第4話飛び出す時

サービスエリアで夜ご飯を食べたぼくと野崎さんは、それからワゴン車で大学へと到着とうちゃくした。

そして大学から歩いて二十分のところに、野崎さんの住んでいる三階建さんかいだてアパートがあった。

「ここがぼくの住んでいるアパートだ、部屋は二階にかいにある。」

ぼくと野崎さんはアパートのエレベーターに乗って二階へ上がり、『207』と書かれた表札のある部屋へと入っていった。

野崎さんの部屋はキッチンとお風呂とトイレがあり、それ以外に部屋は一つしかなかった。

その部屋には本棚ほんだながあって、昆虫こんちゅうに関係のある本や昆虫こんちゅうのフィギュアなどいろんなものが置かれていた。

その本棚ほんだなは、ぼくにとって宝箱に見えたんだ。

「うわあ、いろんなものがあるね。このフィギュア、さわってもいいかな?」

「それはダメだよ、そのオオカマキリの原寸大げんすいだいフィギュアは、ぼくが去年くじ引きで当てた一等賞いっとうしょうの品だから!」

野崎さんはあわてた声で言った、ぼくもあわててあやまった。

「じゃあ、この図鑑ずかんは読んでもいい?」

「いいよ、それは。とにかくフィギュアにさわるのだけはやめてくれ。」

ぼくは本棚から図鑑ずかんを出して読んだ、ぼくの家にある図鑑ずかんよりも多くの種類しゅるい昆虫こんちゅうについて書かれていた。

野崎さんは昆虫のフィギュアを集めていて、とても大切にかざっているんだ。

そしてぼくはおふろに入って、それから野崎さんのベッドで寝ることにした。

野崎さんは自分のふとんを用意して寝ることになった。

「野崎さん、ベッドを貸していただきありがとうございます。」

「いいよ、むかしからふとんで寝ていたからなれているよ。」

「それにしてもこの部屋、昆虫こんちゅうだらけですね。」

「あははは、そうだね。ぼくも君と同じ年のころは、夏になると外に出て近くのいろんなところへ昆虫をさがしに行ったよ。」

子どものころの野崎さんは、不登校になる前のぼくと似ていた。

するとぼくは本棚の左がわにかざってある、チョウの標本ひょうほんが目にとまった。

「ねえ、この標本はなに?」

「ああ、それはぼくが小四の時に手作りした標本なんだ。」

「え!?手作りしたの?」

「うん、標本を作るキットを使って自分で捕まえたチョウを標本にしたんだ。作るの本当に大変だったなあ・・・。」

野崎さんはなつかしそうに言った。

「ねえ、ぼくにも標本作れるかな?」

「やってみたい?でもかなりこまかくて根気こんきのいる作業だよ、それでもやってみたい?」

野崎さんはぼくに言った、ぼくは迷ったけどやると決めたんだ。

「やるよ、どんな作業でもやって見せる。」

「おお!気合い十分だね、それじゃあまた次に来てもらう時に教えてあげるよ。」

「本当!ありがとう、野崎さん。」

「さあ、もうこんな時間だ。よう」

そしてぼくと野崎さんは、朝までねむった。








そしてあさがきた、ぼくは野崎さんと朝ごはんを食べると、ワゴン車にのりこんだ。

野崎さんは大学へ行く前に、ぼくを家に送ってくれた。

家に入ると、母さんから勝手にいなくなったことについてひどくおこられた。

もうわけない、わたし監督不行かんとくふゆとどきだ。」

「いえいえ、こちらこそ家の息子がバカなことをして、本当にごめんなさい。」

野崎さんと母さんはたがいに頭を下げた、そして野崎さんは大学へと向かった。

「それにしても、今まで家に引きこもりだったのに、どうして遠くに行く気になったのかしら?」

母さんはぼくにぎもんをもった。

でも母さんには、絶対に答えがわからないだろう。

それからぼくは二階の自分の部屋へ入っていった。

そして数時間後、二階の自分の部屋のドアを母さんがノックした。

「なんだよ、のんびりしていたのに〜?」

ぼくがドアを開けると目の前にいる母さんが言った。

「今、飛鷹とびたか先生がきたから、あんたも来なさい。」

ぼくはその名前を聞いて、とてもイヤな気分になった。

