第6話 押し掛け勇者のお節介

 だんだんだんだんだん!

「アルマさん!」

 だんだんだんだんだん!

「アルマさん!」

 だんだんだんだんだん!

「アル――」

「近所迷惑だ!?」

 安っぽい応急処置が痛々しい扉を勢いよく開いてアルマが出てくる。

 前のめりになって扉を叩いていたニコは勢い余って前によろけた。

「――はむっ?」

 柔らかな物に挟まり、ニコは視界を失う。

 押しのけようと両手でそれを掴んでから、その正体に思い至る。

 恐る恐る谷間から顔をあげる。

 殺し屋の目をした少女が、頬を赤くしてこちらを見下ろしていた。

「……えへ」

 とりあえず笑ってごまかしてみる。

「この、破廉恥勇者が!?」

 アルマの拳がニコの脳天を直撃した。


「ずびばぜんでじだ!」

 あの時とは逆に、今度はニコが正座している。

 追加の往復ビンタで頬をパンパンに膨らませ、言うのだった。

「ぐるるるる! 可愛い見た目で油断させ人の乳を揉みしだいて! 君は一体なんなのだ!?」

「わざとじゃないんだってばぁ~!」

 涙を浮かべてニコは言うが。

「信じられるか!?」

 二度目である。そう言われても仕方ない。

「それはそうとなんで学校に来ないの?」

 気持ちを切り替えニコは尋ねた。

「それは……君には関係ないだろう……」

 急に歯切れが悪くなり、アルマが視線を外す。

「関係なくないよ! 僕達友達でしょ!」

「とも、はぁ!?」

 わけがわからないと言う風にアルマが叫ぶ。

「いつから私と君は友達になったんだ!?」

「一度会ったら友達で毎日会ったらファミリーだよ!」

 ペロリと舌を出し、親指を立ててニコが言う。

「友達の敷居が低すぎるだろ!? あと、家族の敷居が高すぎる!」

「一緒に戦った仲だし。勇者の子孫と魔王の子孫が友達とか、面白くない?」

「全然面白くないし誰がどう見てもおかしいだろうが!」

「僕はそうは思わないけど。とにかく、僕はアルマさんの事を友達だと思ってるから! こうして午後の授業をサボって様子を見に来たってわけ!」

 ニコの言葉に、アルマはかすかに申し訳なさそうな気配を見せる。

「……そんな事、私は頼んでない」

「僕が心配だから来たんだよ。あんなに退学を嫌がってたのに来ないなんて、絶対変だもん! なにか事情があるんだよね?」

 ニコは尋ねた。理由を聞くまで、今日は帰らない覚悟である。

 小さな子供のようなニコが、真っすぐに長身のアルマを見上げる。

 アルマは眩しそうに眼を細めると、美麗な顔をくしゃくしゃにして泣き出した。

「ぅう……うぅ……うぁああああああああああ」

「アルマさん……」

 やはりなにかあったのだ。

「なにがあったの?」

 落ち着くまで待つと、ニコは尋ねた。

「えっぐ……ぐす……ぐす……退学が取り消しになった後だ。やっとアカデミーに通う事が出来る。勇者になって、孤児院のみんなに恩返しができる! そう思って学校に行った。馬鹿だったよ。退学が取り消しになった所で、私の行いがなかった事になるわけではない。私は君を殺しかけた。勇者ロッドの子孫である君を、魔王バロットの子孫である私が! 知らない者は誰もいない。全員が、私に白い目を向けてきた。名前も知らない、会った事もない、縁もゆかりもない何千人もの生徒達が! 彼らの目は言っていた。どの面を下げてお前はここにいるんだと。恥はないのかと。魔王の子孫が勇者になろうとする事だけでもおこがましいのに、その上勇者の子孫に手をかけて、どうしてここにいられるのかと。目だけではない。彼らは、公然と私の悪口を言ってきた。聞こえるように言ったのだろう。誰に隠す必要がある? みんな私が嫌いなんだ。目障りだと感じ、消えてくれと思っている。それでも、私は気づかないフリをして授業に出た。滑稽だったよ。私の周りの席には誰も座らない。後ろからは丸めたノートや消しカスが飛んでくる。髪の毛にはガムをつけられた。トイレに行けば上から水をかけられ、挙句の果てに――」

「もういいよ」

 ニコが遮った。

「事情は分かったから。大変だったね」

 すんすんと声を殺してアルマは泣く。

 落ち着くと、アルマは力なく首を横に振った。

「君のせいじゃない。きっと、どのみちこうなっていたんだ。魔王の子孫が勇者になろうと考える事自体間違っていた……私は、ここに来るべきではなかったんだ……」

「そんな事ないよ! アルマさんはなんにも悪い事してないでしょ? 魔王の子孫とか、そんなの関係ないよ!」

「皮肉なものだな。勇者の子孫の君だけが、私の事を認めてくれる。ニコ君。君は良い奴だ。良い奴すぎて腹が立つよ。私が考えている事を教えてやろう。君はそちら側だからそんな事が言えるんだ。勇者ロッドの子孫というだけで万人に愛され、認められ、大事にされ、何不自由なく、誰に蔑まれる事なく生きてきたんだろう。だからそんな事が言えるんだ! あぁ! 私は君が憎い! 憎くて憎くてたまらない! 君と私はそんなに違うのか!? 同じ人間ではないのか!? 私は……私は! どうしてだ……どうして……こんな扱いを受けるなら、生まれてこない方がマシじゃないか……」

