第13話 控室にて
「……やはり、私の為にニコ君が危険な目に合うのは間違っている。今からでも遅くない、棄権しよう! 私がアカデミーを辞めれば、フレッチャーの気も済むはずだ……」
小模擬戦場の控室。呼び出しがかかるまでの間、ニコはベンチに座り、テレーゼの簡易的な魔力欠乏症の診断を受けていた。そこに、心配そうに見てたアルマが言ったのだった。
「フレッチャーはそんなタイプじゃないよ。アルマさんだってわかってるでしょ?」
勿論、アルマは分かっているのだろう。心苦しそうな表情がそれを物語っている。それでも、彼女は心配でたまらないのだ。
「……しかし」
「大丈夫だよ。決闘って言っても殺し合いじゃないんだから。身代わり
言いながら、ニコは制服の上から着こんだ胸当て型のプロテクターを指で叩いた。金属製のプロテクターにはビー玉ぐらいの大きさの魔晶石が五つ嵌っている。詳しい仕組みは知らないが、相手の攻撃に反応し、防御魔術を展開してくれるらしい。模擬戦を行う場合は装着が義務付けられているという事だ。
「ここに五つ魔晶石が嵌ってるでしょ? 攻撃を受けると、威力に応じた数の石が弾けて守ってくれるんだって。そこそこの威力なら石一個、大怪我をするくらいの威力なら二個、致命傷なら三個。それ以上はまぁアレだけど。とりあえず三個だめになったら負け。二個も余裕があるんだから大丈夫だよ」
「残り三つの時に物凄い大技を受けたらどうなる! 大怪我で済めばいい。もしニコ君が死んでしまったら、私はどうやって償えばいいんだ!?」
「償いなんかしなくていいよ。アルマさんの為って言うけど、これは僕が好きでやってる事なんだから」
「ニコ君……君って奴は、どこまでお人よしなんだ……」
止められないと悟って、アルマの目に涙が滲む。
「アルマさんは心配しすぎ。フレッチャーは強敵かもしれないけど、僕だって強いんだから。そう簡単に攻撃を受けたりしないよ。ていうか、僕の方が強いし。この石、一個駄目にするだけで三万ジェムも取られるんだよ?」
「さ、三万ジャム!?」
アルマが声を裏返らせる。
鷹の目亭のケーキセットが学割込みで七百ジェムだ。そんな比較をするまでもなく、貧乏学生には大金である。
「全部壊したら、十五万ジェムという事か?」
顔色を青くしてアルマは言う。
「そ。そんな大金持ってないんだから。痛い思いもしたくないし、無傷で勝つよ。だからさ、心配するより頑張れって応援して欲しいな」
ニコが笑いかけると、アルマは考え込むようにして俯いた。顔上げても迷いが晴れたわけではなかったが、決意の色は浮かんでいた。
「……そうだな。ニコ君は私の為に戦ってくれているんだ。ならせめて、精一杯応援しよう! フレー! フレー! ニ、コ、君! 頑張れー! 頑張れー! ニ、コ、君!」
突然大声を出すと、アルマは不器用に両手を振り回した。
「あははは! いいねそれ! やる気出ちゃった! 応援席でもやってよ!」
「もちろんだとも!」
冗談半分だったのだが、アルマは本気らしい。別に止める理由もなかったが。むしろ、そんな姿を見せた方が、周りの人もアルマがどんな人間か分かってくれるかもしれない。
ニコの正面に立ち、額に手を翳して、見えない何かを感じようするように目を瞑っていたテレーゼが、一仕事を終えたように息をついた。
「終りました」
「どうだった?」
「結果が信じられなくて三回もやり直しました。昨日はあんなに弱々しい魔力しか感じられなかったのに、ほとんど問題ないレベルまで回復しています」
「大家さんがいっぱい食べさせてくれたおかげだね。ツケが増えちゃったから、これが終ったら頑張って稼がないと!」
「回復したと言っても万全の状態ではないんですから。無理はしないでくださいね」
テレーゼが釘を刺す。
ニコもそれは分かっていた。体感としては、普段が十なら今は五ぐらいだろう。それでも、やらないわけにはいかない。昨日はほとんどゼロだったから、それに比べればマシだ。
「わかってるって! それよりテレーゼさん。これどうやって使うの? 剣と盾、しまうのは出来たんだけど、出せなくなっちゃった」
ベンチの下で足をぶらぶらさせながら、ニコは銀色の腕輪の嵌った右手を掲げた。
「
そう言うと、テレーゼが右手を前に出した。彼女の収納腕輪が魔力を帯びて輝き、虚空から巨大なメイスが現れる。彼女は声に出さなくても取り出せるらしい。
収納腕輪はアカデミーの備品で、申請を出せば有料で借りる事が出来る。本来は入学式の後に説明を受けるのだが、ニコやアルマはその時期にアカデミーを休んでいた為知らなかった。昨日の食事中、テレーゼやフレッチャーが虚空から武器を取り出した件について尋ねたら教えてくれた。羨ましくなり、テレーゼにお願いして申請して貰ったのだった。
「おぉ~」感心してニコが拍手をした。
「その細腕で、よくそんな重そうな武器を振り回せるな」
「身体強化の術は戦闘術士の基本ですから。あと、一応医術士なので、人体に影響を与える術は得意なんです。ニコさんの場合は肉体に魔力を集中させる初歩的な身体強化ですけど、私の場合はそれに筋力強化の術も重ねてます」
不思議がるアルマにテレーゼが答える。
「キーワードか~、なにがいいかな?」
