第14話 夕方の決闘
小模擬戦場と呼ばれる割には大きな建物だった。戦場は円形で押し固められた土の地面が広がっている。直径は六十メートル程もある。周囲は高い壁に囲まれて、その上に階段状の客席が広がっている。満席で、立ち見も多い。あちこちで派手な法被を着た生徒が飲み物や軽食を売り歩いていた。
アルマとテレーゼはニコの真後ろに位置するセコンド用の最前席に座っている。隣には、鎧姿のロリカがいた。控室で待っている時にロリカがやってきて、ニコが戦っている間、アルマがイジメられないよう睨みを利かせておくから最前席で見物させて欲しいと言ってきた。断る理由もないのでお願いした。風紀部の人間が一緒なら、手を出す者はいないだろう。人見知りのアルマは少し怯えていたが。
「昨日までの半病人じゃねぇな。腐ってもロッドの子孫か」
粘ついた視線をニコに向けると、対面のフレッチャーがからかうように言った。
「気づいてたんだ?」
ただそれだけの言葉がフレッチャーの逆鱗に触れたらしい。眼光を鋭くし、吐き捨てるように告げる。
「……てめぇ、俺を舐めるのも大概にしとけよ」
「舐めてないけど。なんで怒ってるの?」
わけがわからず首を傾げる。
「わからねぇのがなによりの証拠なんだよ! てめぇは俺を、戦った相手の不調も分らねぇ無能と舐めた! なにより許せねぇのが、あんなゴミクズみたいな状態で俺に決闘を挑んだ事だ!」
「そんな事言われても困るんだけど。君がアルマさんに酷い事して謝らないからこうなったんでしょ? 僕のせいにしないでよ」
「はっ! てめぇ、随分とあのクソ雑魚女にご執心じゃねぇか。魔王の子孫が聞いてあきれる、戦う意思も力もねぇゴミカス女によ。さてはてめぇ、あの女に惚れてるな? はははは! 傑作だぜ! 勇者の子孫が魔王の子孫に恋したってわけか! ご先祖様も喜んでるだろうよ!」
流れるように飛び出す侮辱の言葉に、ニコは呆れて溜息をついた。
「あのさ~フレッチャー。君、友達いないでしょ?」
「なっ、はぁ!? 関係ねぇだろ!」
図星だろう。フレッチャーは露骨に狼狽した。
「よくないよ、そういう態度。何にイライラしてるのか知らないけど、人に当たらないで。友達が欲しいなら意地悪しないで素直にそう言えばいいじゃん」
「う、うるせぇ! 友達ぐらい幾らでもいるんだよ!」
フレッチャーが親指で後ろを指す。彼の側のセコンド席には、食堂で見た派手な女生徒が並んでいた。
「取り巻きと友達は違うくない?」
言ってから、ニコは少し後悔した。どうやらフレッチャーを傷つけたらしい。
「……うるせぇよ。俺にはダチなんか必要ねぇ! 群れるのは、弱い奴のする事だ。俺は強えぇ! だから群れねぇ! 誰にも媚びねぇし、媚びる必要がねぇ! ここでだって、好き勝手しても誰も文句を言わねぇ。何故かわかるか? 俺が強えぇからだ!」
鼻息を荒げてフレッチャーは言う。
「いや、たんに嫌われてるだけでしょ」
言わない方がいいかなと思いつつ、言わないのもアレな気がしてニコは言った。
フレッチャーは物凄く怒ったらしい。全身から熱気を帯びた魔力が立ち昇り、針のような赤毛が逆立つ。
「この俺にそれだけの口を叩いたんだ。殺されても文句は言えねぇぜ」
殺されちゃったら文句は言えないけどね。怒られそうなので、ニコは浮かんだ言葉を飲み込んだ。
代わりに言う。
「なんでもいいけど、僕が勝ったらちゃんと約束守ってよね」
フレッチャーの魔力が膨れ上がる。どちらにせよ怒らせたらしい。
「……てめぇこそ、負けたらパシリだ。首輪つけて、犬みたいに引きずりまわしてやる」
それ、本当にやるのかな? 疑問に思いつつ、ニコは肩をすくめた。
今の彼には、何を言っても無駄だろう。
司会役の生徒に促され、二人は所定の位置についた。戦場を半分に分け、お互いに真ん中の位置に立つ。
武器を出すのは開始の掛け声が響いてからだ。身代わり鎧の魔晶石が三つ以上壊れたら負け。反則は特にないが、殺人は普通に犯罪だ。フレッチャーもそこまではしないだろうが。
テレーゼは身代わり鎧を過信するなと言っていた。大部分のダメージは相殺してくれるが、完全に無効化するわけではない。大技を食らえば、余波だけで大怪我をする事もある。実際、フレッチャーは身代わり鎧を着た状態で多くの生徒を病室送りにしている。ニコとしては、言われるまでもない事だったが。故郷にいた頃は職業勇者に同行して色んな依頼を手伝ってきた。実戦経験は豊富である。完璧な防御などない事くらい分っているし、借り物の防具を頼るつもりもない。それ以前に、魔晶石一個三万ジェルだ。そちらの方が余程ニコには問題だった。
そうは言ってもテレーゼはテレーゼでニコの事が心配なのだろう。医術科の生徒にはニコの身体に興味を持つ者が大勢いて、もし大怪我をして意識を失えば、治療と称して何をされるかわからないと脅された。魔導列車の一件の際も、散々骨を折って危ない連中を遠ざけたという。見えない所でお世話になっていたらしい。
実況役の生徒が今回の決闘の経緯を煽情的に囃し立てる。ニコは無実の少女をイジメっ子から守る白馬の騎士か、それとも魔王の子孫に魂を売った悪魔の騎士か。フレッチャーは札付きだが、魔王の子孫であるアルマの評判も良くはない。それに味方するニコは何を考えているのわからない謎の存在という感じだ。こちらとしては真実は一つなのだが、雰囲気的には勝った方の言い分が正しいという事になりそうである。なんだかなぁ~という感じだが、一方でニコを応援する勢力も存在した。ニコやアルマの味方というよりは、フレッチャーに煮え湯を飲まされた生徒達のようだが。なんにせよ、この戦いに勝てば少しはアルマを取り巻く環境を変えられそうだった。
その事を肌で感じると、俄然やる気が出てくる。
見ててねアルマさん。僕、頑張るから!