 胸の中の黒い炎を吐き出すと、アルマは燃え尽きた様に泣き崩れる。

 ニコは黙って見守った。

「……幻滅しただろう。私にも邪悪な魔王の血が流れている。君のように高潔な人間ではないんだ。わかったら、もう帰ってくれ。私はアカデミーを辞める。もう会う事はないだろう」

「そんな事言わないでよ」

 慰めるようにニコは言う。

「君にとやかく言う筋合いは――」

「あるよ! 言ったでしょ、友達だって! 友達が困ってたら見過ごせないよ!」

 アルマが茫然とする。

「……やはり、君は馬鹿なのか?」

「馬鹿だよ。でも、アルマさんをイジメる人はもっと馬鹿! アルマさんは邪悪なんかじゃないよ! そんな事されたら僕だって怒るもん! 僕みたいな恵まれた人に無責任な事を言われたらムカつくと思うし!」

 唖然として、アルマは呟く。

「……君がそれを言うのか?」

「言うよ。本当の事だもん。いいじゃん、憎くても。人間だもん、誰かが憎くなる事だってあるよ。でも、だからってアルマさんは僕を傷つけようとはしなかったよね? 憎いけど、ぐっと堪えて、自分の方からいなくなろうとしてる。間違ってると思うけど、それってすごく優しい事だよ。全然邪悪なんかじゃない!」

「……なんなんだ君は。今更そんな事を言われて、私にどうしろと? アカデミーには私の居場所なんかないんだ。そんな風に励まされて、私はどうすればいい? もう、心は折れてしまったのに……どうしろというんだ!」

「一緒に頑張ろうよ! 僕も手伝うから! 一人じゃ無理でも、二人なら大体の事はなんとかなるって!」

「やめてくれ……もう十分だ。気持ちは嬉しいが、君には君の人生がある。出来もしない事を言って期待を持たせるのはやめてくれ」

「あ! 酷い! アルマさん、僕の事口だけの奴だと思てる? 退学の時だって、ちゃんと学長に掛け合ってナシにして貰ったのに!」

 頬を膨らませてニコが異議を唱える。

「それはそうだが……しかし、君に何が出来る?」

「それはわかんないけど! う~ん、なんだろな~」

 腕組みをして考えてみる。

 アルマの為に、自分に何が出来るだろうか。

「そうだ! 明日から一緒にアカデミーに通うってのはどう? それで、授業も一緒に受けるの! アルマさんが僕の事をやっつけたって理由でみんなが怒ってるんだったら、仲良くしてる所を見せたら誤解も解けるんじゃないかな?」

 ウキウキ顔でニコは言う。我ながらナイスアイディアだ。

「……ニコ君。気持ちは嬉しいが、そんな単純な話じゃない」

「そうかなぁ? 効果あると思うけど。やるだけやってみようよ! もしだめでも、意地悪する人がいたら僕が注意してあげるよ!」

「……やめておいた方がいい。下手に私を庇えば、君まで嫌がらせを受ける事になるかもしれない。ニコ君にはもう、充分すぎるくらいに迷惑をかけた。その気持ちだけ、充分だ」

「僕の事心配してくれるの? も~、優しいんだから~! でも大丈夫! 僕、そういうの平気だから!」

 ダブルピースで答えると、ニコはアルマの部屋を見渡した。

 ベッドと机があるだけの殺風景な部屋だ。椅子など足が一本折れている。物凄く狭くて、二人は愚か、一人でいても息がつまりそうだ。窓ガラスはひび割れて、端っこが欠けて大きな穴が空いている。床は腐りかけて踏むとへこんだ。全体的に、湿った煙草のような嫌な臭いがした。

「一緒に登校するとなると、ここってちょっと遠いよね。僕、朝弱いから、ここまで迎えに来るのはちょっとな~」

「いや、勝手に話を進めないでくれ」

「ていうか、最初に来た時から思ってたんだけど、ここって女の子が一人で住むような場所じゃなくない? スラムも近いし、周りは如何わしいお店ばっかりだったし。丁度いいから引っ越しちゃおうよ! うん、それがいい!」

「無理を言わないでくれ。私だってこんな所に住みたくはないが……知ってるだろ? お金がないんだ……」

 恥ずかしそうにアルマは言う。

「僕にいい考えがあるよ! 僕が借りてる下宿の大家さん、すっご~~~~く良い人なんだ! 部屋も丁度空いてたし! ちゃんと事情を話せば家賃後払いで貸してくれるんじゃないかな!」

「それは君が勇者の子孫だからだ! 私が金がないという理由だけでこんな所に住んでいると思ったのか? まともな下宿は私の顔を見ただけで門前払いにされたよ!」

「まぁ物は試しって事で! だめなら別の手を考えるから! さぁ行こう、今行こう、レッツゴー!」

 アルマの手を握って引っ張る。

「肌に触れるな!」

 ぎょっとして振り払おうとするが、ニコはしっかり掴んで放さない。

「大丈夫だよ。あの時とは違うもん。アルマさんが落ち着いてれば、暴走したりはしないでしょ?」

「万が一という事もあるだろうが!」

 まるで、ニコの方が危害を加えようとしているかのように、アルマは怯え、手を放そうともがく。それでもニコは放さない。

「ないよ。僕は不死身の勇者の子孫だもん」

 ニッコリ笑うと、ニコは強引に手を引いてアルマを外へと連れ出した。

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