エロティック・デスサイズ、混沌衣装屋の爆笑、血を流す令嬢、暴走する桜狐

 ステージを見つめる者たちは、それぞれ違った面立ちをしていた。


 ローザネーラはどこかそわそわと落ち着かない様子で。


 メイはいつものアルカイックスマイルを崩さず。


 カメラくん越しの視聴者たちは興奮の絶頂に飲み込まれ。


 暁は目をかっぴらいて瞬き一つせずに狐耳と狐しっぽをピコピコブンブンし。


 アリアンロッドは何処からともなく取り出した『ヴェンデッタちゃんしか勝たん』『斬首刑にして♡』と書かれたうちわを両手に持って。


 なんか様子がおかしいのと頭がおかしいのが一人ずついたが、それはさておき。


 十人十色な視線を受けるステージの幕にスポットライトがあたり、ニャルニャルの芝居がかった前口上が高らかに謳いあげられる。



『では、出てきてもらうにゃ!! サイコーにキュートな小悪魔ヴェンちゃんを、是非ともご照覧あれにゃ!!』



 その言葉に、観客の興奮は最高潮を迎え。


 バッ、と開いた幕の向こうを見た瞬間に、限界を悠々と突破してみせた。


 ステージの上で静謐な雰囲気で佇むは、新たな装束に身を包んだヴェンデッタ。


 ――――死神。


 網膜に飛び込んできた情報が脳に届くと同時に、そんな言葉が見る者のまぶたに浮かび上がる。


 漆黒。スポットライトに照らされてなお暗い黒の上衣は、オーバーサイズのパーカージャケット。


 材質は重厚な革で、所々に鋲や鎖の装飾が散りばめられている。


 袖口や裾を紫紺のフリルが飾り、ゴシックロリータとパンクファッションをないまぜにしたような意匠をしていた。


 明らかにヴェンデッタの身体よりもサイズが大きく作られたそれは、身体のラインを完全に隠し、袖は指先が少し見える程度。


 裾は太ももの上部までを隠しており、白く美しい脚線が惜しげもなくさらされていた。


 大きなフードには悪魔の角を通す穴が付いており、彼女の巻き角が露になっている。

 

 髪型も側頭部の高い位置で結んでいたツインテールから、首辺りで緩く結んだ低めのツインテールに変わっている。


 さらに、左目には黒地の眼帯が嵌められていた。


 メイド服を着ていた時の雰囲気は消え、どこか妖しげな艶を感じる流し目を見る者に向けるヴェンデッタ。


 その雰囲気に魅せられた観客は、静寂を破って口々に感想を述べていく。



「わぁ……かっこいい……!」


「とてもよくお似合いですね、ヴェンデッタ様」



・おお、これまでとはガラリと変えてきたな

・エロゲキャラがバトル物のキャラになった感

・くっ、右腕が疼いてくるぜ……!

・厨二感がすごいのはわかる

・おみ足エッじゃない?

・わかる、ぺろぺろしたい



「……フゥー! フゥーッ!」


「キャー! ヴェンデッタ様ー! 素敵ですわー! キャー!」



 様子がおかしいのと言動がおかしいのが一人ずついるが、それはさておき。


 声援を受けたヴェンデッタは、そのままステージから降りてくる……かと思いきや、何やら意味深な目くばせをニャルニャルに向ける。


 ニャルニャルはそれに、満面の笑みでサムズアップを返す。ヴェンデッタの目から一瞬だけハイライトが消えた。


 そんなヴェンデッタの様子に観客たちがそろって疑問符を浮かべていると、何かを振り払うように首を左右に振ったヴェンデッタが、キッと視線を鋭くする。


 そして――――ふわり。


 両手を横に広げて、くるりと駒のように一回転。


 風圧で裾がめくれ上がり、その下からレザーのホットパンツに包まれた尻と鼠径部、そしておへそまでもが露になった。


 暁の尻尾フリフリが残像を残すほど速くなり、アリアンロッドがビシリと硬直する。


 若干二名がクリティカルヒットを喰らったが、ヴェンデッタの行動は終わらない。


 今度は片手を顔の前にかざし、もう片方の手を腰に当てて前かがみになった。


 するとどうなるか。オーバーサイズのパーカーコートの襟口が重力に従って垂れ下がり、その中が見せつけられるのだ。


 ほっそりとした鎖骨、ホットパンツと同じ素材で作られた三角ビキニに包まれた慎ましやかな胸元、肉付きが薄く、されどしっかりとくびれた腹部までが、広がった襟口から覗いている。

 

 どことなくエロティックなポーズで視線を集めたヴェンデッタは、最後にパチンとウインクを一つ。



・エッッッッ!

