第10話昆虫の神様

その日の夜、ぼくはアサギマダラがたどりついた南の楽園に来ていた。

「またここに来たんだ・・・、彼はげんきにしているかな?」

そしてぼくは彼をさがしにいった、やぶをかきわけて道なき道を進んでいった。

そしてあの白い花のさく木の葉っぱに彼が止まっているのが見えた。

「あ、こんにちわ。」

ぼくが彼に向かって言うと、まだ指に乗せていないのに彼の声が聞こえた。

『おお・・・、お前か・・・。会えてうれしいなあ・・・。』

ぼくは彼が変わったことに気がついた・・・。

彼はすっかり老けて、元気が感じられない。まるでとつぜんおじいさんになってしまったかのようだ。

もしかして彼は、死んでしまう時が近いのかもしれない・・・。

「なんかいつもより元気がないけど、どうしたの?」

『わかるか?やはりな・・・、どうやら私には終わりの時が近づいているようだな。ははは、私もとうとうここまでだな。』

彼のわらい声がかすれて聞こえた、やっぱり彼は前より弱っている。

ぼくに前をむいて生きていく気持ちと強い心を持って進むことを教えてくれた彼、その彼にも短い命の定めからにげられない。

「君は・・・、もうすぐ死んでしまうんだね。」

昆虫は人よりかなり早く死んでしまうことは、ぼくにもわかっていた。

だけど彼とはいろんな思い出があるから、わかっていてもさみしい気持ちになる。

「君とはいろんな思い出があったね、初めて出会った時から君のことが好きになって、旅をおいかけて南へ南へとむかっていった。そして台風をのりこえてたどりついた南の楽園、本当にいいところだったね。」

『ああ、そうだったな。あのころはとにかくいろいろ大変だったけど、今になって思えば運がよかっただけなのかもしれない。私はこの自然に選ばれ、南の楽園に来ることができた。とってもうれしかった・・・。』

「もう、思いのこすことはないの?」

『ああ・・・、私は自分の人生に満足しているよ。』

彼は空を見上げながら言った。

それを見ているとかわいそうに思えて、やりきれなくなったぼくは、最後に楽しいことをしようと、彼に言った。

「じゃあ、最後にぼくと一緒に飛び回ろうよ!」

『・・・すまない、もう飛び回る力もない。だからせめて、私が死ぬのを見届けてくれないか?』

彼は葉っぱにとまっていることすら、せいいっぱいのようだ。それなら無理をさせるわけにはいかない。

ぼくは最後まで、彼のそばにいることにした。

「そういえば、交尾した相手は元気かな?」

『おう、今ごろはガガイモに私のこどもを生んでいるところだ。』

「君は君の子どもに会いたくはないの?」

『会いたくない。子どもにはこのきびしい自然を乗りこえて、また私のように旅をしてほしいからな・・・。』

「そうなんだ・・・、でも君の子どもは必ず海渡りを成功させるよ!」

『ああ・・・、そのとおりだな・・・。』

そして彼は葉っぱから突然落ちた、ぼくは彼をそっと手のひらに乗せて、すでに虫の息になっているかれを見た。

「もう、ここまでなんだね。」

『ああ・・・、でもいい生き方だった。お前とは・・・、もう会えない・・・けど・・・これからも・・・生きてて・・・くれ。』

ぼくはなみだを流しながらうなずいた。

そしてこの言葉を最後に、彼の声は聞こえなくなった・・・。

ぼくは動かない彼を木の下に置いて、これまでの思い出に感謝しながら、手を合わせた。

そしてぼくは再びベッドの上にいた・・・。










その日の放課後、ぼくはオオクワくんに約束をやぶってしまったことをあやまった。

「だれに話したの!!」

オオクワくんは大きな声でぼくに言った、かなりおこっているようだ。

「野崎さんという人・・・、大学で研究をしているんだ・・・。」

「野崎さんだって!!なんて人に話したんだよ、まったく・・・。」

オオクワくんは不満を言いながら地面にすわった。

「あの・・・、オオクワくんは野崎さんのことを知っているの?」

「うん。それじゃあしょうがないから、ぼくのもう一つの姿を見せよう。」

オオクワくんはふしぎなことを言った。

そしてオオクワくんの体がとつぜん光だしたんだ!

