第20話 不良少年の言い分

「ちくしょう! 憶えてやがれ!」

 王都エレノアールの北部、治安が悪い事で有名なフッター区のとある廃工場。

 レッドクラウンのリーダーが捨て台詞を吐くと、仲間の不良少年達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 一人で彼らを相手にしていたフレッチャーは、退屈そうにそれを見送ると、足元に唾を吐いた。

「一昨日きやがれ!」

「負け犬がなんか言ってらぁ!」

「バーカバーカ!」

 後ろに控えるブラックジャックのメンバーが囃し立てる。その数は十数名。顔ぶれはレッドクラウンの連中と大差はなく、十代から二十代の不良達だ。どちらのチームも、フッター区を拠点に活動する不良グループである。

 どうしてこんな事になっちまったんだ?

 胸中で、フレッチャーが苦々しく呻いた。

 ニコとの決闘に負け、フレッチャーは全てを失った。取り巻きの女達は去り、パシリにしていた連中も言う事を聞かなくなった。有象無象の生徒達はフレッチャーを恐れなくなり、公然と陰口を言うようになった。力を示しても、以前のように恐怖で支配する事は出来なくなった。逆に、負け犬の八つ当たりのような空気になって、惨めで恥ずかしい気持ちになるだけだった。後に残ったのは、孤独な暴君だけだ。

 結局ここでも、自分は裸の王様だったのだ。そう気づいたフレッチャーは、居た堪れなくなってアカデミーから逃げ出した。どうしようもなく一人になりたくて、僅かな金を手に市街を彷徨った。逃げるように走る数人の少年とすれ違い、それを追いかける大勢の少年とぶつかった。大勢の少年はフレッチャーに因縁をつけ、フレッチャーはそれを返り討ちにした。数人の少年は、自分達がブラックジャックという弱小チームのメンバーであり、レッドクラウンという大きなチームと抗争中である事を説明し、フレッチャーをスカウトした。一般人のガキの喧嘩になど興味はなかったが、帰る場所がなかったので受けてやることにした。以来、彼らの拠点である廃工場に住み着き、用心棒の真似事をやっている。

「流石はフレッチャーさんだ!」

「向かう所敵なし!」

「無敵の用心棒だぜ!」

 レッドクラウンが見えなくなると、ブラックジャックのメンバーがフレッチャーを褒め称えた。

「うるせぇよ。俺はアカデミーの戦闘術士だったんだ。その辺のチンピラなんざ一億人集まったって負けはしねぇんだよ」

 フレッチャーがガンを飛ばすと、不良少年達は嬉しそうに震え上がった。

「ひぇ~! おっかねぇ!」

「それ以上にかっこいい~!」

「憧れるぜ! 兄貴って呼んでもいいっすか!?」

「ちっ……勝手にしろ」

 フレッチャーが吐き捨てる。言葉とは裏腹に、彼は久しぶりに向けられる無垢の賞賛を心地よく感じていた。

 故郷のハピール州には高濃度の魔力を宿した火山地帯があり、そこに生息する魔竜がしばしば人里に現れ、大きな被害を出していた。魔竜と戦う為、ハピールの軍人はまず第一に強さが求められた。フレッチャーの家は優秀な軍人の家系で、フレッチャーも幼少の頃から戦闘術士の英才教育を受けて育った。端的に言ってフレッチャーは天才だった。物心つく頃には魔力に対する感応力を開花させ、爆炎系の魔術に高い適性を見せた。魔力量も多く、身体はしっかりして、戦闘術士としてのセンスもあった。周りの人間はみんな、そんなフレッチャーを褒め称え、持ち上げた。フレッチャーもその気になり、喜んで努力をした。両親はフレッチャーを甘やかし、気づいた時には手の付けられない乱暴者に育ってしまった。ある時、真ん中の兄がフレッチャーを咎めた。軍人は、強いだけではいけない。力とは、戦う為でなく、守る為にあるのだと。フレッチャーは兄を叩きのめして言ってやった。文句があるなら俺より強くなってから言えよと。以来、フレッチャーは腫れ物だ。誰一人、彼とまともに目を合わせようとしない。口では褒めるが、目は怯えている。誰も心を許してはくれず、だからフレッチャーも心を許せる相手が出来なかった。それでも、両親だけは味方だと思っていた。彼らが望む通り、自分は強くなったのだから。そんな思いはあっさりと裏切られた。ある日母親に言われた。アカデミーに入学したらどうかと。フレッチャーは天才だから、ハピール州は狭いだろうと。彼女の目は魔竜を前にしたかのように怯えいてた。言葉にしなくても、何を望んでいるか一目でわかった。気づかない振りをして、フレッチャーは了承した。癇癪を起すと思われたのか、父親は最後まで姿を見せなかった。このままではいけない事はフレッチャーにも分かっていた。だが、今更生き方を変えるには、あまりに多くの人間を傷つけてしまった。アカデミー入学はいい機会だと思った。故郷と距離を起き、まっとうな人間になって戻って来よう。その時は、兄さんにも頭を下げて謝ろう。本当はフレッチャーだって、兄が正しい事は分かっていた。なによりも、家族として、兄の事は愛していた。あんな風に傷つけるつもりはなかったのだ。

