新装備『シュバルツ・クライノート』

「実を言うと、もう衣装は出来てるんじゃよ」


「は?」



 アリアさんとアカちゃんの手でボッコボコにされ、見るも無残な姿になったニャルニャルは、ポーションでびしょびしょになりながらそんなことを言った。


 衣装が出来てる? どういうことだ?


 さっきまで俺の衣装を作るために、セクハラすれすれ……というか、もう百パーセントセクハラな採寸をしていたじゃないか。


 じゃあ……。



「さっきのセクハラに何の意味が?」


「ウチの趣味じゃよ!」


「フンッ!」



 ビシッ、とサムズアップをし、満面の笑みで言い切ったニャルニャルへ、俺は首切り君を振るった。


 不意討ち気味のわりと必殺を確信した横薙ぎは、「わひゃえぁ!?」と変な悲鳴を上げて転がったニャルニャルに避けられ、空を切った。


 ……チッ、外れたか。


 カンのいいヤツめ、命拾いしたな。


 眉をひそめながら首切り君をインベントリにしまっていると、ガバリと起き上がったニャルニャルが震えた人差し指をこちらに向けてくる。


 

「な、なにをするんじゃよ!? ウチのプリティな頭が身体とグッバイするところだったんじゃよぉ!?」



 と、真っ青な顔で叫ぶニャルニャル。頭と胴体をグッバイさせるつもりで首切り君を振るったんだから当たり前じゃないか。


 追い打ちは……まぁ、ガタガタ震えて首をしきりにこすっているから、無しにしといてやろう。



「別にいいんじゃないか? お前、首だけになってもそのまま喋ってそうだし」


「辛辣にゃァ!? え、ちょっ!? 初対面なのに対応が塩すぎじゃね!? ウチ、なんか悪いことしちゃったかにゃ!?」


「マジで言ってんの???」



 俺が逆に聞き返すと、ニャルニャルは「はえぇ?」と間抜け面をさらしながら首を傾げた。

 

 モノクルの向こうに見える琥珀の瞳には、どこまでも純粋な疑問が浮かぶのみ。


 コ、コイツ……セクハラしたことを一切悪いと思っていない!?


 タチが悪いとかそういうレベルじゃないな……やっぱり、もっかい首切り君にご出動願おうか?


 俺はそんなことを考えながら、アリアさんとアカちゃんの方を見る。


 ニャルニャルを指さし、続いて手刀で自分の首を掻っ切る仕草する。「やっちゃって、OK?」。


 二人はそろって頷くと、アリアさんは中指をおったて、アカちゃんは勢いよくサムズダウン。「存分に、いかようにも」、「……地獄を、見せて」。


 うん、ニャルニャルとの付き合いが俺よりも長い二人がこう言ってくれていることだし、遠慮なくやってしまおう。


 さぁ、首切り君。セクハラ野郎……女郎? の血を吸う時間だよ。



「にゃぁあああああ!? 待って待って待って!? なんて自然な流れで死刑執行しようとしてるにゃ!? 裁判は!? 弁護士を付けさせてほしいんじゃよっ!」


「メイ、あなたが弁護人をやりなさいな」


「かしこまりました、お嬢様。では、ニャルニャル様の弁護人として、今回の刑執行に全面同意させていただきます」


「弁護する気ゼロなんじゃよぉ!? わ、わかったにゃ! 謝るっ! 誠心誠意セクハラしたことはあやまるんじゃよっ!? なんなら秘伝の後方三回転半捻りジャンピング土下座をお見せするにゃ! だ、だから許して欲しいんじゃよぉ~~~~!!!」



 コイツ、実は余裕があるんじゃないか?