「え、どうしたの!?オオクワくん!!」

光がやんでぼくが目を開けたとき、そこにオオクワくんの姿はなかった。

そこにいたのは、軽自動車けいじどうしゃくらいの大きさがある、ありえない大きさのオオクワガタだった。

「あ・・・ああ・・・、オオクワくん?」

『あーあ、この姿にはあまりなりたくなかったんだけどなあ・・・。ぼくはオオクワ・クロノカミ、こう見えて日本の昆虫をつかさどる神さまだ。』

「え!?オオクワ・クロノカミ?オオクワくんって、神さまだったの?」

『ああ、ぼくは昆虫のために自然あふれる里をつくることを目的にしているんだ。そのために、この辺りに住んでいる昆虫に声をかけているんだ。』

「そうなんだ、でもどうしてひみつにしていたかったの?」

『そんなの、人間につかまらないようにするためさ。昆虫の中には人間に好かれるのもいる、とくにクワガタはね。』

「そうか、でも野崎さんに会わせるように約束してしまったからなあ。一体、野崎さんになんて言えばいいかな?」

『そこは自分で考えてくれ、それじゃあまたな。』

そしてオオクワ・クロノカミはまた光りだして、オオクワくんの姿にもどった。

「ふう・・・、やっともどれたよ。」

「オオクワくんって、昆虫の神さまだったんだ・・・。」

「ちょっとちがうかな。ぼくはオオクワ・クロノカミを宿していて、オオクワ・クロノカミが出てくるときは、ぼくの体に憑依ひょういして出てくるんだ。」

少しよくわからないけど、オオクワくんはオオクワ・クロノカミに変身できるということだ。

ぼくはオオクワくんの秘密をまもることにした、野崎さんには悪いけど昆虫の神様の秘密は守らないとね。










結局、ぼくは野崎さんに「オオクワくんは、かぜで学校を休んでいて会えなかった」とうそをついた。

「そうか・・・、それはざんねんだな。」

「ねえ、野崎さんはどうしてオオクワくんに会いたいの?」

ぼくが野崎さんにたずねると、野崎さんは言った。

「実は昆虫はこの地球上でたくさんの種類がいて、しかもまだまだ多くの新種が発見されていることは、知っているかな?」

ぼくがうなずくと、野崎さんは続けて言った。

「そしてその中には、突然変異とつぜんへんいによってこれまでの昆虫こんちゅう常識じょうしきでは決してありえない、能力や体を持った昆虫が目撃もくげきされているんだ。」

「それって、体が人間よりも大きい昆虫こんちゅうとか、人間の言葉を話す昆虫こんちゅうもいるということ?」

「その通りだ、でもあくまで学術的にはわかってないことも多くて、未確認生物みかくにんせいぶつみたいな感じなんだよね。だけどそれが発見されて、発表されたらすごいことになる。だから私たちはそんな昆虫こんちゅうを見つけるために君やオオクワくんの能力のうりょくが必要なんだ。」

「それで、オオクワくんに会いたかったんだね。」

「ああ、これからそういった昆虫こんちゅう調査ちょうさを始めるんだ。もちろん君も調査に呼ぶつもりだよ。」

「そうなの!!やったー!!」

ぼくはとてもうれしくてとびあがった、これからオオクワくんと一緒に調査ができるかもしれないなんて、すごくうれしいことだよ!!

「それじゃあさ、調査することになったらオオクワくんを呼んでもいいよね?」

「ああ、もちろんだよ。オオクワくん、早くかぜが治るといいな。」

ぼくはオオクワくんに伝えたくて、体がうずうずしていた。














そして翌日、ぼくはオオクワくんに野崎さんが言っていたことをほうこくした。

「なるほど・・・、つまりぼくにも野崎さんの調査に参加してほしいというわけだな。」

「うん、きっとおもしろい経験けいけんになるよ。オオクワくん、参加してみたい?」

「うーん、おもしろそうだけどオオクワ・クロノカミは必ず反対すると思うんだよな・・・。」

オオクワくんはうでを組みながら言った。

「ああ、神さまがということ?」

「うん。昆虫を捕獲する人間は全て敵だと思っているから、絶対に許さないと思うよ。あ、どうやら神さまから言いたいことがあるみたい。」

オオクワくんがそう言うと、オオクワくんにオオクワ・クロノカミが憑依ひょういした。

『お前、さっきから何を話しているのかと思ったら、昆虫を捕まえるとかおろかなことを・・・。今すぐにやめないと、私がさばきをあたえよう。』

オオクワ・クロノカミの表情はかわらないけど、声と威圧感いあつかんでかなり起っていることがわかった。

「でも、野崎さんたちは昆虫を絶対にきずつけないよ!だってアサギマダラの研究の時だって、アサギマダラを一ぴきも殺してないなかったよ!」

『ふん、昆虫を殺さない人間なんてこの世界には少ない方だ。自分たちとちがう、気味が悪い、自分たちの育てた作物を食べる、病気になるといった理由で人間はこれまでに数えきれないほどの昆虫を殺してきたからな。』