 フレッチャーはアカデミーに入学し、その日の内に上級生に絡まれた。戦闘狂の生徒で、フレッチャーの噂を聞きつけて勝負を挑んできたのだ。フレッチャーは断ったが、しつこく挑発され、つい手を出してしまった。翌日には、フレッチャーの噂は広まっていた。乱暴者、実の兄を半殺しにしたヤバい奴、平穏な学校生活を送りたかったフレッチャーには関わるな。オーケー。つまりはこれが俺なのだ。今更やり直そうなんて虫のいい話が通るはずはない。だったらいいさ、望み通り好き勝手やってやる! その末路がこれだった。

 不思議な事に、フレッチャーは晴れやかな気持ちだった。もう、誰の目も気にする必要はない。不良共のほとんどは非魔術士だ。中には稀に魔術を使える者もいるが、フレッチャーからすれば素人の飯事みたいなものだった。連中が自分より弱い事は、考えるまでもなく明らかだった。そんな連中と一緒にいるのに強さに拘る理由などない。それどころか、彼らはフレッチャーの強さを純粋な気持ちで認め、尊敬してくれた。認めたくないが、それはフレッチャーが密かに欲していたものだった。彼はただ、認められ、仲良くなりたかったのだ。ブラックジャックのメンバーと一緒にいる時間は楽しかった。。

「お前からすれば、俺達の抗争なんてガキの喧嘩に見えるだろうな」

 廃工場の二階にある事務所跡を居心地よく改造したアジトに戻ると、ブラックジャックのリーダーを務めるディルが話しかけた。年は知らないが、フレッチャーよりも何歳か大人びて見える。焦げ茶色の髪を長く伸ばした長身の男で、不良チームのリーダーの割には知的な顔立ちをしている。

「派手な魔術をぶっ放してるだけでアカデミーだってやってる事はかわんねぇよ」

 フレッチャーが皮肉ると、ディルはニヤリと笑った。魔術士ではないが、彼とは不思議と気が合った。他の連中と同じように貧乏でろくに学校に通っていないが、妙に学があり、戦闘術士のフレッチャーを前にしても全く物おじしない度胸があった。

 ふと遠い目をしてディルは言った。

「レッドクラウンも元は悪いチームじゃなかったんだ。どこにでもいる、はみ出し者の集まりさ。それがいつの間にか、後ろに怪しい大人がつくようになった。今じゃヤクザの手下みたいなもんさ。あっちこっちのチームに喧嘩を吹っ掛けて、負けたチームを片っ端から傘下にしてる。それで、毎月上納金を取られるんだ。払えなきゃ、ヤバい仕事をやらされる。お前がいなけりゃ、今頃俺達はクスリ売りだ」

