第7話遠征の終わり

九州きゅうしゅう大分県おおいたけんにある黒岳くろだけについたぼくは、すっかり親しくなったアサギマダラをかたにのせて歩いていた。

『しかし、こうしているだけでもとても楽だな。羽を休められるのがこれほど気持ちのいいことだとは・・・。』

「ふふ、長い旅をしていたからね。自分で気づかない間につかれがたまっていたんだよ。」

『そうか・・・、よく休まないとだめだな。』

そして歩いていると、ぼくたちがめざす開けた場所に到着した。ここには草だけではなく、いろんな花もさいていたんだ。

『おお、みんながここへ来ているじゃないか。さて、あそこの花のみつをいただくことにしよう。』

アサギマダラはぼくのかたから飛び出して、近くにある花へとまった。

「おお、ここにはたくさんアサギマダラがいるようだ。」

「本当だ、今年旅立ったむれが来ているようですね。」

蝶野さんと野崎さんは、アサギマダラの群れに目がくぎ付けになった。

ぼくはアサギマダラを一匹ずつ捕まえては、会話して情報を得ていた。

そして三十分後、ぼくは全てのアサギマダラと会話して、木かげでゆっくりと休んでいた。

すると一匹のチョウがとんできた、そのチョウは黄色くて羽のふちがギザギザしていて、黒い点の模様がついている。

これはキタテハだ、しかもキタテハはぼくのひざにとまった。

ぼくがキタテハの前に人差し指を出すと、キタテハは人差し指にとまった。

『ふう、やっぱり人から出る水はうまいなあ。しょっぱいけど、それがまたええ。』

どうやらキタテハはぼくのあせを飲みにきたようだ、チョウは水分を補給ほきゅうするために人のあせを吸うことがあるんだ。

「それはどういたしまして、ところでこの山の虫だよね?」

『ああ、そうだよ。この山は静かでいいからな、ほかのチョウもたくさんいるよ。』

「そうなんだ、じゃあアサギマダラは知っている?ほら、あそこにいる。」

ぼくは花にとまっているアサギマダラを指さした、するとキタテハは言った。

『ああ、あいつらね。なんか南へ向かうとかどうとか言っていたよ。でもどうしてわざわざ南へ行こうとするんだ?ここはとても落ちつくし住みやすいから、ずっとここにいればいいのに。』

キタテハはふしぎそうに言った。

「ぼく、アサギマダラに聞いてみたけど、どうやら南へ行くことがアサギマダラの生きる意味みたい。」

『そうなんだ、それじゃあしょうがないよな。さて、のどもうるおったから失礼するよ。』

そう言ってキタテハは飛んでいった。

「昆虫にもいろんな考えがあるんだな。」

ぼくはしみじみと感じていた。

そして日もくれて、ぼくと野崎さんたちは黒岳を下りて、ワゴン車に乗り込んだ。

そして今日泊まる場所へと向かった、そこは蝶野さんの知り合いがやっている民宿みんしゅくだ。

「今日はお世話になります。」

「いえいえ、こんなに来てくれてうれしいですよ。今夜はゆっくりしていってください」

ぼくは野崎さんと一緒に二階の部屋へ入っていった。

「紫乃くん、ここまで遠征しにきたけど楽しいと思っているかい?」

野崎さんがぼくに質問した。

「うん、とても楽しいよ。今日もキタテハとお話ししたんだ!」

「ほう、どんなことを話したんだい?」

ぼくは野崎さんにキタテハとの会話を教えた。

「同じチョウでも考えかたはちがうんだね。」

「うん、ぼくもはじめて知ったよ。これからもっと多くの昆虫と会話したいな。」

「そうか、だけどそんな君にざんねんなお知らせです。明日が遠征最終日です。」

「え!?明日で遠征終わり!?」

「うん、でも明日はぼくと蝶野さんたちにとって特別なところに行く予定なんだ。君にも見せてあげるよ。」

「特別なところってなんだろう?野崎さん、教えてよー!」

「だめだめ、ついてからのお楽しみだよ。」

野崎さんはウキウキした顔で言った。

遠征が明日で終ってしまうのはさみしいけど、特別な場所に対してのワクワクがそれを書きけしてしまった。

ぼくは特別な場所の正体が気になって、その日はなかなか眠れなかった。







翌日の朝、起きたぼくは野崎さんたちと一緒に朝ごはんを食べると、すぐに荷物をまとめて民宿を後にした。

ワゴン車はこれから長崎県ながさきけんに向かって走っていく、大分県からはおよそ三時間で到着するそうだ。

「長崎県といえば、平和公園へいわこうえん島原半島しまばらはんとうに・・・・いや、観光地かんこうちじゃない。だとしたら昔通っていた学校か、みんなで遊んだ公園かな?」

