第9話楽園での使命

九月一日に学校に行けたことで、ぼくはふたたび学校生活を始めることができた。

どうやらぼくは一度できたら、同じことが続けられるタイプだったようだ。最初はおどろいていたクラスメイトや飛鷹とびたか先生も、何も言わなくなっていた。

「なんだか、不登校になる前と変わらないなあ・・・。そういえばぼくをいじめていた四人、だれもぼくに声をかけなかったな。」

どうやらぼくが不登校になったことはだれも気にしていないようだ、そりゃぼくが長いあいだ学校に行かなかったから、ぼくがいないことも当たり前になっていた。

けっきょく、だれもぼくには感心がないということだ。さみしいけど、またいやなことを言われるよりは、これでいいのかな?

「よぉ、山代!久しぶり!!」

ぼくのかたを元気よくたたいたのは、日野春樹ひのはるきくん。

幼稚園のころからの知り合いで、ぼくとはちがって友だちが多いタイプの人なんだ。

「日野くん、元気にしてた?」

「ああ、もちろん。それにしても、毎日顔を合わせられなくてごめん!!」

日野は両手を合わせてぼくに言った。

「いいよ、顔を見せなかったぼくもいけないから・・・。」

「いやいや、ほんとうにゴメンてば・・・。」

日野くんはのうてんきに見えて、気くばりができるからみんなに好かれている。

だからぼくも、日野くんには自然と心を開いているんだ。

そしてぼくは、気になっていることを日野くんにたずねた。

「ねえ、オオクワくんのこと知ってる?去年のクラスにいなかったよね?」

「ああ、お前は知らなかったな。オオクワは五月に転校してきたやつでな、勉強も運動も得意なすごいやつだ。おまけにイケメンときているから、女子からとくに人気なんだって。」

オオクワくん、すごいなあ・・・。

「そうなんだ、ぼくとはおおちがいだね。」

「まあ、おれともおおちがいだ。だけどオオクワは、山代みたいにおとなしくてな、放課後はいつも一人でいるんだ。」

そうなんだ・・・、オオクワくんとはなかよくなれそうな気がする。

「それで、オオクワのことなにか気になるのか?」

「うん・・・。昨日、外で昆虫をさがしていたときに声をかけられたんだ。そしたら、これからよろしくって言われたんだ。」

「そっか、よかったな。おれ以外にもともだちができて。」

ぼくはこれからオオクワくんとなかよくなれるのが楽しみになった。









その日の深夜、ベッドに入るとぼくはあの島にいた。

「ここは、アサギマダラとたどりついたあの島だ。」

するとぼくのところに一ぴきのアサギマダラがとんできた、もちろん知り合いの彼だ。

『久しぶりだな。それにしても、この島まで来るなんて、お前なかなかやるじゃないか。』

アサギマダラはぼくをほめたが、どうしてこの島にいるのかぼくにもよくわからない。

「それほどでも・・・、それで南の楽園のいごごちはどう?」

『ああ、暖かくて気持ちいい。それに花がいっぱいさいていて、私たちのほかにもいろんなチョウがいるんだ。』

「へぇ〜、それで君の一番好きなところはどこ?」

『ん?この楽園の中のことか。だったら花のあるところだな、お前行きたいのか?』

「連れてってくれるの!?うれしいなあ!」

『しょうがないな、はぐれないようについてこいよ。』

こうしてぼくはアサギマダラの後を走りながら追っていった。

やぶが多くて、ついていくのがとても大変だった。

『さあ、ついたぞ!』

「うわあ・・・!!」

そこは白くて小さな花がたくさんさいている木があるところだった。

そこにはアサギマダラだけじゃなくて、いろんな色のチョウやミツバチにハナムグリなど、様々な昆虫たちが花に集まっていた。

『ここは私たちをはじめ、多くの虫たちが集まる場所である。この花のみつは美味しいぞ、お前も飲むか?』

ぼくは人間だから、花のみつは飲めない。

「いいよ、ぼくは君たちのことが見れるだけでうれしいから。」

『やっぱり変わっているな、お前は。まあ、のんびりすごすといい。』

そしてぼくは地面にすわりながら、花にあつまるアサギマダラたちを、ずっとながめていた。

「本当に楽園に行けてよかったね、ぼくも楽園に行ってみたいな・・・。」

ぼくはそう思いながら、景色をながめていた。

ながめていると二ひきのアサギマダラがとんでいた。しかもたがいの距離が近く、なかよくしているように見えた。

「あのアサギマダラ・・・、もしかして交尾こうびしようとしてる?」

ぼくは二ひきのアサギマダラを注意深ちゅういぶかく観察した。

そして二ひきのアサギマダラは葉っぱの上にとまると、おしりをれんけつさせてじっとしていた。

「やっぱり、交尾をはじめた。ということはこの後、たまごを産むんだ。そしてそのたまごがかえって、幼虫ようちゅうが成長して、また次の旅をするアサギマダラが生まれるんだ。」