 そんな話は初耳だった。

「……警察はなにやってんだよ」

「さぁな。ヤクザから貰った賄賂で酒でも飲んでるんだろ」

 事も無げにディルは言う。

 内心では、フレッチャーは驚いていた。まさか、警察がグルになっているとは。大袈裟な奴だと思われたくなくて、表面上は平静を保つが。

「そうでなくとも、レッドクラウンのバックについてる組織には戦闘術士もいるって話だ。警察には荷が重すぎる」

「そんなにヤバい連中なら、職業勇者の出番だろ。依頼を出せば、アカデミーの風紀部だって動くはずだ」

「依頼なら何度も出したさ。同盟の支部に連中の仲間がいて握りつぶされてるか、よくある不良グループの抗争だと思って無視してるのか……理由は分からないが、音沙汰なしさ。最初にお前を見た時は、やっと勇者が来てくれたって期待したんだぜ」

「ところがどっこい、やってきたのはアカデミーを逃げ出した半端者でしたとさ。がっかりさせて悪かったな」

「皮肉はよせよ。現にこうしてお前は俺達を守ってくれてる。いもしない勇者様より、よっぽどありがたいぜ」

「三食昼寝付きだからな。自分の家を守ってるだけだ」

 ディルが肩をすくめる。

「それで、いつまでここにいるつもりだ?」

 唐突に聞いてきた。

「……邪魔ならいつでも出ていくぜ」

 こいつも俺を裏切るのか? そんな疑念に、フレッチャーの胸が苦しくなる。

「そういう意味じゃない。ただ、お前は俺達とは違う。立派な家柄の魔術士だ。アカデミーに通ってたんだろ。なにがあったか知らないが、こんな所でいつまでも街の不良とつるんでちゃもったいないぜ」

「は! 優しいんだな? それで、俺がいなくなって、誰がお前らをクソッタレ共から守るんだ?」

「さてな。仲間を連れて、別の場所にでも縄張りを移すさ」

「……なんでだよ」

 やりきれず、フレッチャーは言った。

「利用すればいいだろ! 俺の強さは分かってるはずだ! アカデミーに戻りたがってない事も、文無しで行き場がない事だってお前は知ってる! なんで利用しないんだよ! お前の頼みなら俺は!」

「だからだよ。お前が俺を友達だと思ってるように、俺もお前の事を友達だと思ってる。さっきの喧嘩で連中もお前の強さは分かったはずだ。次は後ろの大人が動き出す。裏社会で動いてる、本物の戦闘術士との戦争だ。そうなれば、俺達はお前にすがるしかなくなる。三食昼寝付きくらいじゃ、ダチに命を張れとは言えないだろ?」

 ディルは笑った。強がりの笑みだったが。

「馬鹿言うなよ。俺を誰だと思ってる? その気になれば魔竜だって殺して見せる大魔術士様だぜ? ヤクザの用心棒なんざ、三食昼寝付きでお釣りが出るぜ」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。レッドクラウンのバックについてる組織がどれだけでかいのか、俺には想像もつかないんだ。もしお前になにかあっても、俺達は助けてやれない。それでも、俺が頭を下げればお前はやる男だ。それが分かってるから、俺は絶対に頼みたくない。それをしちまったら、俺はお前とダチじゃいられなくなる。わかるだろ、フレッチャー?」

 諭すようなディルの顔が、真ん中の兄と重なった。

「……なぁディル。お前は頭の良い奴だ。そこまで言ったら、頼まれなくたって俺がやる事ぐらいわかるだろ」

 ディルは力なく笑った。

「最初はそのつもりだったんだ。アカデミーの世間知らずが都合よく転がり込んで来た。しかも、凄腕の戦闘術士ときてる。こいつを利用すれば、バックの連中ごとレッドクラウンを潰せるかもしれない。そう思って機嫌を取った。お前は疑いもせず、俺達の為に良く働いて、クソみたいな境遇を怒ってくれた。一緒に酒を飲み、飯を食って、ナンパしに行った。何一つお前は上手くやれなかったよな。戦う事以外、本当に何一つだ。お陰で俺まで情が移っちまった。なぁフレッチャー、どうしたらお前は手を引いてくれるんだ?」

「お前にわからねぇ事が俺にわかるか」

 ニヤリと笑い、フレッチャーは肩をすくめた。ディルたちと出会うまでは、フレッチャーは笑い方を忘れていた。今は、自分でも驚く程自然に笑えている。

「……フレッチャー……」

 ディルは哀しそうに目を細めた。あるいは、嬉しそうに。

「なんだてめぇらは!」

 一階から響く仲間の怒声に二人はハッとした。

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