第6話海を越えたその先に
伊吹山での調査ではとてもつかれたけど、たくさんアサギマダラを捕獲することができた。
さらにアサギマダラだけではなく、ふだんなら見ることができない昆虫を見つけることができた。
「こんにちわ、ミヤマカミキリさん。ここで生きているのはどう?」
『んー、ここはとても住み心地のいいところさ。ここ以外に住むところなんて、考えられん。』
「そうか、とても気に入っているんだね。お話ししてくれてありがとう。」
さらに伊吹山ではタマムシに出会うことができた。
「タマムシさん、こんにちわ。とてもきれいな羽だね。」
『え?きれいな羽だって?私は大人になったらこの羽になったから、自分の羽がきれいだなんて思ったこともないよ。』
「そうなんだ・・・、てっきり
『そんなことないよ、ここにはいろんな色や模様をした虫たちがたくさんいるから、私だけが
「君の言う通りだね、お話ししてくれてありがとう。」
そしてぼくはタマムシを放した、それを見ていた田代さんはぼくに言った。
「山代くん、さっきから君は何をしているんだ?虫を指に乗せて何か言っているようだけど・・・?」
「はい・・・。実はぼく、昆虫と会話ができるんです。」
「え、昆虫と会話・・・?」
田代さんはおどろいて体が固まった。
「信じられないと思ってもいいですよ、ぼくはこういう人なんですから。」
「あ・・ああ!そういうことね、なーんだ冗談か。もう、おどかさないでよ。」
田代さんは笑いながら言った、本当だと信じていないようだ。
「どうしたんですか、田代さん?」
野崎さんが田代さんに言った。
「いやあそれがですね、紫乃くんが昆虫と会話してるというんですよ。こんなファンタジーな小学生、今時いませんよ。」
「いえ、ファンタジーではありませんよ。彼は本当に昆虫と会話しているのです。」
野崎さんは田代さんに本当のことを言ってくれたが、田代さんは「またまた、そんなことないですよ。」と笑いながら言った。
やっぱり田代さんは冗談だと思っているようだ、ぼくは田代さんに信じてもらおうとしけど、野崎さんに止められてしまった。
「どうして止めるの?田代さんにぼくのこと言おうとしただけなのに?」
野崎さんはやさしく言ったんだ。
「君の昆虫と会話できる
ぼくは野崎さんに言われて気づいた。
ぼくが昆虫と会話したとみんなに言ったから、ぼくのイジメが始まったんだ。最初からだまっていたら、あんな目に遭わずにすんだんだ。
無理に自分の能力を話さなくてもいい、あの時そのことに気づけなかったぼくがバカらしく思えた。
そしてぼくは話題を変えて田代さんに質問した。
「ねえ、どうして田代さんはユーチューバーになったの?」
「それはだな、初めは大学のためだったんだ。私の大学でも入学生が減ってきてね、そこで大学を紹介するためにユーチューブに動画をのせることにしたんだ。そうしたら動画を見た人が、私の大学に入学してくれたんだ。もちろんうれしかったけれど、『動画を撮影してみんなに見てもらう』ということが楽しくなって、そのうち個人でユーチューブのチャンネルを立ち上げて動画を投稿するようになったんだ。それが今の『田代の小さな学校』さ。」
「そうだったんだ、ぼくもみんなにみとめてもらえたら、学校に行く自信がもてるんだけどなあ・・・。」
「でも多くの人に何かをみとめてもらうのは、とても大変なことだよ。やる気があるのは大切だけど、やる気だけではいけない。みとめてもらうには、根気強く続けないとだめだよ。」
野崎さんはそう言ったけど、それがぼくの不安なところだよ・・・。
たとえばなんとかがんばって学校に登校しても、そこでまたクラスメートにいじめられて心が傷ついたら、また不登校になってしまうかもしれない・・・。
だから学校への一歩がなってなかなか出ないんだ。
いいや、そんな後ろ向きなことを考えてはいけない。
ぼくは前を向き始めたんだ、がんばっていくしかない。
