第15話 本領発揮

「ニコさん!?」

 セコンド席のテレーゼが悲鳴をあげる。

「……やはり止めるべきだった……私のせいでニコ君が……」

 落下防止のフェンスに齧りついて応援していたアルマは、脱力して座り込んだ。

「これで終りならとんだ肩透かしだけど、そんなわけはないわよね」

 余裕を浮かべてロリカが言う。例の聖騎士風の鎧を着ながら、どういうつもりか小脇に抱えたポップコーンを食べている。ガントレットをつけた手がポップコーンを運ぶたび、流線型の兜の口元が生き物のように開いた。

 ロリカが視線をあげた。そちらには、身代わり鎧と連動して魔晶石の残数をカウントするスコアボードが掲げられている。五つの青い光で示されたスコアは、二つ消えている。

「……ッチ。頑丈な野郎だぜ」

 観客が騒然とする中、フレッチャーが舌打ちを鳴らした。

 うつ伏せに倒れていたニコがふらつきながら起き上がる。

「うぅ、目が回った……うぁ!? 二個もダメになってる! ど~しよ~!」

 あちこちに軽度の火傷と打撲を負っているが、そちらについてはまるで気にせず、ニコは頭を抱えた。もう後がないという事よりも、六万ジェム払わないといけない事の方がつらい。

「今の攻撃は五点分くらいの威力があったわ。ただ魔力を纏っただけの初歩的な防御で三点分防いで見せたんだから大したものね」

 愉快そうにロリカが言う。

「ニコ君!? もういい! 無理をするな! 降参するんだ!」

 ニコの無事を確認すると、立ち上がってアルマは叫んだ。

「大丈夫だよ~! これからこれから~!」

 全身を土と煤で汚しながら、脳天気にニコが手を振る。

「どこが大丈夫なんだ!?」

 半泣きになって叫ぶと、アルマは背後のロリカを振り返った。

「ロリカさん! セコンドには、棄権を宣言する権利があるんだったな!?」 

「あるにはあるけど、まだ早いんじゃないかしら? 今棄権したら、彼はきっと怒るわよ?」

「それでもいい! ニコ君の安全の方が大事だ!」

「あらそう。テレーゼも同じ意見? セコンドが複数いる時は多数決って事になってるんだけど」

「……私は……ニコさんを信じます」

 食いしばるようにしてテレーゼが言う。

「テレーゼ!? 何を言ってるんだ! 今の戦いを見ただろう! 収納腕輪は使えない! 飛び道具がない事は見抜かれ、一方的にやられている! 勝てないのなら、戦う意味なんてないじゃないか!」

「勝ちますよ!」

 テレーゼが叫んだ。

「……きっと勝ちます。ニコさんは、そう言ったじゃないですか」

「勝ち負けなんかどうでもいい! 大事なのは、ニコ君の身の安全だ!」

 アルマが叫んだ。そして、がっくりとうなだれる。

「……すまないテレーゼ。私は、君のようには信じられない。ニコ君がじゃない。私自身に、そこまでして貰う価値があるとは思えないんだ」

「……だから、ニコさんは戦ってるんですよ」

 テレーゼの言葉が理解出来ず、アルマが視線で尋ねる。

「アルマさんが自分の事を信じないから、アルマさんの分もニコさんが信じてるんです。あなたには、そうするだけの価値があるんだって、戦う事でみんなに示そうとしてるんです……私だって、信じてます。信じられないならそれでもいい。あなたはそこで見ていてください。ニコさんは、絶対に勝ちますから」

 確信と言うよりは、祈るような言葉だった。

 どうしてそこまでしてくれるのか、アルマにはさっぱり分からなかった。

 わかるのは、テレーゼの意志は固いと言う事だけ。

 出来る事がなくなり、アルマは祈った。

 神様! どうか、ニコ君の事をお守りください!

