第24話 奇跡の業

上段から振り下ろされる長剣の一撃を、ニコは高く構えた剣の腹で滑らせるようにしていなした。魔力を纏ったロリカの大剣が、石造りの床をバターのように斬り裂く。本来なら、埋まった剣を引き抜く為に大きな隙が生じるはずだった。

 ロリカはあっさり剣を手放し、同じような長剣を左手から生やしてニコの横薙ぎを受け止める。地面に刺さった剣はどろどろに溶けたかと思うと、無数の槍になってがら空きになったニコの胴を狙った。

 直後、フレッチャーの放った爆炎弾が槍を吹き飛ばした。複雑に制御された爆発は二つの指向性を持ち、魔力を纏って強化された槍を吹き飛ばす一方で、ニコを突き飛ばすように押し出して距離を稼がせる。

 後方に吹っ飛びながら、ニコは魔力を込めて剣を突きだした。

「長槍!」

 爆炎を斬り裂いて魔力の槍がロリカの胴体を狙う。避けられるタイミングではなかったはずだが、ロリカはものすごい勢いで地面すれすれまで仰け反って躱した。完全に重力を無視した挙動である。ロリカは金属操作の術で制御した甲冑を外骨格や筋肉のように使い、生身の人間には出来ない動きを実現させていた。

 そこに、フレッチャーの追撃が突き刺される。無数の火の玉がロリカを囲み、連鎖爆破を引き起こす。

「やった!?」

「なわけねぇだろ!」

 叫ぶと、フレッチャーは双剣を交差させた。超密度の魔力が収束し、刀身が太陽のように輝く。複雑な構成が絵画のように広がると、フレッチャーは唱えた。

「火竜葬(クレマトリウム)!」

 赤黒い火の玉が爆炎の中に飛び込むと、逆さにした椀に閉じ込めた様に半球状の空間の中で爆発と炎が渦巻く。

「溶岩の中を泳ぐマントルワームだって焼け死ぬ超高温の溶鉱炉だ。この中じゃ、鋼鉄だって水みたいに溶ける。ここまでやりゃ流石に死ぬだろ!」

 その分魔力の消費も激しいのだろう。出血もあって、フレッチャーはふらつき、肌は土気色に変わっている。

 そうなる事をニコも願った。

 わけもわからず襲われ、圧倒的な強さと人間離れした挙動を見せられた。ニコにはロリカが不死身のバケモンのように思えてしまう。

 フレッチャーも似たような心地なのだろう。

 二人して、不安そうな表情で燃え続ける半球を見守る。

 ふと、ニコは眩暈を感じたような気がした。こちらも血を多く流している。手加減なしの戦闘は、魔力量の多いニコでも負担は大きい。……本当にそうだろうか? むしろこれは、地面が揺れているような……。

「まだだフレッチャー!? あいつは地面に――」

 遅かった。足元から突きだした槍がフレッチャーの足の甲を貫く。

「がああああ!?」

 遅れて、フレッチャーの背後で床が砕けた。螺旋形のドリルのような筒が生えるように伸びだし、甲冑へと姿を変える。

「大した威力だけど、当たらなくっちゃ意味はないわね」

「この……アマァ!」

 足を縫い付けられたまま、フレッチャーは身を捩って白熱した短剣を振りかぶる。

 ロリカは難なくフレッチャーの手首を掴み、リンゴのように握りつぶした。

「があああああああ!?」

 たまらず、フレッチャーは膝を着いた。

「フレッチャー!?」

「面白かったけど、こんな事をさせる為にこいつらを生かしてるわけじゃないのよ?」

 こちらを向いてロリカが言う。

「うわあああああああああ!」

 ニコは駆けだしていた。疲労は消え、痛みは感じない。内側からは、溢れんばかりの魔力が湧きだしている。

 漲る魔力で肉体を強化し、超高速で剣を振る。ロリカは左手に剣を生やし、二刀流で応戦するが、ニコの速度には追い付けない。一振りで両手の剣を跳ね上げると、左胸に向かって剣を突きだす。今度こそ仕留めた! そう思った瞬間、脇腹から生えた三本目の腕がニコを殴り飛ばした。

「そう、それが見たかったの。勇者ロッドがその身に宿した、勇気を魔力に変える力。でも足りないわ。全然ダメ。勇者ロッドの伝説が本当なら、まだまだそんなものじゃないはずよ」