「なんだっていいですよ。コツさえ掴めば、すぐに無詠唱で取り出せるようになりますから」
「そっか。じゃ~……出ろ!」
目を瞑って集中すると、ニコは掛け声と共に両手を突きだした。今度は成功し、それぞれの手に肉厚の片手剣と金属製の丸い小盾が現れる。
「出来たじゃないか」
ぱちぱちと、アルマは嬉しそうに胸の前で小さく拍手をする。
「そういえばさ、アルマさんは武器とかないの?」
「ないな。そもそも武術の心得がない。武器を人に向けるなんて、想像するだけでゾッとするよ」
「アルマさん……そんなんでよく職業勇者になろうと思いましたね。戦闘術士の資格なんですよ?」
呆れるようにテレーゼが言う。一口に勇者と言っても、活動スタイルは人それぞれだ。賞金首や犯罪者を専門に扱う者、魔物退治や狩りで生計を立てる者、テレーゼのように救命救助を目的とする者。貴族や金持ちの間では勇者資格がステータスになり、特に目的もなく取る者もいるそうだが。そういった例外はあるにしても、基本的には戦う事を生業とする職業資格なのである。
「……孤児院の仲間に言われたんだ。勇者になれば、魔王の子孫の私でも、周りから白い目で見られず、胸を張って生きられるようになると。良い考えだと思った。もしも私に魔王の子孫と呼ばれるだけの力が本当にあるのなら、その力を使って人助けをして、人々から尊敬される人間になりたい。それ以上の事は考えていなかった……我ながら、浅はかだったと思う」
アルマは苦く笑った。入学前から今日まで、トラブル続きのアルマである。イジメや偏見も含めて、想像していた勇者学校での生活とは違っていたのだろう。フレッチャーのような生徒が野放しにされているのを見て、ニコも違和感を覚えていた。勇者とは、もっとこう、かっこよくて正しい存在ではないのだろうか?
一方で、一概にそうではない事もニコは薄々気づいていた。絵本に出てくる勇者達と今世の中で活動している職業勇者は同じではない。前者は人々の為、後者は金の為に働いている。だから、ニコの故郷のように貧しい州には勇者があまりやってこない。慈善事業ではないのだから、旨味のない依頼が嫌われるのは当然だろう。だが、全ての職業勇者がそうではない事もニコは知っている。アールマイア合州国の最北端、辺境の名を欲しいままにする極寒のベルファレストにも来てくれる勇者はいる。雀の涙のような報酬の為に、身の危険も顧みず戦ってくれる勇者はいるのだ。そんな物好き達の背中を追いかけて育ったニコである。アルマの考えをおかしいとは微塵も思わなかった。
「そんな事ないよ!」
力強くニコは言う。
「勇者の仕事は人助けだもん。乱暴者より、アルマさんみたいに優しい人の方が向いてると思うな」
「ニコ君……気休めでも嬉しいよ」
「気休めじゃないよ! 僕みたいに戦う事が好きだと、ついついそっちが目的になっちゃうもん。でも、アルマさんみたいに戦う事が嫌いだったら、相手を傷つけないで済むように物事を解決しようとするはずでしょ? それってすごく勇者っぽいよ!」
「そんな事が出来るとしたら、相手の何倍も強くないといけないですけどね」
冷静にテレーゼは言う。その通りかもしれないが、ニコはアルマの夢を応援したかった。
「どちらにしても、私には荷が重そうだな……」
「そうかなぁ? テレーゼさんもアルマさんには魔術の才能があるって言ってたし。これからアカデミーで勉強すれば、魔王パワーが開花するかもしれないよ?」
「魔王パワーは遠慮したいんだが……」
「アルマさんなら、魔王の力でも正しく役立てる事が出来るんじゃないですか? ……知りませんけど」
最後に付け足すと、テレーゼは照れ臭そうにそっぽを向いた。
「……そうだといいな」
卑屈な笑みでアルマは言った。魔王の子孫という理由で蔑まれ、疎まれ、忌み嫌われてきたアルマである。短い付き合いでも、彼女がどんな仕打ちを受けてきたか、想像するのは難しくない。そうやって、大勢の人間によってたかって自尊心を踏みにじられて育ったのだ。卑屈にならないわけはない。そのせいで、アルマは自信を失っていた。未来を信じられず、出来る事すら出来ないと思うようになり、踏み出す事を恐れている。だが、そうではない。アルマは良い子だ。理由はどうあれ魔術の才能もある。頑張れば、大きな夢だって掴めるはずだ。
「絶対そうだよ! その為にも、フレッチャーをやっつけて、アルマさんに意地悪するのは間違ってるんだってみんなに分って貰わないとね!」
跳ねるようにベンチから降りると、ニコは控室の入口に視線を向けた。
釣られて二人もそちらを見るが、扉は閉まったままだ。
「どうかしたのか?」
不思議そうにアルマが尋ねる。
ニヤリと笑い、ニコは指を折って数えた。
「さん、に、いち、どん」
どんのタイミングで扉が開き、係の生徒が決闘の準備が整った事を知らせる。
魔力は五割でも、気分は絶好調だ。魔力の流れや人の気配が、目を瞑っていても感じられる。はっきり言って、負ける気がしない。
驚いて振り返る二人に、不敵な笑みを浮かべてニコは言った。
「絶対勝つから、帰ったらお祝いしようね」
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