ぼくは野崎さんの特別なところについて思いうかぶことを、自分の頭の中で探していた。

「何してるの柴乃くん?」

「野崎さんたちの言った特別なところについて考えているんだ、こどものころに遊んだところかな?」

「ははは、おもしろいこと考えているね。でも私はこどもころ、長崎県には住んでいないんだ。」

「そうなの!!だとしたら、特別なところって何だろう?」

ぼくは答えがわからなかった。

そして特別なところに到着した、そこは大きな建物で大学にはない独特さが感じられた。

「ねえ、ここはどこ?」

「ここはたびら昆虫自然園、ここが遠征の最終目的地だよ。」

「最終目的地って、どういうこと?特別なところじゃなかったの?」

「いいや、ここが特別なところであり最終目的地なんだ。私たちについていけば、どういうことかすぐにわかる。」

ぼくは野崎さんたちの後に続いて建物の中へと入っていった。

そこにはたくさんの昆虫の標本が展示されていて、日本や世界、甲虫にチョウにトンボなど、いろんな標本がたくさん並んでいた。

「昆虫の標本がたくさんあるね。」

「ああ、私の大学にも昆虫の標本があるけど、これほどたくさんの種類はおいていないよ。」

みんなは昆虫の標本って好きかな?

ぼくは昆虫の標本があまり好きじゃない。

昆虫は生きていてこそ、体の形やいろんな色などのいいところが感じられると思うんだ。標本ひょうほんにされた昆虫こんちゅうはうごかない、これじゃあまるで死んだ昆虫を額縁がくぶちにいれてかざるようなものだ。

だからぼくは昆虫の標本を見ると、生きていた昆虫のことを思い浮かべて暗い気持ちになるんだ。

そして野崎さんはある人と出会って、親しそうに話した。

そして野崎さんはその人にぼくのことをしょうかいした。

「しょうかいするよ、この人は角野我道かどのがどうさん。ここでチョウやガについて研究しているんだ。もちろん、ぼくたちがしているアサギマダラのことも、調べているんだ。」

「はじめまして、角野です。きみが昆虫と会話できる山代柴乃くんだね、きみのことは野崎さんから聞いている、アサギマダラの研究でかつやくしているようだね。」

「はい、ありがとうございます。」

「そんなにかしこまらなくてもいいよ、ここには昆虫に関するありとあらゆるものがあるから、君にとっては楽しいことだらけだよ。今回は特別にここの裏側も見せてあげるよ。さあ、ついておいで。」

