セクハラ駄目ゼッタイ
デカ盛りカツカレーと家系ラーメンを同時に出されて、「たんとお食べ」と言われている気分だった。
正体を現したニャルニャルは、エキゾチックな雰囲気を纏う小柄な美少女だが、言動があまりにもアレすぎた。
話し方、変な語尾、取っ散らかったイントネーション。ハスキーめの綺麗な声をしているのに、それを全て台無しにするレベルで、『ウザい』という感想しか出てこない。
衝撃とウザさを周囲に巻きちらす、テロみたいな登場&自己紹介をしたニャルニャルはというと……。
「いやぁ、アリちゃんと暁ちゃん、本当にナイスじゃよ~。こーんな可愛くてオモシロそうな子を連れてきてくれるなんてにゃ~。ヴェンデッタちゃんじゃったっけ? じゃあ、ヴェンちゃんじゃね。うーん、それにしてもいい素材してるのにゃ~。何を着せても似合いそうじゃね~。テンション上がるんじゃよ~!」
「近い近い近い近い近い近い近い近い!」
絶賛、俺に纏わりついていた。
見てまわる、というよりも嗅ぎまわると表した方が正確な距離で、俺の全身を観察している。
挨拶が終わり、二、三言葉を交わしたと思ったら速攻でこれである。工程をいくつも吹っ飛ばしてる感がすごい。
あまりにぐいぐい距離をつめてくるから、ローザネーラはさっさと避難して、今はメイさんの背後に隠れている。アイツ、仮にも主人を置いて逃げるなんて……。
ニャルニャル曰く、装備を見繕うにはその人のことをしっかりと知っておきたいということらしい。
その言葉はまっとうで、言っていることも理解できる。
出来るのだが……。
・絵面が完全に犯罪者なんよ
・顔がヤベェ
・なんか一人だけ作画崩壊しとるヤツおるな?
・VRゲーで作画崩壊とかするわけ……してたわ
・ヴェンデッタちゃんをクンカクンカするとかズルくね?
・俺ちょっと聖騎士から装備職人に転職してくるわ
コメント欄でも言っているように、問題はニャルニャルの顔だった。
真っ赤に上気し、だらしなく緩んだ頬。
半開きで今にも涎が垂れそうな口元。
怪しげな光を宿した瞳。
控えめに言って、不審者以外の何者でもなかった。
時折、「うぇっへっへっへっへっへ……」と背筋が寒くなるような笑い声が聞こえてくるので、怪しさは倍ドンである。
正直、今すぐにでも首切り君にご登場してもらい、纏わりついているコレをバッサリやってしまいたい衝動に駆られるが、普通にPKになってしまうので我慢した。
ぐるぐるとバターにでもなるつもりなのかというくらい俺の周りを回っていたニャルニャルは、俺の正面でぴたりと止まると、うんうんと頷く。
「んんぅ~! ヴェンちゃんはあれだにゃ。全身嘗め回したくなるくらい美少女さんだけど、特に瞳が魅力的じゃねん」
「途中の発言は聞かなかったことにする。で、なんだって? 瞳?」
「嘗め回したくなる」で実際に舌なめずりをしたニャルニャルから一歩距離をとりつつ、俺は尋ねた。
ニャルニャルはずいっと一気に距離を詰め、俺の顎に指を当てて上を向かせると、瞳を覗き込んでくる。
驚いてさらに後ずさろうとするも、ニャルニャルの視線が俺を掴んで放さない。
琥珀色の瞳に俺の顔が映り込み、左右非対称のツインテールがゆらり、と揺れる。
「不思議な瞳にゃ。絶対に混ざり合わないはずの二つが、奇跡的に合わさってしまったような。力強くて、か弱くて、誇り高くて、卑屈で、幻想的で、現実的。黄昏時の空のように、吸い込まれてしまいそう――――」
朗々と、歌うように言葉を紡いだニャルニャル。
その言葉と俺を見つめる瞳があまりに真剣で、発言の内容も相まって、思わずドキリと心臓が跳ねた。
顔を強張らせた俺を見て、ニンマリと深い笑みを浮かべた。
「――――ウンッ! やっぱりヴェンちゃんは最ッ高のモデルじゃねんっ! 脳汁と創作意欲ドバドバでオーバーヒートしちゃいそうじゃよ!」
「のわぁあ!」
ガバリ、といきなり抱き着いてきたニャルニャルに、軽く悲鳴を上げる。
・おっと、唐突な百合展開ktkr?
