてもいいよ。それにしても、これがアサギマダラのようちゅうなんだ・・・。」

オオクワくんはアサギマダラのようちゅうが入った虫かごをじっと見つめた。

「どう、かわいいでしよ?」

「かわいいとはいいにくいけど・・、独特どくとくでおもしろいすがたをしているなとは思うよ。色も自分だけのものがあるね。」

ぼくはオオクワくんの言うとおりだと思った。そこが昆虫のおもしろいと感じさせるいいところなんだ。

だけど、ぼくの母さんはそんな昆虫こんちゅうを・・昆虫こんちゅうを・・!!

ぼくは涙をこらえられなくて、泣いてしまった。

「え!?どうしたの、山代くん!!」

「ぐすっ・・・、実はね・・・」

ぼくはオオクワくんに、ぼくが家出するいきさつを説明せつめいした。

「え!?あの標本ひょうほんを捨てられたの!うわーっ、それはキツイなあ・・。山代くんが怒るのも無理ないな。」

オオクワくんはため息をついてぼくに同情した、ちなみにオオクワくんにあげた標本は部屋に大切にかざられている。

「それでお願いがあるんだけど・・・、今日だけ泊めてもいいですか?」

ぼくは手を合わせて強く、オオクワくんにお願いした。

「いいよ。だけど学校はどうするの?」

「学校か・・・、仮病けびょうでもつかって休む?」

「いや、よくないよ。一応、家で君を預かると母さんに話をつけておいたほうがいい。」

「それはやだよ、家出したことバレるじゃん。」

「うーん、だったらここには泊めてあげられないなあ・・・。」

オオクワくんは首をかしげた。

でも外で野宿するよりは、オオクワくんの家にいたほうが安全だ。

「わかったよ、オオクワくんの言うとおりにするよ。」

「よし、それじゃあ準備をしよう。」

オオクワくんは立ち上がると、矢田さんを呼んで、ぼくのお泊まりの準備を始めた。










そのあとオオクワくんと矢田さんは、ぼくの家に行って教科書や体操着などを取ってきてくれた。

ちなみに母さんはオオクワくんと矢田さんに、「どうか、よろしくお願いします。」と言っていたんだってさ。だったらまず、標本を捨てたことを謝ればばいいのに。

オオクワくんの両親にはオオクワくんから事情を説明し、一週間くらいなら泊まってもいいと言ってくれた。

「とりあえず、一週間はここに泊まれるから安心して。まずはお風呂に入ろう。」

ぼくとオオクワくんは、二人でお風呂に入った。そのあとは宿題をして、夜ご飯を食べたんだ。

「いやあ、秀一くんの友だちが来てくれてうれしいよ。たっぷり召し上がってくれ。」

「お代わりはあるからね、たくさん食べてね。」

オオクワくんの両親はおおらかな人で、ぼくに料理をたくさんすふめてくれた。

「すごく美味しい!!オオクワくん、君は毎日こんなすごい料理を食べているの?」

「まあ、母さんと矢田さんが料理上手いからね。大したことじゃないと思うよ。」

夜ご飯を終えたら、寝る時間までにテレビを見たり、ゲームをしたりして過ごした。

そして寝る前にぼくは重大なことに気がついた。

「キジョランの葉っぱが、もう少ししかない!」

このままでは、アサギマダラのようちゅうがえてんでしまう。

「これは大変だ、どうにかしないと・・。」

しかし、このあたりにはキジョランの生えているところがない・・・。

どうすれば、キジョランを手に入れられるんだろう?

「どうしたの、山代くん?」

「どうしよう、キジョランが無くなりそうだよ。」

「それは大変だね・・・、ちょっと相談そうだんしてみるよ。」

そう言ってオオクワくんは、あるところに電話をかけた。

「もしもし・・・・実は山代くんが飼っているアサギマダラのようちゅうのエサがなくて・・・・そうそう、キジョランの葉っぱ・・・・あるの?じゃあ、明日ここへもってくることってできる?・・・・ありがとう、それじゃあよろしくね。」

そう言ってオオクワくんは電話を切った。

「ねえねえ、だれに電話していたの?」

「野崎さんだよ。キジョランの葉っぱを明日持ってきてくれるって。」

「本当!!よかったぁ・・・。」

ぼくはほっと胸をなでおろした。

「でも野崎さんとよく電話できたね。」

「実は前にたがいの電話番号を交換していたんだ。」

「そうだったんだ・・・。」

ぼくはオオクワくんのしっかりしているところに感心した。

そしてぼくは、オオクワくんの家の大きなベッドで眠った。






























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