飛鷹先生は今年度の担任で、不登校であるぼくのことが気に入らないようだ。

「なぜ当たり前なことができないんだ!」

これが飛鷹先生の決まり文句だ。

ぼくは暗い気分で一階に下りていった、げんかんで飛鷹先生はうでを組んで仁王立におうだちしてた。

「山代・・・、お前とうとう一学期には、一度も学校に来なかったな。」

体格が大きく低い声でぼくをしかる飛鷹先生は鬼のようだった。

「どうしていつまでもむかしを引きずるんだ?もう気持ちを立て直してもいいころだろ?なあ、どうしてお前は学校に来ないんだ?」

飛鷹先生は顔を近づけながら、タカのようなするどい目でぼくをにらむ。 ぼくはこわくて声がでなかった。

「まあ、いい。今日来たのはもうすぐ夏休みがやってくるということを伝えにきただけだ。」

「え・・・?夏休みがもうすぐくるの?」

「お前にはこれを渡しておこう。」

飛鷹先生はぼくに「夏休みのすごしかた」と書かれたプリントと夏休みの宿題を渡した。

「夏休みが終わるまでに、宿題は終わらせておけよ。まったく、手間かけさせやがって・・・。」

「本当にごめんなさい、飛鷹先生。」

「まあ、不登校はお子さんの心の問題ですからね、母親があやまることはないですよ。それではこれで失礼する、山代、お前二学期こそは学校に来いよ。」

飛鷹先生はそう言い残して去っていった。

「柴乃、飛鷹先生の言う通りよ。いいかげん学校に行かないと、後ではずかしい目にうわ。いつまでも家にいないで、学校に行きなさい!!」

母さんはぼくに強く言った。

ぼくだって、本当は学校に行きたい。だけど学校に行こうとすると、あのころのことが頭の中でよみがえって、学校に行くのがこわくなってしまうんだ・・・。






ぼくが学校の池に落ちた日の翌日から、ぼくは『昆虫と会話している気持ち悪いヤツ』とまわりから認定にんていされてしまった。

教室に入るとヒソヒソとみんなに悪口を言われて、ふざけたみんなから新聞紙で作られたぼうや定規じょうぎでたたかれたり、だれかの落としたえんぴつや消しゴムをひろって渡そうとすると「虫がひろったものなんてさわれない~」と言われたこともあったが、一番ひどかったのはみんながぼくを無視することだった。

ドッジボールをすればみんなから真っ先にボールを当てられ、体育のバスケットボールの試合では一度もパスを回してもらえなかったりした。

とにかくみんなはぼくを「いない人」にしようとしている。

「ぼくって、みんなと一緒にいてはいけないのかな・・・?」

ぼくはそう思いはじめた。

ぼくは昆虫と会話できる・・・、そしてそれができるのはぼくだけ・・・、つまりみんなは昆虫と会話しているぼくが気持ち悪く見えているんだ・・・。

そしてぼくの一人ぼっちの学校生活が始まった。

とある授業中じゅぎょうちゅうで、はんごとにわかれてやる課題では、ぼくが意見を言ってもだれも聞いてくれない。

そしてどうしたらいいかわからずに泣き出し、先生から自習しているように言われ、一人ぼっち。

体育の授業中にみんなでスポーツのチーム戦をするとき、だれかが『どっちがヘンタイをチームに入れるか、ジャンケンしようぜ』と言って、ジャンケンに負けたチームからすごくイヤな目で見られる。

それにたえられずに気持ち悪くなってはいてしまい、チームからぬけて一人ぼっち。

ぼくは学校では、本当に居場所がなかった。

そしてぼくの心がすり減っていくのを、毎日感じていた。

そしてぼくの引きこもりを決定させた、あの出来事が起きた。

十月の運動会の日、ぼくはクラス競技で借り物競争に出場することになった。

ぼくは運動会で「いいとこ見せてやる」という気持ちでがんばっていた。

借り物競争で取るカードは決まっていて、ぼくは4ばんのカードを取ると決まっていた。

そして借り物競争が始まり走り出したぼくは、机の上に置かれた4ばんのカードを取った。

ぼくの借りるものを見て、ぼくは固まった。

『お母さんのパンツ』

そんな・・・、ウソだろ?