 セコンド席でそんなやり取りが行われているとはつゆ知らず、ニコはやる気満々でフレッチャーに向き直った。

 爆発によって、ニコはほとんど壁際まで吹き飛ばされている。ここからフレッチャーの所に行くのは骨が折れそうだ。

「馬鹿が。どうせ負けるなら、大人しく降参しとけばいいのによ。女の前で見栄張って、無駄に怪我するだけだぜ」

 憐れむというよりは小馬鹿にしてフレッチャーが言う。

 もうすっかり勝った気でいるらしい。

 ニコは無視して収納腕輪に集中していた。テレーゼの助言を思い出す。大事なのは、収納印も一緒にイメージする事だ。収納印は、使用者の血を混ぜた特殊なインクで描いた魔術式をイメージしやすモチーフに封入した物が一般的だ。テレーゼの場合は、イーサ教の聖印を模したキーホルダー。今回は時間がなかったので、術式をそのまま武具に貼り付けている。それが良くなかったのだろう。後で、イメージしやすいモチーフを考えなければ。そんな事を反省しつつ、ニコはもう一度挑戦する。

「いい加減に出て来いってば」

 寝坊助の友人を起こすような心地で唱える。

 収納腕輪が輝き、両手に懐かしい重みが宿った。

「……よし!」

 ぐっと握りに力を籠める。ようやく反撃できそうだ。

「くだらねぇ……なんの変哲もねぇゴミみたいな剣と盾だ。今更そんなもん取り出した所でなにが出来るてんだ」

「君に勝てるよ」

 あっさりとニコは言う。

 フレッチャーは笑い出した。

「くくく、はははは、はーっはっはっは!」

「あははははははははは」

 なんとなく、ニコも笑ってみる。

「ぶっ殺す!」

 フレッチャーがキレた。先ほどと同じように、無数の火球を周囲に浮かべる。

「盾強化(シールドエンハンス)!」

 ニコが唱えた。人の頭より少し大きい程度の小盾が、魔力を帯びて白く輝く。

 フレッチャーが火球を放った。

「舐めてんのか! そんなチンケなクソ盾で、俺の火球を防げるわけが――」

「重装盾(カタクラフト)!」

 続けて唱える。小盾を核にして、分厚い魔力の盾が長く広がり、ニコの身体を隠す程の縦に長い六角形の大盾を形成する。

 その出来栄えににこりと笑い、ニコは駆けだした。

「突撃ぃ!」

 何の策もありはしない。文字通り、一直線に駆けていく。避けもしないのでただの的だ。火球は容赦なく魔力の盾に突き刺さり爆発する。その度にニコは突撃の勢いを鈍らせるが、それだけだ。重装盾と名付けた通り、高密度の魔力によって構成された分厚い魔力の盾は、フレッチャーの火球を完全に防いでいる。

「……面白れぇ。だったら、こいつはどうだ!」

 フレッチャーが短剣を交差させて頭上に掲げる。必殺技なのだろう。ニコが近づくのも構わず、時間をかけて攻勢を編む。

 複雑な構成が中心に収束して弾ける。現れたのは紅蓮に燃える炎の大牙だ。

「多重防壁に守られたハピールの魔竜の鱗を貫く為に編み出した指向性の爆炎弾だ! その名は、竜殺し(ドラゴンキラー)! 死にたくなけりゃ避けた方が身のためだぜ!」

 挑発のつもりなのだろう。種明かしをしてフレッチャーは言った。

 ニコも男の子だ。

 そんな事を言われたら、挑まずにはいられない。

 ニコは避けずに突っ込んだ。

「馬鹿野郎! マジで死ぬぞ!?」

 まさか、本当に向かってくるとは思わなかったのだろう。フレッチャーは慌てた。彼が宣言した通り、対人戦で使うような魔術ではない。直撃すれば、五点どころの話ではないだろう。冗談ではなく、塵も残らず消し飛ぶはずだ。

 面白いとニコは思ってしまった。まさか、こんな術を使ってくる相手がいるとは。流石はアカデミー! すごい人がいるんだな! そして、思う。こいつを防げたら、アルマさんも僕の事を信じてくれるに違いない! 情けない出会い方や可愛い見た目のせいで、彼女はニコを誤解している。こんなに頼りになる味方がいるのに、まだ不安を抱えているのだ。アルマが心配する余地もないくらい強いんだという所を見せて安心させてあげよう!