 

 正座をして「ははー!」と床にべっとりと額と両手を付けているニャルニャルに懐疑的な視線を向ける。


 ニャルニャルは「ちらっ」とこちらの反応を伺い、また慌てて土下座の体勢の戻った。



「……ねぇ、ますたー。もういいんじゃないかしら。たぶん、このままだとずっとこうよ」


「まぁ、それもそうだな……」



 ローザネーラに言われて、俺は首切り君をインベントリにしまった。ごめんな、首切り君。何度も出てもらったのに血の一滴も吸わせてやれなくて。またいっぱい魔物を斬り殺そうな……。


 ニャルニャルは凶器がしまわれたのを見て、ぴょんと飛び起き、頭を掻きながらにへら・・・と笑みを浮かべた。



「いやぁ、マジで殺されるかと思ったんじゃよ……。ヴェンちゃん、ちょっと怖すぎじゃね? ウチ、ちょっとちびるかと思ったくらいにゃ。ちっこいののおかげで助かったんじゃよ! ありがとにゃ!」


「ちっこいいうんじゃないわよ! ますたーがくびきるまえに、ワタシのまほうでけしずみになりたいのかしら!?」


「ひょえぇ! こ、怖いんじゃよぉ……。召喚主にちょっと似すぎじゃないかにゃ?」


「ますたーといっしょにするんじゃないわよ」


「オイこら、ローザネーラ」



 ニャルニャルにガルルと嚙みついていたローザネーラの言葉に思わずツッコミを入れると、彼女はとても不思議そうな顔でこちらを見た。


 「え? おかしなますたーといっしょにされたくないのはとうぜんじゃない」とその瞳がなにより雄弁に語っていた。


 ……うん、これ以上はやめよう。俺の心が死んでしまう。


 

「ま、まぁまぁ、それはともかく。ヴェンちゃん、さっそく着替えるんじゃよ! 気になってるじゃろ、新衣装! どんなのかウッキウキわっくわくで夜も眠れなかったはずじゃよ!」


「いや、俺はそこまで……」


「――――ウチが!」


「お前がかよ」


「当然、私もですわ」


「……わたしも」


「アリアさん!? アカちゃん!?」



 思わぬところから飛んできた声に驚いているうちに、ニャルニャルにぐいぐい引っ張られて店の奥に連れてこられた。


 みんなの前から隠れ、カメラくんの視線も切ったところで、ニャルニャルがコソコソと内緒話をしてくる。


 なに? どうせならお披露目は派手にやりたい? まぁ、配信的にもそれはありがたいんだが、どうするんだ?


 え? なに、この店ステージまであるの? 何のために? ……客をだまくらかしてファッションショーをさせるため? つまり、純然たるお前の趣味ってことか。ふざけてるな。 


 で、これが俺の新衣装か……え? これを着るのか? え? 本当に?


 いやだってこれ、ほとんど……。なに? 今更? いやまぁ、それを言われたら何も言えなくなるけどさ……。


 渡された新衣装を広げ、それを着ている自分を想像して……ええい、臆するな! 


 配信的には間違いなく美味しいんだから、躊躇なんてしちゃだめだ! 


 恥ならまだ短い配信者生活の中で思う存分かいてきただろうが。いまさら一つや二つ増えたところで、なんだってんだ。


 自分にそう言い聞かせ、意を決してニャルニャルから受け取った新衣装を身に纏う。


 インターフェイスを操作して、メイド服から新衣装に着替え……うわっ、これは思ったより……。


 俺が新たな衣装に驚きと戸惑いを胸の中で渦巻かせつつ、自分の身体を眺めていると、ニャルニャルは非常に満足そうな笑みを浮かべ。



「うんうん、最高じゃね、ヴェンちゃん! これはきっとみんなも驚くんじゃよ!」


「俺も絶賛驚愕中だけどな……ええい、やってやる! 男は度胸!」


「いや、ヴェンちゃんはどっからどう見てもカワイイ女の子ですにゃ?」


「……言葉の綾だよ」



 ニャルニャルに案内されたステージの上。幕が閉じて薄暗いそこで、呼吸を整えつつファッションショーとやらが始まるの待つ。


 しかし、これから……こんな格好をみんなに見られるのか……。


 心を強く持て、俺ェ。

  


『さてさて皆々様、ご覧あれにゃ! ウチが夜なべして作り上げた至高の一品! ヴェンちゃんの魅力を余すこと引き出す最高の衣装、『シュバルツ・クライノート』を!』



 閉じた幕の向こうで、芝居がかった口調で高らかに宣言する。つられるように、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。なんか、やけに力が入っているな……?


 いよいよその時が来たと、俺はごくりと唾を飲み込む。



『では、出てきてもらうにゃ!! サイコーにキュートな小悪魔ヴェンちゃんを、是非ともご照覧あれにゃ!!』



 そして、幕が上がり――。 

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