そんな思いを胸に抱き、ニコは心地よい高揚感を噛み締める。
程なくして、司会役の生徒が模擬戦の開始を告げた。
やる気は十分。
早速ニコは両手を構えて叫んだ。
「出ろ!」
出なかった。
「あ、あれ? 出ろ! 出ろって!?」
羽ばたくように右手を振り、収納腕輪に向かって叫ぶ。
しかし、出ない物は出ないのである。
「なにこれ!? 不良品なんじゃないの!?」
そんな隙をフレッチャーが見逃す訳はなく。
「収納腕輪も満足に使えねぇ癖に、俺に勝負を挑んでんじぇねぇよ!」
炎を纏う短剣型の魔術具、憤怒と激怒を逆手に構えて交差させる。魔力を帯びて、深紅の刀身が輝いた。正面に巨大な構成が広がり、彼を取り巻くように人の頭程もある火球がいくつも浮かび上がる。
フレッチャーは満足そうにニヤリとすると、持ち替えた短剣の一本をニコに向ける。
「吹き飛んじまいな!」
無数の火球の一つが、猛スピードでニコを襲う。
「身体強化!」
慌てて唱えると、ニコは横に飛んだ。直後、着弾した火球が爆炎と共に炸裂し、先ほどまでニコが立っていた場所を黒焦げのクレーターに変える。
灼熱の炎と爆発を両立した爆炎球だ。あんなものが直撃したら、石一つでは済みそうにない。もしかすると、一発で三つ持っていかれる事もあり得る。
「ほらほら! 逃げろ逃げろ!」
愉快そうに笑いながら、フレッチャーが火球を放つ。ニコは強化した脚力で走り回るが、間を置いて放たれる火球は素早く正確で、変則的な軌道や先読みを織り交ぜてニコを狙う。
無数の火球を保持し、個別に制御する技術は大したものだ。火力に任せた脳筋タイプかと思っていたが、大間違いである。フレッチャーは遊んでいるようだが、ニコは避けるのに必死で手も足も出ない。
「どうした! 反撃してこいよ! それとも出来ねぇのか? そういや、勇者ロッドは剣を振るしか能がねぇ脳筋だったか。はっはぁ! てめぇ、さては飛び道具を持ってねぇな!」
あっさり見抜かれる。フレッチャーも素人ではない。火球を飛ばされ、何も出来ず逃げ逃げ回っているのだから当然だ。
「うぅ~! 武具さえあればあんな奴! もう、なんで出ないんだよぉ!」
熱波に炙られ、爆風によろめきながら、なんとか避け続ける。それも長くは持たないだろう。フレッチャーは徐々にこちらの動きに慣れつつある。そもそも本気を出していないのだ。フレッチャーの気分次第でいつ当てられてもおかしくはない。
「けっ。とんだ茶番だ。がっかりだぜ! 魔王女と同じじゃねぇか。口だけのクズ、名ばかりのゴミ、てめぇなんざ倒したってなんの自慢にもなりゃしねぇ。時間の無駄だ、こいつでおしまいにしてやるぜ!」
白けた様子で言うと、フレッチャーが適当に手を振った。周囲に浮かんだ十数個の火球が一斉に飛び出す。
「やばっ」
ニコは呻いた。火球の群れはニコの機動力を計算し、上手い具合に散らされている。どうあがこうが、どれかには当たってしまう。
諦めて、ニコは全身に魔力を漲らせ、防御姿勢を取った。
火球が直撃する。十数個の爆炎球からなる連鎖爆破が、ニコの纏った魔力を吹き飛ばした。身代わり鎧が起動し、目の前に黄昏色の防壁が広がる。それでも、爆破の衝撃を打ち消す事は出来ず、ニコは蹴飛ばされた小石のように地面を跳ねた。
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