お母さんはこの日、運動会を見に来ていたけど、借り物競争だからって「パンツを貸してください。」なんて、お母さんに言えるわけがない。

ぼくはどうしたらいいのかわからなくなり、大泣きしてしまった。

「ギャハハハ!泣いてやんの!」

「泣き虫はずっと泣いてろ!!」

「はい、借り物競争ビリ決定〜」

悪口が聞こえたが、大泣きしていてそれどころではないよ。

「山代、どうした?」

波田間先生がかけつけてきた。

「ねえ、これどうしたら借りられる?」

ぼくは波田間先生にカードを渡した、波田間先生はカードを受けとると、どうしたらいいかわからず首をひねった。










運動会が終わったあと、ぼくがとったあのカードはイタズラでおかれたものだということがわかった。

犯人はんにんはぼくを池に落としたあの四人、ぼくを笑い者にするためにカードをこっそり入れかえていたようだ。

波田間先生は「悪質あくしつすぎる、イタズラにしてはひどすぎるぞ!!」と四人をはげしくしかった、でもぼくは四人がしかられてほっとした気分にはなれなかった。

イタズラされたとはいえ、ぼくはみんなの前で大泣きというはずかしいことをした。

ぼくはもうみんなに会わせる顔がなかった、これからみんなにバカにされ、あざ笑われ、一人ですごす絶望の学校生活がはじまるんだ・・・。

そう思ったら最後、ぼくは学校がこわくなっていた。

そしてぼくは学校に行かなくなってしまったんだ。

それから月日はながれて、卒業式が近づいてきた日、波田間先生がぼくの家にやってきた。

「やあ、山代くん。もうすぐ進級だね、小学五年こそは、学校にかよえるようになったらいいな。それと私は、他の学校へ行くことが決まったんだ。つまりもう君には会えなくなってしまうんだ。だから最後にわかれのあいさつに来たんだ。山代くん、無理に行くことはないけどいつかは外の世界へときが来る。だからその気になるまで、決して死んではいけないよ。それじゃあまたどこかで、会えたらいいな。」

そして波田間先生は家から去って行き、それきり波田間先生に会うことはなかった。










それから二日後、野崎さんが家にやってきた。

「野崎さん、今日はどうしたの?」

「実はアサギマダラを追跡するために長期的ちょうきてき遠征えんせいに行くことになったんだ。君も遠征について行くかい?」

「遠征ってなに?」

「まあ、遠くにでかけるということかな。アサギマダラと会話する役目は変わらないけど、旅行気分が楽しめるよ。行ってみないか?」

遠征・・・その言葉を聞いたぼくはとてもわくわくした、でも同時に不安になったんだ。

遠くに行くって、やっぱりこわい。

学校にすら行けないぼくに、学校よりもすごく遠くに行く気になれるのかな・・・?

「野崎、遠征ってどれくらいやるの?」

母さんが野崎さんに質問した。

「二週間から三週間、長くなることもあるので、一ヶ月くらいになりますね。」

「一ヶ月ですか・・・、学校はこれから夏休みに入るから大丈夫だけど、一ヶ月も息子を預かるのはちょっと不安ね・・・。」

母さんは難しい顔をした。

「まあ、気持ちはわかります。でもプロジェクトのために、どうしても紫乃くんの力が必要なんです。どうかお願いします!」

野崎さんは土下座して母さんにお願いした。

「野崎・・・、あなたとても研究熱心ね。それは感心するけど、どうしてそこまでアサギマダラ追跡プロジェクトにこだわっているのか教えて。」

母さんは野崎さんにたずねた。

野崎さんはせきばらいをすると言った。

「実はこれは大学の総力をあげた、重要なプロジェクトなんだ。もし上手くいかなかったら大学がなくなってしまう。」

ぼくと母さんはぽかんとした顔になった。

「大学がなくなるって、どういうこと?」

母さんが野崎さんに聞いた。

「実はぼくたちの大学は年々入学生ねんねんにゅうがくせいが減っていて、このままだと存続そんぞくができないほどまずい状況じょうきょうなんだ。だからこそアサギマダラ追跡ついせきプロジェクトを成功させて、入学生にゅうがくせいを少しでも増やしたいんだ。」

野崎さんは強い気持ちで言った。

「まさか・・・、そんなことになっていたなんて。」

母さんは目を大きく開いておどろいている。

「紫乃くん、今までだまっていてごめんなさい。そしてこれからも、どうか力を貸してください!」

野崎さんは再び土下座どげざをした。

ぼくは野崎さんの決意に心を動かされていた。

「野崎さん・・・、ぼく遠征えんせいに行きます。」

「柴乃!あんた、本気なのかい?」

母さんがおどろいた顔で言った。

「うん、野崎さんとプロジェクトをしていて思ったんだ。ぼくは前に進むことができる、でもそれなのに学校に行けていない。このままじゃあいけない・・・、ぼくに飛び出す時がやってきたんだ!!」

「飛び出す時・・・?」

「はい、波田間先生が言っていたんです。いつかぼくにもときがくるんだって。今がその時なんだ!だから遠征えんせいに行かせてください!!」

ぼくは母さんにお願いした。

「・・・まあ、柴乃がそこまで言うならいいわよ。でも、野崎たちの言うことを聞いて、安全第一あんぜんだいいちでね。」

「本当にいいの?やったー!!」

ぼくはがってよろこんだ。

ぼくにもついにときが来たんだ!!




















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