第22話 理不尽
「……ぇ?」
自分の口から零れた呟きが、アルマには酷く遠く、他人事のように響いた。
「い、いでぇよ……いでぇよ……」
「が、ぁが……かはっ……」
あちこちで、不良少年達が呻いている。何の前触れもなく、見えない何かに殴られたみたいに勢いよく倒れたのだ。落ち着いてみると、彼らの身体には銀色の鎖のような物が繋がっていて、それらは天井の一点に向かって伸びている。
「なにが……どうなってるんですか……」
苦しそうなテレーゼの声に振り返る。
「テレーゼ!?」
痛ましい光景にアルマは悲鳴をあげた。
白銀の鎖がテレーゼの脇腹を貫通し、地面に突き刺さっていた。
自分が襲われなかったので、アルマは鎖が不良少年を狙ったものだと決めつけていた。
そうではない。
ハッとして振り返る。
「ニコ君!?」
ニコの身体にも鎖が繋がっていた。左肩を貫通して、地面と繋がっている。
「ロリカさん……なんでこんな事をするだよ!?」
痛みに歯を食いしばりながら、鎖の先の見上げてニコが叫んだ。
一瞬、アルマにはニコがなにを言っているのか分からなかった。
ロリカ? 風紀部の? あの、頼もしい先輩が? そんな筈は……。
天井を見上げる。そこには、居た。天井の梁に鎖を突き刺し、マリオネットのようにぶら下がる銀色の甲冑が。鎖は鎧から生えるように伸びており、その内の幾つかはテレーゼやフレッチャー、不良少年達を突き刺している。
「どうしてかしら? あたしはあなた達の味方の筈なのに。不思議よね? でも、教えてあげない。先生じゃないから、そんな事を聞かれても教えてやる義理なんかないのよ? あはははは、あははははははははははは!」
甲冑が笑った。狂ったように。ように? 狂っているのだ。こんな事するなんて。そうとしか思えない。
悪夢のような光景に茫然とする。いっそ、夢であって欲しいと願う。
「剣……強化!」
呟くと、ニコは魔力を纏わせた剣で肩を貫く鎖を斬り裂いた。
「う、ぐぅっ……」
痛みに顔を歪めながら、傍らに倒れるフレッチャーの方へと歩いていく。左肩にはまだ、地面と繋がった鎖が残っていた。何歩か歩くと、鎖がぴんと張り、血を撒き散らしながら肩の傷口から抜け落ちる。
フレッチャーの腹を貫く鎖を断ち切ると、ニコは跪き、痛みに喘ぐ赤毛の少年に言った。
「起きてよフレッチャー! この人達は友達なんだろ!? 僕達が守らないと!」
◆◆◆◆◆
フレッチャーは耳を疑った。
どてっ腹に鎖が突き刺さって、穴の開いた水樽みたいに血が出ているのに、こいつは何を言ってるんだ? お前だって、肩の風穴から血が噴出してんだぞ!?
一方で、認める。ニコの言う通りだ。あの女がなにをとち狂ったのか知らないが、このままでは全員殺される。泣こうが叫ぼうが、不良のたまり場になっている廃工場を気にするような人間はいない。
倒れたまま、首だけで辺りを見渡す。大事な仲間達が、真っ赤な水溜りの上で苦しんでいた。戦闘術士という圧倒的な力を前に、恐怖し、震え、絶望している。クソッタレ……俺のダチなんだぞ! 助けなきゃ、誰一人、死なせやしねぇ!
燃えるような怒りに焦がれても、腹の激痛が消える事はなかった。それでも、受け入れる覚悟は出来た。
後ろ手に、背中から突き出た鎖を掴む。
「……んな事は、てめぇに言われなくても、わかってんだよぉおおおおおお――」
叫びならが、力任せに引き抜く。内蔵を火鉢でかき回されるような痛みに、危うくフレッチャーは気を失いそうになった。
「――いってぇええええ! ど畜生が!?」
吐き捨てる。この傷は致命傷だろうか? そうかもしれないし、そうでないかもしれない。こんな大怪我は初めてだ。死を意識した瞬間、うすら寒い恐怖を感じ、フレッチャーは意識を逸らした。どのみち、戦わなければ全員死ぬ。だったら、なにを怖がる必要がある! 鎖を引き抜いた事で出血は余計に酷くなっていた。止血をしなければ戦うどころではない。覚悟を決めると、フレッチャーは短剣を腹の傷口に突き刺した。
「ぐっ、くぅ、ぁあああああああ!?」
文字通り、身を焼かれる痛みに歯を食いしばる。燃える短剣の刃で傷口を焼き、無理やりに止血したのである。
「わーお。無茶するねぇ」
痛みに顔を引きつらせながらも、ニコは呆れた笑みを浮かべた。
「それ、僕にもやってよ」
穴の開いた左肩を指さして言う。
「……めちゃくちゃ痛ぇからな」
ニコの傷口に短剣を突っ込み、同じように焼いた。
「ぃいいいいああああはははははは」
痛みに仰け反りながら、ニコは狂ったように笑う。
「なんで笑えるんだよ……」
短剣を引き抜くと、ゾッとしてフレッチャーは言った。
「ただの強がり」
ボロ雑巾の笑みで言うと、ニコは左肩を回そうとする。ろくに動かせない事を確認すると、諦めるように肩をすくめた。
「やっぱりダメか。フレッチャー、ロリカさんって強い?」
「……あの女は風紀部のエースでランキング十位のバケモンだ」
アカデミーの問題児達を腕っぷしで押さえつける風紀部の主戦力である。強くないわけがない。
「そっか。じゃあ、殺す気でかからないとね」
お互いに確認するような口調だった。
殺さないように加減をすれば、本来の戦闘力の半分も出せはしない。戦闘術の授業では最初に、格上の相手や殺意を持った相手には、殺す気で向き合えと教わった。頭では理解出来る。だが、フレッチャーはまだ、自らの手で人を殺めた事はなかった。
「……分かってる。やらなきゃやられるんだ」
言い聞かせるように、フレッチャーは言った。
甲冑から鎖を切り離し、ロリカが派手な着地を決める。
仲間達に突き刺さった鎖はそのままで、天井から伸びる太い鎖にまとめて繋がっていた。
「良い目だわ。絶望的な状況でも希望を信じて抗おうとする強い意志の光がある。虫の足を一本一本もぎ取るように、ゆっくり壊してあげる。希望は絶望に変わり、後には恐怖しか残らない。あなた達みたいな強い子の心を折るのはなによりの楽しみだわ」
うっとりして言うと、ロリカは左手のガントレットから巨大な長剣を引き抜き、肩に構えた。
「イカレ女が……」
フレッチャーが双剣を構える。
「僕が前に出るから、フレッチャーはいい感じに援護して。身体強化!」
ロリカの言葉など聞くに値しないという風にニコが飛び出す。
「なっ、ニコ!? いい感じってなんだよ!?」
フレッチャーが叫ぶ。この傷では、激しい動きを要求される近接戦は行えない。それを見透かして援護を頼んだのだろう。悔しいが、正しい判断だった。
「剣強化!」
矢のように突っ込むと、ニコは豆粒のような身体で巨大な甲冑と打ち合い出した。
「……流れ弾に当たってもしらねぇからな!?」
破れかぶれの気持ちでフレッチャーが火球を放つ。
言葉とは裏腹に、フレッチャーは細心の注意を払って軌道を制御した。
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