 迫りくる滅殺の牙に対して、ニコは盾を下げた。そして、思いきり身体を捻り、下から掬い上げるようにして大牙の底に大盾を打ちつける。

「盾撃(シールドバッシュ)!」

 重装盾を構成する莫大な魔力を前面に向けて解き放つ。奇しくも、それはフレッチャーの放った指向性爆炎弾と似た性質の技だった。

 牙の形を模した爆炎弾は、先端の一点に火力が集中するよう構成されている。真下から魔力による爆発的な打撃を受けて、緻密な構成が崩れる。それにより、フレッチャーの必殺技は連鎖崩壊を起こし、不完全な爆発を起こしながら魔力の波に押し流され霧散した。

「……嘘だろ?」

 そんな風に防がれるとは思っていなかったのだろう。フレッチャーの目が点になった。

 タイミングを間違えれば直撃を受けて死んでいた。我ながら、馬鹿な真似をしたとは思う。だが、上手くいった。それが全てだし、ニコは最初から成功するつもりでいた。その為、大技を防いだ後も意識を乱すことなく、一直線にフレッチャーへと突っ込んでいく。

 雄たけびを上げて斬りかかったりはしない。そんな必要はない。

 フレッチャーが我に返ったのは、ニコが間合いに入ってからだった。慌てて炎の刀身を伸ばすが、完全に動揺して、太刀筋は乱れている。本来の実力を発揮できず、なんの変哲もない鉄くずのような片手剣に思いきり腹を殴られ、石を一つ失う。

「ち、ちくしょう!」

 慌てたフレッチャーは食堂で見せたような小規模爆破を起こしてニコを吹き飛ばそうとするが、魔力を込めた小盾に呆気なく弾かれ、その隙をニコは見逃さなかった。流れるような連撃で短剣の防御をこじ開け、下から掬い上げるように顎を狙う。これでもう一点。そう思った時、フレッチャーの身体が浮き上がった。

「えぇ!?」

 垂直に飛翔するフレッチャーをわけがわからず見送る。よく見れば、両手の短剣が火を噴いて彼の身体を持ち上げていた。

「クソが! ざまぁみろ! てめぇに空が飛べるかよ! 間合いの外から一方的に――」

 魔力を込めて、ニコが剣を振りかぶる。

「剣強化(ソードエンハンス)」

「は?」

 てめぇ、飛び道具はなかったはずだろ!? 三階ぐらいの高さを飛ぶフレッチャーが、そんな顔でニコを見返した。

 そうとも。飛び道具はない。

「長槍(スピアー)!」

 頭上に向けてニコが剣を突きだした。剣に込めた魔力が一直線に伸び、魔力の槍となってフレッチャーの胴体を突き上げる。真下からの一撃に二つ目の石が割れ、バランスを崩したフレッチャーが真っ逆さまに落下する。

「ぐぇ!?」

 その衝撃を緩和する為に、三つ目の石が砕けた。

「伸ばせる距離は今のがギリギリ。これじゃあ飛び道具とは呼べないよね」

 誰にともなくニコが呟く。

 ニコは剣と盾を収納腕輪にしまうと、振り向いて叫んだ。

「アルマさ~ん! 見てた~? 僕、勝ったよ~!」

 セコンド席のアルマに手を振る。

 アルマは落下防止のフェンスに痕が付く程強く顔を押し付けてこちらを見ていた。

 割れんばかりの歓声が、アルマの答えを聞こうとして静まった。

「ぅ、ぅ、ぅ……うわああああああああああ」

 ニコの無事を確認すると、アルマは周りの目も気にせず大泣きをした。

「あらら。泣く程嬉しかったのかな?」

 ニコが小首を傾げる。

 そうではない。心配しすぎで泣いているのだ。

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