機会


「見て、一ノ瀬さん、学校来てるよ」

「うわ、まじじゃん。あの顔でよく来れたね…」

私を蔑む声が、隠す気もない声が、あちこちから聞こえてくる。

あなた達には分からないんだろう。

メイクの素晴らしさが。

自分の顔が自分の顔で無くなっていく快感が。


刺し殺すような視線をすり抜けて、教室の扉の前までたどり着いた。

扉を開ける恐怖心と、早く開けたい好奇心が混じって心音が脳みそに響く。

思い切って扉を開けると、幸か不幸か、目の前に彼がいた。

「……あぁ、一ノ瀬さん。おはよう。」

初めて、挨拶された。

おはようと、初めて言われた。

嬉しかった。

私もおはようと返さなきゃ、喋りたい、もっと話したい。

「ぉは」

「おい川西〜、まだかよ〜。」

廊下から野球部らしき学生が彼を呼んでいる。

彼がよく一緒に絡んでいる友達だ。

確か江口とかいう名前だった。

「あぁ、ごめんごめん。あ、じゃ、一ノ瀬さん、またね」

「…」

手を振る暇もなく、彼は江口達に駆け寄って言った。


あと、もう少しだったのに。

せっかく話しかけて貰えたのに。

せっかく登校したのに。

アイツらが名前さえ呼んでいなければ、きっと挨拶し返せていたのに。


私はそのまま何も持たずに学校を飛び出した。










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メイク @nana_to

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