「……なんなんだよお前は! こんな事をして、なにがしたいんだよ!」

 いい加減腹が立ってニコは叫んだ。

「馬鹿ね。いい加減気づきなさいよ。こいつらを生かしてる理由なんて一つしかないじゃない。痛めつけて、あなたを怒らせる為よ。勇気を魔力に変える力なんて言われてるけど、強い想いならなんでもいいの。怒りでも、哀しみでもね。怒らせるのが手っ取り早いからそうしてるだけ。あぁ、可哀想なフレッチャー。テレーゼに、名前を知らないその他大勢の罪のない人達。あなたの力が足りないから、余計に苦しむ事になるわ」

 ロリカの鎧から無数の鎖が伸びだし、フレッチャーの四肢を貫いた。

「よせ!」

 鎖が伸び、フレッチャーの友人を治療していたテレーゼを貫く。

「やめろ!」

 鎖が伸びる。

 十も、二十も。

 次々伸びて、床に倒れたフレッチャーの友人を貫いていく。

「ほらほら? 早くあたしを殺さないと、全員――」

 ニコが剣を振った。膨大な魔力を帯びて、ニコは魔力そのものになったかのように輝いていた。ただそれだけだ。魔力の刃を伸ばしたわけでもない。それなのに、ロリカの首は胴体から離れて落ちた。

 過負荷に耐え切れず、ニコの剣が塵のように崩れる。身体の負担も大きかった。ただ一振りに、並みの魔術士の一生分以上の魔力が込められていた。

 力尽きて座り込む。

「……死ねよ、馬鹿ぁ!」

 ロリカの死体にニコは叫んだ。

 お前なんか、死んだ方がいい。

 心は一ミリも痛まなかった。

 後には、胸糞の悪い凄惨さだけが残った。

 誰も彼もが半死人だ。

 助けないと。

 まずはテレーゼだ。医術士の彼女なら、どうにか出来るはずだ。それとも、外に助けを呼びに行った方がいいだろうか?

 頭は動くが、身体はぴくりとも動かなかった。

 動けよ馬鹿! 勇者の子孫だろ!

 気絶しそうになりながら、意志の力だけで意識を保つ。

「素晴らしい!」

 拍手の音が響いた。

「一瞬ではあったけど、確かに君は神の領域に足を踏み入れた。可能性を操る魔術という力の極地、過程や現象を無視して願いを叶える奇跡の業だ」

「……クリュスカ先生?」

 人の良さそうな犯罪学の教師がそこにはいた。死屍累々の状況を気にも留めず、楽し気な笑みを浮かべてニコを眺めている。

「種明かしをしよう。僕が黒幕だ」

 クリュスカが指を鳴らした。

 途端に、首を落されたロリカの身体が立ち上がる。足元に落ちた兜を掴むと、何事もなかったかのように首に乗せた。

「驚いて声も出ないかな? 首を斬り落としたのに生きてるなんてありえない? はっはっは。経験が浅いね。必ずしもそうとは限らない。まぁ。この場合はそういう問題じゃないけれど。オープンセサミ」

 もう一度指を鳴らす。甲冑の前面が扉のように開いた。中には、小柄な少女の人骨が収まっている。

「そういうわけさ。ロリカ君はとっくに死んでるんだ。というか、僕が殺したんだけどね。お気に入りの生徒だったけど、少しばかり頭が良すぎた。僕の正体に気づいてしまってね。仕方なくさ。とはいえ、彼女程の才能を無駄死にさせるのは忍びない。僕は死霊術を得意としていてね。手間をかけて半自立型のスケルトンになって貰った。ロリカ君は小柄な事を気にして、普段から鎧を着こんで生活していたから、怪しむ者は誰もいなかったよ」

 鎧が閉じる。

「そういう事。びっくりした? あははははは! 生きてるみたいに見えるけど、生前の人格を模倣してるだけなの。高度な自動人形みたいなものよ。人間を基にすると、こんなに生き生きとしたものが作れるの」

「ちなみに、人間を素材に自動人形を作る事は同盟法で禁じられている。それを言うなら死霊術もそうなんだけど。これは法律の授業で習う事だね」

 ニコは立ち上がった。胸の奥からは、まだ魔力が湧いている。

「やめておいたほうがいい。魔力は無限でも、所詮は人の身体だ。初めての神化で負荷もすごかったろう? 君はもう戦えない。そうでなきゃ、僕だってのこのこ出てきたりはしないからね。とは言え、未熟でもロッドの子孫だ。用心はしておこう」

 クリュスカが指を鳴らす。

「はい、ご主人様♪」

 ロリカが手を伸ばすと、二本の鎖が伸びだしてニコの膝を貫いた。

 たまらず、その場に倒れ込む。

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