ぼくが交尾しているアサギマダラを見ていると、彼がぼくのかたにとまった。

『どうした?』

「ううん、なんでもないよ。ここで新しいアサギマダラが、生まれるんだなって思っているだけだよ。」

『そうだ、私たちには次の子どもたちを産まなければならない使命がある。そのために南の楽園に来たんだ。』

「え・・・?それじゃあ、君はここで死んでしまうということ?」

「ああ、そういうことだ。だが、この楽園で死ぬのなら後悔はない。私たちは、私たちを続けるためにこの命をささげるのだ。」

アサギマダラから現実を受け止めている印象を感じた。

昆虫は人間とはちがって、自分の運命を変えられない。

限られた命の時間・・・、昆虫はその中で自分の使命を果たすために生きている。

そんな昆虫を見ていると、命の時間が長くて、運命を変えられて、おまけに色んなことができる人間の方が、とても小さく見えてしまうよ。

するとそんな彼のところに一匹のアサギマダラが飛んできた。

「あ、いたいた!ねえ、早く私と一緒に花の蜜を吸おうよ!!」

『おう・・、わかったよ。』

「ねえ、もしかして君の相手?」

ぼくがたずねると、彼は何も言わずにぼくのかたから飛び去った。

どうやらはずかしくてこたえられないようだ、なんだかいがいなことがわかって、ぼくはクスッと笑ってしまった。

「そういえば、あの二ひきはこれから交尾をするのかな・・・?」

ぼくは気になって、二ひきの後を追いかけた。

すると二ひきは、しばらく一本の木のまわりを飛び回った後、その木の葉っぱにとまってたがいのおしりをくっつけた。

「あっーーー!交尾、交尾したよ!!」

ぼくは盛り上がる気持ちをおさえながら、二ひきを観察した。

昆虫の交尾は図鑑の写真でしか見ないもので、実際に見るのはめったにないことだ。

「これで君も使命を果たせたんだ、よかったね。」

ぼくが感動しながら見ていると、アサギマダラの彼がぼくのかたにとまった。

『悪いけど、見ないでくれないか?視線を感じるとやりにくいんだよ・・・。』

「ああ、ごめんね。それじゃあ、失礼するよ。」

そしてぼくはその場をはなれていった、しかし途中でころんでしまった。

そして起き上がったときは、ぼくの家のベッドの上にいた。

やはりこれは、ゆめとはなにかちがうのかなま・・・?








そしてぼくは翌日、そのことを日野くんに話した。

「ふーん、山代くんってやっぱり昆虫こんちゅうが好きなんだな。」

日野くんは首をたてに動かしながら言った。

「それで日野くんはこの話、ゆめだと思う?」

「うん、これはまぎれもなくゆめだ。」

「そっか・・・、ゆめなのか。」

日野くんの口からはこれ以上のことは出なかった。

やっぱり、あれはゆめ・・・?」

いや、ゆめにしてはあれは現実に見えた。やっぱりそへでもゆめだと言うのはだろうか?

そして放課後、ぼくが校庭の草原で昆虫こんちゅうをさがしていると、オオクワくんにであった。

「やあ、山代くん。げんきかい?」

「うん、げんきだよ。」

そしてオオクワくんはぼくの近くにすわりこんだ。

「いつもきみは昆虫こんちゅうをさがして、お話ししているのかい?」

「うん、ぼくは人と話すのは苦手なんだ。だからこうして昆虫こんちゅうを見つけて、お話ししているんだ。」

「でも冬の日はどうするの?昆虫こんちゅう、ぜんぜんいないでしょ?」

「そうなんだよ、だから冬の日はいつも一人ぼっちなんだ。」

「じゃあさあ、これからはぼくがともだちになってあげるから、一人ぼっちじゃないよ。だから安心して。」

オオクワくんはやさしく言った、なんていい人なんだ・・・。

「ありがとう、オオクワくん。」

「それでおねがいがあるんだけど、ぼくと山代くんが友だちであることは、二人だけのひみつにしてほしいんだ。」

「いいけど、どうしてひみつにしなきゃいけないの?」

「それはぼくときみは似ているからさ。ぼくはともだち多いけど、昆虫こんちゅうと会話できることはともだちに言ってないんだ。だけどきみというぼくと同じひみつを持った人に会えてよかった、だからひみつのともだちにしたいんだ。」

「え?みんなには言ってないの?」

「もちろん、自分で言うのも変だけど、話しても信じてくれる人いないからね。」

オオクワくんも、自分のひみつは黙っていることにしているんだ。

「じゃあ、ひみつのともだちにとっておきの話をするね。ぼくはつい先日、ギンヤンマのゆめを見たんだ。」

「え!?ギンヤンマのゆめ・・・?」

それって一体どんなゆめなの?

