第19話 風紀部のお仕事
「どうです、風紀部は。うまくやって行けそうですか?」
第一サークル棟の一階、教室を数室分ぶち抜いた、風紀部の部室である。
顔合わせを兼ねた自己紹介を終えると、相談役の教師、犯罪学を教えるクリュシュカ=ギデオンが三人に話しかけた。
長身のやせ型で、いかにも学者肌と言ったインテリ風の男である。灰色の髪を綺麗に撫でつけ、優し気な糸目に丸眼鏡をかけた、三十代ぐらいの優男。アカデミーの教師は自己主張の激しい恰好の者が多いが、彼は地味で、しっかりとネクタイを締め、シャツにセーターと、教師の手本のような小奇麗な格好をしていた。
「質問攻めで疲れちゃいました」
正直にニコは言った。自己紹介の後、親交を深める為にちょっとした質問タイムが設けられた。話題の大型新人という事で、あっと言う間にニコは囲まれ、あれやこれやと尋ねられた。アルマも同じである。あまりに多いので、途中でロリカが止めに入り、仕事をしろと部員を追い出した所だった。
「でも、悪い人達でありませんでした。魔王の子孫という事で意地悪な事を聞かれるかと思っていましたが。みんな、気を使ってくれていたようで」
恐縮しながらアルマが言う。
「私は何も聞かれませんでしたけど……」
小さくむくれて、テレーゼが呟く。
クリュシュカは苦笑いで流すと、アルマに言った。
「そういう事にならないように、僕とロリカ君で釘を刺しておきました。正直な話をすると、風紀部の中にも、アルマさんを良く思わない人間はいます。そんな人間は、どのサークルに入った所でいるでしょう。ですが、気に病む必要はありません。これだけ大勢の人間が集まっているんですから、全員に好かれるのは無理な話です。僕だって、小うるさいインテリ教師と煙たがる人はいますからね。それよりも、あなたの事を正しく評価し、仲間だと認めてくれる人達に目を向けてあげてください。僕の見る限りでは、ほとんどの部員は、アルマさんを前向きな好奇心で受け入れています。そこから先がどうなるかは、あなたの振る舞い次第です。どういう意味かわかりますね?」
優しく諭すような口調に、アルマは真面目な顔で頷いた。
「はい。皆さんの期待を裏切らないよう、精一杯頑張ろうと思います」
「はは、そんなに固くならなくて大丈夫ですよ。風紀部と言ったって、みんながみんが背筋の伸びた優等生というわけではありませんから。アルマさんの事はロリカ君から聞いています。あなたと比べたら、他の部員の方がよっぽど問題児ですよ。あるがままに振る舞っていれば、すぐにあなたの良さに気づくはずです」
クリュシュカの言葉に、アルマは赤くなって俯いた。
「そう言って貰えると……助かります」
「あ~。アルマさん、赤くなってる~!」
「に、ニコ君!? からかわないでくれ!」
「あははは。アルマさん、クリュシュカ先生の事好きだもんね! 先生の授業を聞いてアルマさん、感動して泣いてたんですよ――もごっ」
「やめてってば!?」
涙目になってアルマはニコの口を塞いだ。白い肌が、耳まで赤く染まっている。
「その、あれは、違うくて……私は、知らない人にやさしくされる事があんまりなくて……」
しどろもどろになってクリュスカに弁解する。
「僕も色々な犯罪組織を研究する身ですから。魔王を崇める者がいる以上に、魔王を嫌う者がいる事は嫌という程知っています。歪んだ思想とは言え、思うだけなら自由なのですが、中には魔王論者というだけで私刑を加えるような過激な連中もいます。いずれ授業で取り上げますが、魔王論者を迫害する危険な団体に、白の分離者(ホワイトパージ)という組織があります。神の王国教団と違って、あちらは一般市民に紛れていますから、気を付けた方がいいですね。アルマさんが魔王論者でない事を僕は知っていますが、連中はそうではない。とは言え、あなたには頼れるお友達がついている。用心は必要ですが、心配しすぎる必要はないでしょうね」
ニコとテレーゼに視線を向けて、クリュスカは言った。
「はい! 二人は、私の自慢の友達です!」
クリュスカが頷いた。
「うん。もしもの時は僕が守るからね」どんとニコは胸を叩き。
「そりゃまぁ、危なくなったら助けますけど」テレーゼは照れくさそうに言った。
「ところで、早速君達に風紀部の仕事を頼んでもいいかな?」
出し抜けにクリュスカが言う。
「いいですよ~? いいよね?」
答えてから、ニコは二人に確認する。異論なく、二人は頷く。
「君達は、フレッチャー=バングという生徒を覚えているかな?」