ぼくは気持ちをもう一度立て直して前へと歩いていった。
そしてお
次の場所は
「ふぅ・・・、やっとついたよ。」
ぼくは地面におしりをつけてすわりこんだ。
「山代くん、休んでいるヒマはないよ。これから調査をはじめるからね。」
「そうだよ、つかれたなんて言ってられないよ!」
蝶野さんたちはすぐにアサギマダラを捕まえに行った。
ぼくは重い足をなんとか動かして蝶野さんと山代さんの後を追いかけた。
すると蝶野さんがアサギマダラを捕まえたようだ、そして蝶野さんがマーキングをしようとしたとき、蝶野さんの手が止まった。
「どうしたの、蝶野さん?」
「このアサギマダラ・・・、かなり弱っている。」
「え、どれどれ・・・?あー、羽もかなりボロボロになっているし、これはもうすぐ死んでしまうな。」
「え!?本当!!」
ぼくは動きがないアサギマダラを人差し指の上に乗せた、するとぼくの脳内に弱々しい声が聞こえてきた。
『ああ・・・、おれも・・・ここ・・までか・・・。行き・・・たかっ・・・た。南の・・・・・
そしてアサギマダラから声がしなくなり、ぼくの人差し指から落ちた。
「あ・・・、アサギマダラが死んじゃった・・・。」
ぼくはショックだった・・・。
前を向いて目的のため旅に出たのに、その目的をはたせずに死んでしまう・・・。
ぼくはこの世のきびしさがこわくなっていた。
するとぼくのかたから脳内にあのアサギマダラの声が聞こえてきた。
『これが自然のきびしさだ、こいつはおれと一緒に旅に出た一人だが、つい先ほどトリにおそわれてしまい、なんどもこうげきされた。それでもこいつは必死に逃げ続けて逃げきれたが、全てを使いはたしてしまったようだ。」
「生きようとしてがんばったのに、それで死んでしまうなんておかしいよ。」
『そうだな・・・、しかしそれが自然だ。きびしいが生き残ればいいことがある、だから私はそれを信じて生きていくんだ。』
ぼくはアサギマダラの気持ちを軽く考えていたかもしれない・・・。
ただ前向きじゃだめなんだ、なにがなんでもという気持ちがないとだめなんだ・・。
「君は本当にすごいね、どんなことがあってもくじけないで旅を続けるなんて。」
『すごい・・・?私にとっては当たり前のことだが?』
そうだった、昆虫は生き続けることが当たり前だった。
『それじゃあ、私は行くよ。また会えたらいいな。』
「ぼくも同じ気持ちだよ、それじゃあね。」
そしてあのアサギマダラは、ヒラヒラと飛び去って行った。
「山代くん、調査を再開するよ。」
山代さんがぼくを呼んだ。
でも死んだアサギマダラがわすれられなくて、ぼくは山代さんに言った。
「ごめん、このアサギマダラのおはかを作ってもいいかな?」
「いいよ、せめて心をこめてくようしてあげるんだ。」
山代さんは許可を出してくれた。
そしてぼくはアサギマダラを土の中に入れると、再び土をかけて小さな山をつくって、なぐさめの気持ちに手を合わせた。
その後調査を終えたぼくと野崎さんたちは、山代さんと別れて、今夜泊まる宿へと向かっていった。
今回泊まるのは、香川県の時とはちがって完全なビジネスホテル。
カプセルホテルともいわれて、個室が1人しか入れないほどせまいんだ。
「こういうホテルに泊まるの初めてだなあ、でもなんだか落ち着くよ。」
「確かに、自分だけの部屋って落ち着くよな。」
ぼくが野崎さんと話していると、蝶野さんがやってきて明日の予定を説明した。
「明日は
「わかりました。それでぼくたちは、明日から九州に入るということですか?」
「そうだよ、場所は
蝶野さんは自分の部屋へといってしまった。
「黒岳ってもしかして、また山なの?」
ぼくは野崎さんに聞いた、野崎さんはスマホで黒岳について調べた。
「やっぱり
「そーか・・・、でもどんなところか楽しみだな。」
山を登るのは大変だけど、いろんな昆虫に会えるならとても楽しみだ!