「ぼくが見たのは、ギンヤンマが池の上をつっきって飛んでいるところなんだ。とても速くて、目で追えないくらいだよ。それをずっと見ていると、自分もあんな感じに飛びたいと思って、いつのまにか自分はギンヤンマを追いかけていたんだ。そしていつの間に、ギンヤンマに追いついていたんだ。そして飛びつづけていたら、木のえだにぶつかって、そこで目がさめたんだ。」

ギンヤンマを追いかけて、いっしょに飛ぶなんてすごいゆめだ・・・。

「すごいゆめだね、とても気持ちよかったんだろうな・・・。」

「ねえ、山代くんはどんなゆめを見たの?」

オオクワくんがぼくに言った。

ぼくはアサギマダラといっしよに飛んで南の楽園にとうちゃくし、そこで楽しく過ごしたことをオオクワくんに言った。

「アサギマダラのゆめを見たの!?すごいなあ、山代くん。それでアサギマダラといっしょに台風を乗りこえるのは、とても大変だったでしょ?」

「うん、本当に大変だったよ。海に落ちそうになったしね、それでもみんなを台風から守りぬいたたんだ。」

「かっこいいよ、山代くん。きみは最高の男だよ。」

オオクワくんはぼくを手放しでほめた、ぼくはとてもうれしくなって照れた。

「それほどのことでもないよ、ぼくはただアサギマダラの旅を応援したかっただけだ。そしてアサギマダラの旅が無事に終わって、よかったよ。」

「そうだよね、アサギマダラのことはぼくも知っているけど、渡りをするチョウとして有名だよね。」

「そういえば、アサギマダラって渡ったところでたまごを産むの?」

「うん、ガガイモの仲間にたまごを産みつけるんだ。ガガイモの仲間の葉っぱにはどくがあって、幼虫ようちゅうは葉っぱを食べることで体に毒をたくわえて、そしてその毒を成虫になっても持ちつづける。」

「え?アサギマダラって、毒があったん。!」

だとしたらアサギマダラを食べたトリはだいじょうぶなのかな・・・?

「でも君も昆虫のゆめを見るなんて、思わなかったよ。それじゃあ、これから昆虫のゆめを見たらたがいに教えあおうよ!」

オオクワくんは目をかがやかせながら言った、ぼくはオオクワくんの意見に大賛成だいさんせいだよ!

「うん、そうしよう!ぼくたちすっかり親友だね。」

「ああ。君とは、もっと早く会いたかったよ。」

ぼくとオオクワくんはたがいにあくしゅをした。

そして授業の時間になったので、ぼくたちはわかれた。














それから三日後、ぼくの家に野崎さんがひさしぶりにやってきた。

「やあ、山代くん。あれから元気にしていたか?」

「うん、元気にしていたよ。」

「学校に行き始めたそうだね、不登校も直ってよかったよ。」

「うん、それでね新しいともだちもできたんだ!!」

ぼくは野崎さんに、オオクワくんのことを話した。すると野崎さんの表情が変わった。

「そのオオクワくんって、君とおなじ昆虫と会話できる人なのか?」

「うん、しかも学校では人気者で・・・。」

ぼくはここで、「ぼくと友だちだということは、二人だけの秘密にしてほしい。」というオオクワくんとのやくそくを思いだした。

野崎さんに会えたうれしさのあまり、すっかりわすれていたよ・・・。

「しまった・・・、オオクワくんとのやくそくをわすれてしまった。」

「山代くん、もしよければオオクワくんに会わせてくれないか?」

「オオクワくんに・・・?」

「ああ、決して傷つけることはしないよ。だから会わせてくれ」

野崎さんはぼくに頭を下げてたのみこんだ。

オオクワくんとのやくそく・・・野崎さんのおねがい・・・、どっちをえらぶかまよったけど、ぼくはオオクワくんにあやまって野崎さんのおねがいをきいてもらうことにしたんだ。

「わかった、じゃあオオクワくんに野崎さんのこと言っておくよ。」

「ありがとう、もし話がついたら今週の土曜日に会えるように言っておいてくれ。」

そして野崎さんは、大学へともどっていった。














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