「確かにそうだけど・・・、野崎さんみたいに昆虫を好きだと言っている人は必ずいるんだ!」

『ほう、それじゃあお前と野崎さんが昆虫を殺さない人だとして、これまでアサギマダラになにもしていないだろうな?』

そう言われてぼくは言葉につまってしまった。

確かにアサギマダラを殺してはいないけど、マーキングのために羽に記録を書いた。

それは野崎さんのプロジェクトのためだったけど、アサギマダラにとってはどうだったんだろう・・・?

「うーん・・・、アサギマダラの羽に記録をつけたのは覚えています。」

『アサギマダラの羽に記録をつけたか、なぜそんなことをしたんだ?』

「研究のためだよ、アサギマダラについてよりくわしく知りたいからやったんだ。」

『アサギマダラについてより知りたいか、お前たちはそんなに昆虫が知りたいのか?』

オオクワ・クロノカミの声が少し落ちついた感じがした。

「うん、だって昆虫は地球上にたくさんいて、いろんな色や形をしている。さらにアサギマダラみたいに遠いところへ旅をしたり、ナナフシみたいに木の枝のマネをしたり、ミイデラゴミムシみたいに高温の液体をしりからだしたりと、できることがそれぞれ個性的で面白いんだ。そんな昆虫にはこれから多くの新種が発見されているから、どんな発見があるのか楽しみなんだ。」

ぼくはオオクワ・クロノカミに、昆虫の魅力みりょくを強く言った。

『なるほど、ここまでわれら昆虫のことが好きだということか・・・。それなら一つ予言をしよう。』

「え!?予言ってなんですか?」

オオクワ・クロノカミの予言とは、一体どういうものだろう?

ぼくはドキドキして、予言の内容を聞いた。

『アサギマダラが飛んできたかの島にて、金色のアサギマダラが生まれるだろう。』

「金色のアサギマダラ・・・、一体どんなアサギマダラなんだろう?」

ぼくは考えた、アサギマダラはふつうは茶色の羽に白いまだらもようがついているんだ。

だけど金色のアサギマダラって、どんな羽をしているんだろう・・・・・?

『どんなものかは、眠る時にわかるだろう。それでは失礼する。』

オオクワ・クロノカミはオオクワくんにもどった。

「ふぅ・・・。どうやらオオクワ・クロノカミは、君に興味を感じているようだ。ぼくも野崎さんの調査に参加したくなったよ。」

「オオクワくん、参加してくれるの?」

「うん、それに君が昆虫の魅力みりょくを熱く語るのを聞いて、ぼくも野崎さんの調査に参加したくなったんだ。だから参加できるかどうか聞いてみてよ」

「本当に!?ありがとう、それじゃあ野崎さんに会ったら伝えておくね。」

そしてぼくはオオクワくんと別れた。

野崎さんとオオクワくん、両方に問題がない結果になってよかった・・・。

ぼくはほっとむねをなでおろした。












その日の夜、ぼくは三度みたびあの島にやってきた。

「また、この島だ・・・。どうしてぼくはこの島にやってきたんだろう?」

アサギマダラのむれと一緒に台風をのりこえて、そして南の楽園に到着してゆったりと過ごす生活、そしておとずれるアサギマダラの死。

この島でぼくは、アサギマダラの命のドラマを見てきたんだ。

「だけど、もうぼくがこの島に行く必要はないはずだ。彼も死んでしまったんだからね・・・。」

だけどぼくがこの島に来たという事には、必ず何かの意味があるはずだ。

ぼくはとりあえず島の中を歩き回ることにした。

やぶの中をかきわけて、木々の間をぬけて山の中を進んでいく。川のせせらぎに鳥の鳴き声 に風の音、島の音があちらこちらから聞こえる。

そしてぼくはある場所に到着した、そこは森の中にある開けた場所で、つるのある植物が生えていた。

「この草は・・・、なんだかふしぎなものが近くにありそうな気がする。」

ぼくはその草の葉っぱを一枚ずつ調べて、そのふしぎなものをさがした。

そしてぼくはそのふしぎなものを見つけた、それはアサギマダラのたまごだった。

白くてちいさなたまごで、形はモンシロチョウのたまごににていた。

だけどそのたまごからは、神秘的しんぴてきで何か起きそうな気がした。






























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