第21話 負けられない戦い

 レッドクラウンの報復がもう来たのだろうか?

「どうした!」

 アジトから出ると、フレッチャーは二階の通路から身を乗り出して一階を見下ろした。一階は吹き抜けで、機械類は鉄クズ屋に売り飛ばされてがらんとしている。

 入り口では、見覚えのあるマヌケ顔が仲間達と押し問答をやっていた。

「あー! フレッチャーだ! 嘘つき! やっぱりいるじゃんか!」

 こちらを指さしてニコが叫ぶ。両隣には魔王女と取り巻きの医術士もいた。

「こいつら、いきなりやってきて兄貴を出せって、兄貴の知り合いっすか?」

「知り合いっつーかなんつーか……」

 わけがわからず、フレッチャーは頭を抱えた。もう二度と見る事はないと思っていた顔である。フレッチャーにとっては、悪夢のような光景だ。

「なんなんだてめぇは……なにしに来やがった……てか、どうしてここがわかったんだ!」

 楽しい気分に水を差され、イラつきながらフレッチャーが尋ねる。

「やー、話せば長くなるんだけどさ。色々あって僕達風紀部に入る事になって。犯罪学のクリュスカ先生って知ってる? あの人が相談役なんだけど、フレッチャーがいなくなっちゃったって心配してて。街で悪い人達に騙されてるかもしれないから連れ戻して来てってお願いされたんだよね」

 犯罪学のクリュスカ……いけ好かないインテリ教師だ。地元でどれだけ強かったか知らないが、その程度の実力の人間はアカデミーにはごろごろいるとか言ってきた。お陰でその日はイライラしていて、下らない喧嘩を買ってしまった。

「悪い人たちね……」

 隣のディルが苦く笑った。それを見て、フレッチャーは激しい怒りに襲われた。

「余計なお世話だ! 俺は自分の意志でここにいる! クソッタレのアカデミーに用なんかねぇ! 帰ったらクリュスカにそう伝えとけ!」

「フレッチャー、短気を起こすな。戻れるのなら、お前はアカデミーに戻った方がいい」

「だとしても、いつ戻るかは俺が決める。少なくとも、今じゃない事だけは確かだ」

 フレッチャーはディルと見つめ合い、言葉に出来ない思いを伝えあった。

「そういうわけにはいかないから! 嫌だって言うなら、力づくで連れて帰るよ!」

「……お客さんはああ言ってるけど?」

 あいつらはお前の友達なんじゃないのか? そんな目をしてディルが言う。ディルの誤解を、フレッチャーは鼻で笑った。

「あいつらは、俺がアカデミーにいられなくなった理由を作った張本人だ。そして今度は、やっと見つけた居場所すら俺から奪おうとしやがる……そうはさせるか。今度こそぶちのめして、追い返してやるよ!」

 鼻息を荒げると、フレッチャーは手摺を飛び越えて一階へと降り立った。

「来いよニコ。あの時は油断したが、二度目はねぇ!」

 収納腕輪から双剣を取り出し、炎の刃を伸ばす。

「二人は手出ししないで!」

 ニコも武具を取り出した。なんの変哲もない、その辺の武器屋で売ってそうな鉄屑だ。肉体や武具に魔力を流して強化するのは戦闘術士の基本的な技術である。それをニコは、あり得ない量と密度で行っている。彼の手にかかれば、その辺の木の枝だって鉄の棒のように硬くなるだろう。加えて、武具を媒介にして、収束させた魔力の形もある程度変える事が出来る。それ自体はやはり、初歩的な技術だ。ただし、術として形を与えられていない魔力は不安定な為、密度に比例して拡散しようとする力が増す。だから、普通は瞬間的に魔力を収束させ、構成によって形を与えて安定させる。それをニコは、人間離れした収束力で抑え続けているのだ。当初フレッチャーはニコの事を、才能だけは凄まじいがそれだけの無能だと決めつけていた。だが、一度戦って考えを改めた。使える術はたった一つかもしれないが、極限まで研ぎ澄まされたニコの強化術は、それ自体が千の魔術に匹敵する、優れた応用力を備えた必殺技なのだった。

 正面からぶつかれば勝ち目はない。傲慢さを捨てて、フレッチャーは素直にそれを認めた。ニコは強敵で、格上の相手である。魔力量は勿論のこと、近接戦のセンス、爆炎の熱や衝撃、音に動じない精神力も含めて、彼はこれまで戦ってきた連中とは格が違った。

 それでも戦わなければいけない。これまで、意味のない喧嘩ばかりしてきた。勝って当然の、下らない勝負だ。そんなフレッチャーが、初めて勝ちたいと心の底から願う戦いだった。ここで勝てなければ、本当に負け犬になってしまう。そんな確信めいた想いが焦燥となって背中を冷たくする。やっと見つけた友人に、情けない姿を見せたくはない。自分を慕い、憧れてくれるブラックジャックのメンバーに失望されたくない。勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい! 願いは祈りになり、決意へと変わっていく。

 仕掛けたのはニコからだった。全身が光って見える程の魔力を鎧のように纏い、砲弾のように突っ込んでくる。実際フレッチャーは、巨大な鉄の塊が飛んでくるような圧力を感じた。

 爆炎弾をばら撒きながら、フレッチャーは双剣から吐き出した炎の推進力で素早く横に移動する。

「盾強化! 重装盾!」

 ニコが唱えると、小盾に集まった魔力が広がり、分厚い大盾を作る。石壁程度なら一撃で吹き飛ばすフレッチャーの爆炎弾の弾幕を正面から受け、突進の勢いは弱まるが、止まることなく突き進む。