ぼくは次の調査に向けて、はやく寝ることにした。
翌朝の午前六時に起きたぼくは、にもつを持ってビジネスホテルを出て、野崎さんのワゴン車に乗り込んだ。
そしてワゴン車はこれから
野崎さんのワゴン車は一台の車を追いかけている、これが蝶野さんの運転する車でほかの人たちも乗っているんだ。
「さあ、国道197号に入ったよ。この先にある国道フェリーに乗れば、もう九州の大分県だ。」
「じゃあ、ぼくたちは海の上を通っていくんだね。」
そしてぼくと野崎さんを乗せたワゴン車は、港でフェリーが来るのを待った。
十分ほどしてフェリーが港に到着し、ぼくと野崎さんはワゴン車ごとフェリーに乗り込んだ。
「うわあ、すごい!本当に海の上を渡っているよ。まるでぼうけんだ!」
「ああ、ぼくも初めてフェリーに乗ったよ。いやあ、海風が気持ちいい。しばらくのんびり休もう。」
ワゴン車はフェリーに停まって海上を進んでいる、ぼくはまるで海に出た冒険者のような気分になった。
ただ残念なのは、車から下りられないことなんだ。フェリーから海の景色を見たかったなあ・・・。
そして三十分後、フェリーは大分県の港に到着した。
「どうやらついたようだ、それじゃあ行くぞ。」
ワゴン車はフェリーから下りて町のなかを走っていく、ぼくたちは九州に来たんだ。
そして港から黒岳をめざして走ること一時間半後、ワゴン車は黒岳に到着した。
「ついたぞ、紫乃くん。」
ぼくはワゴン車から下りた、山を流れる風が心地よくすずしい。
「なんだか、いい山ですね。」
「そうだね、それじゃあ調査を始めよう。」
そしてぼくたちは、黒岳の
原生林の中なのか、今まで見てきた林とはちがう感じがして、ぼくはふしぎな
「
ぼくはそんなことを考えながら林の中を歩いていた。
すると一ぴきのアサギマダラが目の前に飛んできた、ぼくは捕まえようとあみをかまえたが、なんとそのアサギマダラは自分からぼくの指に止まった。
『おう、また会ったな。もう捕まえる必要はないぞ。』
もう聞きなれたアサギマダラの声が聞こえた。
「ああ!君は無事に海を渡ることができたんだね、本当に良かった・・・。」
ぼくは自分の友達が無事だったかのようによろこんだ。
『ふぅ、それにしても本当に大変だったよ。ここに来るまでに風が強くて落ちそうになりかけたことがあった、だけどなんとか羽を強く動かしてなんとかここまで渡りきることができたよ。』
「本当にすごい・・・、もうそれしか言えないよ。」
『ほめるのはよしてくれ、まだまだ南にはついていないんだ。これからもっときびしい旅が続くんだ。』
「そうだね・・・、でも君なら越えて行けるよ。君の力をぼくは知っているから。」
『そうだな、でも今は旅にむけてきゅうけいするとしよう。しばしとまる場所がほしいな。』
「それじゃあ、ぼくのかたにとまってもいいよ。」
『かた・・・?それはどこにあるんだ?』
「ここだよ、ここ」
『それじゃあ、失礼する。」
そしてアサギマダラはぼくのかたにとまった、野崎さんがそれに気がついた。
「あれ?山代くん、アサギマダラがとまっているよ。」
「ああ、これは以前知り合ったアサギマダラだよ。マーキングの記録もあるし。」
野崎さんはアサギマダラの羽を見た、そしてマーキングに気がついた。
「あ、本当だ。これ山代くんが見つけたアサギマダラじゃないか、ここまで来てめぐり合うなんて、ふしぎなこともあるんだね。」
野崎さんはしみじみと言いながら記録をとっていた。
「山代くん、アサギマダラを捕まえたら報告しないとダメじゃないですか。」
蝶野さんがおこりながら言った。
「ごめんなさい・・・。」
「大丈夫です、私が記録しておきました。」
野崎さんが言った。
「それならいいわ、それよりもこの先に開けた平地があるから、そこへむかいましょう。」
「ねえねえ、そこにお花ってあるかな?」
「あると思うよ。」
「よし、それじゃあぼくと一緒に行こう。」
ぼくはかたにとまっているアサギマダラに言った、アサギマダラは『わかった』
と言って、ぼくのかたの上で羽をのばした。
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