・どっちかっていうと、軟体生物に寄生されかけているところかな
・顔が変態すぎる。通報するべきでは?
・いけ! そこだ! ヴェンデッタちゃんをちょっときわどい感じにしろ!
・コメントにも変態がいるな
・こっちも通報するべきでは? 通報したわ
ちょ、なにをする!? 若干ミステリアスっぽさを出しておきながら、いきなりふざけた態度に戻るのは辞めないか! 脳味噌がバグるだろうが!
あとコメントォ! 何を期待している!?
これそういう配信じゃないから! ポロリは無いから!
一瞬、元男なのがバレたかと思ってビックリしたけど、なんかそれっぽいこと言ってるだけ……だよな?
ええい、ただのおふざけ野郎なのか、そうじゃないのかわかりづらい!
「うへへぇ……この未成熟なロリボディがたまらないんじゃよぉ~。すべすべぷにぷにで、ずっと触っていられるんじゃよぉ~! こ、これも衣装を作るためだからねん! やましい気持ちなんて、コレぽっちもないんじゃよぉ!」
……とりあえず、人の身体をべたべたと触りまくっているニャルニャルをどうにかするか。
最初は肩とか背中とかだったけど、だんだんきわどいところまで手が伸びてきているし。
何より、なんか背後から怖いオーラを感じるからな。早めに何とかしないと、俺も巻き込まれかねない。
俺はそろり、と下半身に伸びてきたニャルニャルの手を掴み、「はぇ?」と間抜け面を晒しているヤツを尻目に、くるりと反転。
そのままニャルニャルを背負い、俺の後方めがけてぶん投げる!
「放せ、変態っ!」
「ひょわわわわわわ――――へぶぅ!」
簡易的な一本背負いで吹っ飛んでいったニャルニャルは、床に潰れたカエルのように墜落した。
そんな彼女の背後から、歩み寄る影が二つ。
「いてて……んにゃー、ちょっとやりすぎちゃったんじゃよ。でもこれも、ヴェンちゃんが魅力的すぎるのがいけない――――って、あり? アリちゃん? 暁ちゃん?」
ニャルニャルもそれに気づいたようで、振り返り――――さっと、顔を青ざめさせる。
そこに立っていたのは、全身から「ゴゴゴゴ……」と擬音が発生しそうなオーラを身に纏った、アリアさんとアカちゃん。
二人は、据わった目でニャルニャルを見つめるとゆっくりと口を開く。
「「……ニャルニャル?」」
ゾッとするような低い声が、ニャルニャルの名前を呼ぶ。
離れたところで聞いている俺でさえぞっとするようなその声音は、もはや死刑宣告に等しかった。
「ニャルニャル、YESロリータNOタッチの鉄則を破ったあなたには、想像を絶する苦痛を受けていただきますわ」
「……ヴェータちゃんを弄んでいいのは、わたしだけ。ベタベタベタベタ……許さない」
ドスの利いた二人の声に、ニャルニャルは涙目になりながら必死に首を振り、何とか弁解をしようとする。
「ち、違うんじゃよ! こ、これはちょっと暴走しちゃっただけというか、これがウチの芸風というか……ゆ、許してほしいんじゃよぉ~~~~!」
その姿はまるで、蛇に睨まれたカエルのよう。しかも今回はヘビが二匹。絶望は倍以上だ。
ところで、アリアさん? アカちゃん?
君たちの発言にもいろいろとツッコミたいところがあるんだけど?
「あら、遺言はそれでよろしくって?」
「……散り際くらい、無様を晒すな」
「ピィ! ヴェ、ヴェンちゃん! 助けてぇ! ウチ、殺されちゃうんじゃよぉ~~!!」
……無言で、視線を逸らした。
俺にだって、怖いもん、近づきたくないもんはあるんだよ。
俺に見捨てられたニャルニャルが、顔色を青色から土気色に変えたその瞬間、彼女の両肩にポンと手が置かれる。
「さぁ、ニャルニャル?」
「……少し、反省しろ」
「ひぇえっ! ――――ぎょわぁああああああああああああああああああああああっ~~~~!!」
断末魔の叫びを上げるニャルニャルから、そっと目を逸らし、俺は彼女の冥福を祈るのだった。
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