 何度見ても馬鹿げた防御力だ。並みの相手なら、フレッチャーが爆炎の弾幕を張るだけで何も出来なくなる。圧倒的な火力と物量を誇るフレッチャーの爆炎弾は、攻撃こそ最大の防御を体現していた。一方で、ニコのように、火力を物ともしない防御力で突っ込んでこられると困る。そんなのは、誰だってそうなのだが。勿論、これまで戦った相手の中にには、一時的に強固な防御魔術を使って突っ込んでくる者もいた。だが、そんなのは長続きしない。炎の噴射による機動力でかく乱すれば、魔力切れになって自滅する。しかし、相手は勇者ロッドの子孫だ。尽きぬ魔力の異名を持つ大英雄の血を引いている。長期戦に持ち込んだところで、先に魔力が切れるのはこちらの方だろう。

 なんてインチキな野郎だ。

 フレッチャーは思った。今までフレッチャーが欠伸をしながら負かして来た連中もこんな気持ちだったのだろうか。弱者の側に立ち、不思議とフレッチャーは清々しさと共に心地よい高揚感を憶えていた。

 爆炎弾の弾幕により、ニコの周囲には土煙が舞っていた。爆炎弾を放ちながら、ニコの周囲を時計回りに飛び回っていたフレッチャーは、不意に方向を変え、ニコへと飛翔する。

「ニコ君!? フレッチャーが――」

 アルマが叫ぶよりも、フレッチャーが距離を詰める方が早かった。

「火竜の牙(レッドファング)!」

 双剣の刃が高熱を帯び、太陽の如く輝く。土煙に飛び込み、逆手に持った双剣を交差させるように後ろから斬りつける。不意打ちのつもりだったが、ニコは完全に対応して盾を向けていた。白熱化した刀身は分厚い魔力の盾に突き刺さるが、貫通するには至らず半ばで止まる。

「盾撃――」

 ニコが大盾の形に収束させた魔力を解き放とうとする。これだけの防御力だ。収束する魔力は膨大で、解放した際の反発力だけでも凄まじい破壊力になる。単純だが、実に実用的な技である。フレッチャーを相手に無策で二度も使うのは愚かだったが。

「火竜のくしゃみ(スニーズ)!」

 フレッチャーの方が早かった。双剣に集めた魔力が術化して、指向性を持った爆炎が収束の解け掛けた大盾の魔力を突き破り、その先のニコを吹き飛ばす。

 ニコのツレの二人が悲鳴をあげ、ブラックジャックの仲間達は歓声を上げた。

「舐めるなと言ったよな。この俺に、考えなしに同じ手を使うんじぇねぇよ!」

 表面上は取り繕っているが、フレッチャーの身体は意図して抑えなければ震えてしまいそうだった。今のは危ない賭けだった。狙ってやった事とは言え、タイミングを間違えば、正面から大盾の魔力解放をもろに受けていた。身代わり鎧なしでそんな物を食らえば、一発KOだ。一方で、込み上げる震えは決闘での意趣返しの成功によるものでもあった。咄嗟に思いついた事だが、必殺の竜殺し改を突破されたのと似たような戦法でやり返してやったのである。

 ……なんだよ。俺だって、やりゃあ出来るじゃねぇか。

 ニコに負け、ポッキリと折れてしまった自信が蘇る。勇者の子孫は化け物だが、勝てない相手ではない。そうさ、俺だって化け物なんだ! そう思う一方で、調子に乗るなと自戒する。まだ終ったわけじゃない。

「いたたたた……テレーゼさんに言われた通り身代わり鎧を着てなかったやばかったな」

 土煙の向こうで倒れていたニコが起き上がる。ボロボロになった制服の下には、身代わり鎧が覗いていた。見た所、石はもう残っていない。

「ニコ君!? 左腕が!?」

 アルマが叫んだ。ニコの左腕は、人間の可動域を超えて首の後ろに曲がっていた。小盾も無残にひしゃげている。

「大丈夫。外れただけだから。ケチらないでちゃんと五個石を入れてくるんだったよ――っと!」

 平然と言いながら、ニコは力づくで外れた肩を嵌め直した。確かめるように握って開き、よし! と呟く。強がりだ。平気なはずはない。

 立ち上がると、土埃を払ってニコは笑いかけた。

「いいね! 前に戦った時より強くなってる! なにか良い事あった?」

「てめぇには関係ねぇよ」

 息を整える。同じ手は、ニコには通じない。こいつは、痛めつける程強くなるタイプだ。今ので仕留めきれなかった事が悔やまれる。別の手を考えなければ。

「そんな事言わないでよ! 僕達、友達じゃんか!」

 トンチンカンな発言に、流石のフレッチャーも肩でこけた。

「なっ、誰が!? 勝手に友達にするんじゃねぇ!?」

 振り向いて、ディルに弁解する。

「違うからな! こいつは頭がおかしいんだ!」

「見れば分かるよ。でも、悪い奴には見えないね」

 くの字になって笑いながら、ディルまでそんな事を言いだす。

「君もね! 僕はニコ=ブレイブハート! アカデミーの先生に言われてフレッチャーを連れ戻しに来たんだけど、もしかして、悪い人達じゃない感じ?」

 フレッチャーを無視して、ニコが二階のディルに話しかける。

「ブレイブハート? もしかして君は、噂になってる勇者ロッドの子孫なのか?」

「そ~だよ~! 勇者ロッドはひい爺ちゃん!」

「すげ~! フレッチャーの兄貴は、ロッドの子孫と友達なのかよ!?」

「流石フレッチャーさんだ!」

「お、俺、サイン欲しいっす!」

 他のメンバーまでもが騒ぎ出す。

「だぁ! うるせぇ! 戦いに集中し――」

 咄嗟に身を捩るが間に合わない。

 黒い何かが腹を突き抜け、衝撃でフレッチャーは引き倒された。

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