ぼくと野崎さんたちは角野さんについていった、そして建物の裏の部屋へと入った。

ここはもちろん関係者以外かんけいしゃいがいは入れない、だけど研究所みたいな部屋になっていた。

「ところでアサギマダラの移動データ、あるよね?」

「はい、こちらに。」

蝶野さんはかばんからメモリーを取り出して、角野さんに渡した。

角野さんはそれをパソコンにさしこんで、パソコンをいじりだした。

ぼくは野崎さんに「何しているの?」と質問した。

「アサギマダラの移動データを見ているんだよ。まだ言っていなかったけど、角野さんもアサギマダラ追跡プロジェクトのメンバーなんだ。」

「ええ!?そうだったの?」

「うん、このプロジェクトは日本全国にいる多くの参加者が協力しあって進めているんだよ。」

ぼくは、そんな大きなプロジェクトに参加していたなんて、夢にも思わなかった。

「うーん、去年とくらべるとコースが南よりになっているね。」

「ええ、しかもむれの大きさも去年とくらべると少し小さいですね。」

野崎さんと蝶野さんと角野さんは、研究記録について話し合っている。

言っていることはとてもむずかしくて、ぼくにはとてもわからない。

ぼくはとても退屈になって、野崎さんにたずねた。

「ねえ、ちょっと外に出てもいい?」

「いいよ、だけど自然園から絶対に出たらダメだよ?」

「うん、約束する。」

「よし、それじゃあ行ってきて」

こうしてぼくは部屋を出て、自然園エリアへと向かった。








たびら昆虫自然園は、昆虫館と四つのエリアからなる自然園がある。

池がある水辺のエリア、いろんな野菜や果物の木や花が植えられている畑のエリア、日当たりのいい草地がある草原のエリア、そしてクヌギの木がたくさんある林のエリア。

それぞれのエリアごとに見られる昆虫がいるから、ぼくはとてもウキウキした。

水辺のエリアをのぞいてみると、アメンボやマツモムシが水面から見えた。

そして畑のエリアにある花壇かだんを見ると、ナミアゲハにクロアゲハ、モンシロチョウにルリタテハにイチモンジセセリと、いろんなチョウが花壇を飛び回っていたんだ。

「どのチョウもきれいだな・・・。」

ぼくがチョウに見とれていると、ぼくの心に虫の知らせが来た。

「なんだろう・・・、この胸騒むなさわぎ?」

そしてぼくが上を見ると、アサギマダラがトリに追いかけられていたんだ。

「大変だ!助けないと、食べられちゃう!」

ぼくはあわててどうしたらいいか考えた。

そして近くにあった小石こいしをひろうと、トリに向かっておもいっきり投げつけた。

小石はトリにわずかに当たらなかったが、投げつけられた小石におどろいたトリは、そのまま飛び去っていった。

「よかった、アサギマダラが食べられなくてすんだ。」

するとそのアサギマダラはぼくのかたにとまった、そしておこった声がぼくの脳内のうないに聞こえた。

『おい!石が飛んできてきたかと思ったら、お前がやったのか!今まで親切にしていたのに、一体どういう心変りだ!』

どうやらアサギマダラは、自分に小石を投げつけてきたと思っているようだ。

「ごめんなさい、君がトリに食べられそうになっていたから、トリに向かって小石を投げたんだ。」

ぼくは深くあやまった。

『まったく、もし私に小石が当たっていたらどうするつもりだったんだ?』

アサギマダラの言うとおりだと思った、小石を投げたのは軽はずみだった。

『でも、おかげで助かった。ありがとな。』

「いいよ・・・、それにしてもどうしてここにいるの?」

『これからいよいよ、命をかけた渡りをしなければならない。そのための腹ごしらえにやってきたのだ。』

「そうか、もうすぐ旅が終るんだね・・。」

ぼくはアサギマダラがどんな旅をしてきたのか想像した。

南に向かって遠い道のりを進み、強い風やおそろしいトリをかいくぐりながら、全力で飛んだ日々。

同じ目的を持った仲間も、力尽ちからつきたり食べられたりして、次々ときえていった。

かなしくて、こわくて、決してしあわせじゃない日々を送って、ついにたどり着いた南の楽園。

そこは一体、どんなところなんだろう・・・?

「ねえ、君は南の楽園ってどんなところだと思う?」

『うーん・・・、そういえばどんなところか考えたこともなかったなあ。おそらく、暖かくて花がたくさんさいていて、住み心地がとてもいい場所だと思うなあ。』

「そうだよね、とてもいいところに決まっているよ。」

『ただ、無事につかないと旅をしてきた意味がなくなってしまう。ここまで来たからには、自分の力と運命うんめいを信じるしかない。』

アサギマダラは決意を強く持っている、どんな結果になっても目的地に行くことをあきらめない。

そんなアサギマダラに、ぼくは心を動かされ自分の気持ちを強くしていった。

もしかして今のぼくなら・・・、学校に行けるようになるかもしれない。

『それじゃあ私はここで失礼するよ、またお前に会えるといいな。』

「ごめん・・・、もうぼくは君に会うことはできないんだ。」

『そうなのか・・・、それはちょっとさみしいな。』

ぼくだってアサギマダラの旅を最後までつきあっていたかったなあ・・・、君ののぞみがかなうところを見たかったなあ・・・。

「うん・・・、でも君にはかんしゃしているよ。君からたくさんのものをもらったからね。前をむくためにひつようなもの、続けていく気持ち、恐怖をのりこえる覚悟、いろんなことを君から学んだ気がするんだ。だから今のぼくは、どんなことでも乗りこえていける気がするんだ。本当にありがとう。」

『私がお前をたすけた記憶きおくはないが・・・、まあお前がそう思うのなら、私が何かしらの役に立てたのだな。』

「うん、ぼくは君に会えなくなっても、君のことは決してわすれないよ!!」

するとアサギマダラが光だして、アサギマダラが光に包まれていった。

『これは・・・、今までにないかんかくだ。全身ぜんしんに力がみちていく気がする。』

「一体、何がおきていたんだろう・・・?」

『ありがとう、私もなんでもできる気がしてきた。これで最後の渡りも成功させてみせるよ。』

「うん、がんばってね!おうえんしているから!!」

そしてアサギマダラはぼくのかたから飛び去っていった。

アサギマダラはどこまでも高く飛んで行き、そして見えなくなった。

ありがとう、アサギマダラ。ぼくはこれから、自分の道を旅していくよ。

































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