「忘れないよ! 一緒に戦った仲だもん!」
無邪気な様子でニコは言う。
「あの乱暴者がどうかしたんですか?」
アルマが尋ねた。
「実はね、ニコ君との決闘に負けて以来、授業に出ていないんだ。寮にも帰っていないらしい。風紀部で調査をした所、市街で悪い連中とつるんでいるという噂もある。ニコ君に負けるまでは随分と暴れていたからね。気まずくて学校に来れなくなってしまったんだろう。才能があるのに、もったいない話だ。彼の将来を考えても、良い状況とは言えない。フレッチャーは地元でも色々と問題を起こしていてね。半ば追い出されるような形でアカデミーに入学させられたんだ。それが気に入らなくて余計にグレてしまったんだろう。アカデミーをドロップアウトする生徒は少なくなくてね。市街には、そういう学生に甘い言葉をかけて仲間に取り込もうとする悪い連中が結構いるんだ。ただの不良グループかと思ったらバックに犯罪組織がついていた、なんて事は珍しくない。そうなる前に彼を見つけ出し、連れ戻して欲しい。他の部員にも依頼はしてるだが、手が足りなくてね。口で説得してフレッチャーが戻って来るとも思えない。とはいえ、ランカー相手に力づくで連れ戻せる人員となると中々ね。君達としては、あまり気乗りしない仕事かもしれないが、お願い出来ないかな?」
申し訳なさそうにクリュスカが言う。
「全然だよ! フレッチャーは友達だし! そんな事になってるなら助けてあげなきゃ!」
「え?」
「ニコ君!?」
テレーゼとアルマが同時に疑問符を浮かべる。
「いつから君はフレッチャーと友達になったんだ!?」
「食堂でやり合った時かな? それとも、決闘の最中? わかんないけど、いつだってよくない?」
「じゃなくて! なんであんな奴を友達認定してるんですか!? フレッチャーだって、ニコさんの事を友達だなんて思ってないですよ!?」
わけがわからないという風にテレーゼが叫ぶ。
「ん~、なんていうのかな。最初は嫌な奴だと思ったけど、戦ってたらなんか気になっちゃって。最後の大技だって、避けないと危ないって教えてくれたし。じゃあもう友達かなって」
「なにがじゃあなのか全然わからないんですけど!?」
「……無駄だテレーゼ。思い返せば、ニコ君はそういう奴だった。自分の事を殺しかけた魔王の子孫とすら友達になったんだ。フレッチャーを友達扱しても不思議ではない……理解は出来ないが」
頭痛を堪えるように言うと、アルマは告げた。
「私は君に救われた。君が別の誰かを救おうというのなら、例えそれがフレッチャーであっても、手伝わないのは卑怯だと思う」
「うん。アルマさんならそう言ってくれると思った。テレーゼさんはどうする?」
「どうもこうもありませんよ!?」
破れかぶれの様子でテレーゼが叫んだ。
「ここで断ったら私だけ酷い奴みたいになっちゃうじゃないですか! フレッチャーは嫌いですけど、別に地獄に墜ちろとまでは思ってません。助けた所で逆恨みされるのがオチだと思いますけど、ニコさんがそれでもいいなら……えぇ! どうせいいんでしょうけど! 手伝いますよ。えぇ、手伝いますとも!」
「テレーゼさんも絶対手伝ってくれるってわかってたけど、一応聞いた方がいいかなと思って。いつも巻き込んじゃってごめんね」
ニコは手を合わせて謝った。テレーゼも、アルマに負けず劣らず優しい子なのだ。彼女にとっては何の得にもならず、その上不本意な事でも、ニコがやると言えば、心配してついてきてくれる。友達想いと言うのなら、彼女の方が余程そうだろう。失礼だから口には出さないが、自分なんかにはもったいない良い友達だとニコは思っていた。
そんなニコを見て、テレーゼは顔を赤くして胸を抑えた。
「うぅ……ニコさんはずるいです! そんな顔されたら怒れないじゃないですか!」
「え~本当? どんな顔? こんな顔~?」
と、わかっているのかいないのか、ニコはぶりっ子ポーズでテレーゼを見返した。
「うぅ、ニコさんのいじわる!」
そんな様子をクリュスカは微笑ましそうに見つめていた。
「それじゃあ、早速お願いできますか? フレッチャーの出入りしていそうな場所はいくつか候補が上がっていて、手分けして調査を行っている段階です。今回は、その中の一つを調べて来てください」
そう言うと、クリュスカは印のつけられた地図を手渡した。
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