第17話 犯罪学の授業
「職業勇者と一口に言っても、その仕事は色々あります。自由気ままな賞金稼ぎ、魔物退治に遺跡調査の護衛、未開の地を冒険したり、各州の治安組織や州軍に就職するという手もあります。勇者になって何をするかは君達次第。とは言え、元々は悪しき魔王を倒した英雄を指す言葉なのですから、その名に恥じぬ振る舞いを心がけるべきでしょう。最低限、同盟の指定する犯罪組織の構成員と出会った際は、見て見ぬふりなどせず、勇気を持って立ち向かって下さい。勇者には、その義務があるのです。
自分はそんな連中と出会う事はない。そんな風に思っている方もいるようですが、そんな事はありません。職業勇者が多様であるように、犯罪組織もまた多様です。賞金稼ぎは言うに及ばず、魔物退治や狩りを生業とするなら、密猟団との戦いは避けられません。遺跡なら盗掘団、未開の地は同盟の目も届かないので、様々な犯罪組織、邪教の集団の隠れ家になっています。治安組織や州軍に入れば、その土地の反社会的組織と戦う事になるでしょう。
何が言いたいかというと、世界は悪人でいっぱいです。多種多様で、千差万別の悪人。けれども、彼らは首から悪人と書かれた名札を下げているわけではありません。彼らにも日々の生活があるので、むしろ一般人に溶け込もうとするでしょう。目の前にいても気づかずに見逃すだけならまだいいですが、知らず知らずに仲良くなった所を後ろからグサリ、なんて事になったら目も当てられません。
そうなったら怖いでしょう? だから、学びなさい。僕の行う犯罪学の授業では、現在アールマイア合州国で活動している主要な犯罪組織について講義します。彼らの行動原理や発生の起源、主だった活動場所や構成員の特徴、主義主張などを学べば、見えざる危険に対して用心し、いざという時も心を惑わされず、適切な対応を行う事が出来ます。
第一回の講義では、ある意味で、皆さんにとって最も縁の深い犯罪組織を取り上げます。勇者同盟、ひいてはアールマイア合州国にとっての不俱戴天の存在、あなた達にとっても決して無関係ではない、それどころか、勇者資格を持っているというだけで理不尽に襲われる可能性すらある危険なテロ組織と言えば?
そう、神の
その辺りの歴史は一般常識ですから皆さんもご存じでしょう。神の王国教団とは、言ってしまえば魔王軍の残党組織です。神王バロットを救世主と崇め、魔術士を神から力を与えられた神人として特別視しています。可能性を操る魔術は神の業であり、それを行使できる魔術士は神によってこの大陸を支配し、人々を導く義務を与えられたとする魔術士至上主義的な考え、いわゆる魔王論を信奉しています。
現在の大陸は絶対的な力を持つ一人の王が支配する帝政ではなく、それぞれの州のやり方を尊重し、勇者同盟を介して助け合う合州制を採用しています。市民の中から選ばれた者を州王にする州もあれば、血統による王制を続けている州もありますが、各州の発言権は基本的には平等です。色々と揉める事もありますが、基本的にはみんな仲良く。魔術士だから偉い、非魔術士は人にあらず。そのような非人道的な考えは否定され、固く禁じられています。まぁ、州の気風によっては一概にそうとも言えませんが、それもまた合州制の懐の広さと言った所でしょう。
これらの考えは当然、神の王国教団の信じる魔王論とは対立します。彼らからすれば、強い力を持った魔術士は人々を導く義務があり、それをしない事は、人に魔術という力を与えた神の意思に背く大罪だとされています。つまり、現在のアールマイア合州国そのものを否定しているわけですね。
その為に、世界中でテロ行為を行い、治安を乱しています。不安を煽り、人の心の弱さにつけこんで、いつか革命を起こし、大陸を魔術士の手によって支配しようと目論んでいるわけです。
確かに魔術士は強大な力を持っています。同じ姿をしていても、強力な戦闘術士を相手にすれば、非魔術士が何百、何千と集まっても敵いません。そのせいで、自分を特別な存在だと勘違いし、神の王国教団に同調する人間は少なくありません。そういう意味では、魔王との戦争はまだ終っていないと言えるでしょう。
もしかすると、皆さんの中にも魔王論に共感する方がいるかもしれません。魔術士は強い、だから偉いのだと。魔術士が強い事は認めましょう。それによって、非魔術士には出来ない仕事をこなしている側面も確かにあります。ですが、それと偉さとは関係ありません。皆さんが日々非魔術士の何倍も食べているご飯を作ってくれているのは誰ですか? 今着ている制服を縫っているのは? 家を建て、水道を引き、面白い小説や映画を作って楽しませてくれているのは? 中には魔術士もいるでしょう。ですが、大半は非魔術士です。言うまでもありませんが、魔術士の数は非魔術士に比べて圧倒的に少ないのですから。僕達はたまたま魔術が使えるから、魔術を用いた仕事をしているに過ぎません。僕達が魔物と戦って非魔術士を助けるように、彼らは魔術を用いない様々な仕事によって我々を助けているのです。助け、助けられ、そこに偉いも偉くないもありません。と、道徳的な話を持ち出しても納得出来ない方はいる事でしょう。
もっと直接的な言い方をすれば。魔術士は強いかもしれませんが、そんな事は人の上に立つ上でこれっぽっちも役に立ちません。国を正しく運営し、人々の生活を守るのは、魔術ではなく知恵なのです。それと、人類に対する尽きぬ愛と責任感。神の王国教団にはそれがありません。勿論魔王にもです。だから、魔術士至上主義の世界ですら、勇者と呼ばれる戦闘術士達が立ち上がったのです。
今年は奇しくも、勇者ロッドの子孫と、魔王バロットの子孫が共に入学し、仲良く机を並べて勇者を目指しています。犯罪学を教える者として、これ程希望に溢れた光景はありません。まったく、神の王国教団の連中に見せてやりたいくらいです。
皆さんの中には、彼女を魔王の子孫という理由で目の敵にしている方もいるかもしれません。その気持ちはわからなくはありません。犯罪組織の言い分にしても、ちゃんと耳を傾ければ、少しくらいは理解出来る部分があるものです。犯罪組織とは、けっして狂人の集まりではありません。むしろ、人間味に溢れ、共感できる部分すらあります。だからと言って正しいわけではありませんが。人は間違いを犯します。というか、間違う事の方が多いでしょう。しかし、間違いを正しい事だと正当化してはいけません。人として間違った行いを自分勝手な理由で正当化すれば、神の王国教団のような犯罪組織と同じになってしまいます。そんな人間には、勇者を名乗る資格はありません。昨今は勇者など名ばかりの金儲けばかりを考える職業勇者が増えています。職業勇者による犯罪も増加傾向にあります。僕は、皆さんにはそうはなって欲しくありません。僕の授業を通して、今一度勇者とはなんなのか、そして、どのようにあるべきか、考えてみて下さい」
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