・ヌッッッッ!

・あーダメダメいけません。エッチすぎます!

・上半身むぼうびすぎdっわ?

・これが……悟りか……

・切り抜き決定しましたー!



 コメント欄はお祭り騒ぎ。理性を失いかけている者、色々と忙しくて誤字だらけのコメントを送る者、いくところまでイって逆に落ち着いている者と十人十色の阿鼻叫喚。


 ローザネーラが顔を真っ赤にし、メイは「あらあら」と口元に手を当てる。


 暁の瞳孔が縦に裂けて毛が逆立ち、アリアンロッドが鼻から赤いモノを吹き出してふらりと倒れ込んだ。


 約二名に致命傷が与えられたところで、うんうんと後方職人面で見守っていたニャルニャルがパチパチと拍手をした。



「いやー、ヴェンちゃんすごいにゃー。コレやると衣装の魅力が倍増、見てくれる人も喜ぶにゃーってウチが言ったこと、全部やっちゃうんじゃもん。…………冗談じゃったのに」



 その言葉に反応したのは、未だ檀上でポーズを取っていた……というより、内側から身を焦がす羞恥心に耐えていたヴェンデッタだ。


 物凄い勢いでニャルニャルを見ると、顔を真っ赤に染め上げる。



「お、お前っ! アレだけ真剣な顔で力説しといて……お前ぇ!?」


「にゃははははっ! まぁまぁ、とっても可愛かったから問題はないにゃ!」


「俺の羞恥心的な問題があるだろ!?」


「ヴェンちゃんヴェンちゃん。それ、エロゲみたいな初期装備を着て、町中で上裸一歩手前の格好になったりしてる時点でないも同然にゃ」


「……そ、それを言うのは反則だろぉ」



・ぐう正論

・もしかしてヴェンデッタちゃんってえっちなのでは?

・それはそう、全体的にそう

・むしろえっちな要素しかない

・次からあの格好で飛んだり跳ねたりするのか……最高だな

・大丈夫? 切り抜き動画がBANされたりしない?



 ニャルニャルの鋭い斬り返しにたじたじになってしまうヴェンデッタ。


 顔を真っ赤にして、ぐぬぬ……と悔し気に眉を寄せているが、見た目が見た目故に迫力はほとんどなかった。


 むしろ、可愛らしさが増しているまであり……ギリギリだった『誰か』の理性に、トドメを刺してしまう。



「……もう、我慢できない」



 それは、底冷えするような低音だった。


 ヴェンデッタは背筋が凍るような感触に襲われて、慌てて周囲を見渡す。


 ――――その視線を搔い潜るように、桃色の影が疾駆した。


 トッププレイヤーの身体能力を遺憾なく発揮し、驚異的な身体操作術で音すらなく駆け抜け、しかも一瞬の死角を狙って相手に行動を気取られないという徹底ぶり。


 まさしく無駄に洗練された無駄な技術を駆使してヴェンデッタに気付かれることなく接近した暁は、そのままガバリと彼女に抱き着いた。


 

「なっ!? アカちゃん!?」


「はぁ、はぁ……ヴェータちゃん。ヴェータちゃん……!」


「ちょっ、なんか怖いんだけど!? というか、なんで抱きつい……まって!? なんか変なところ触ってない!? なぁ!?」



・お? キマシか?

・ここにも百合の塔が立つのね

・いや、これどっちかって言うと捕食……

・ヴェンデッタちゃん、食べられちゃうのかぁ

・【桜花妖狐ダッキ】の目が怖すぎるんだよなぁ……

・くそっ、よく見えねぇ! もっと写せぇ!



 明らかに正気を失った暁に絡み付かれ、ヴェンデッタは悲鳴に近い叫びを上げる。ステータス差は明白。ヴェンデッタの貧弱なレベルでは暁の拘束を抜けるのは不可能だった。


 ヴェンデッタは、助けてと懇願するように周囲を見るが……。


 ローザネーラは先ほどのヴェンデッタの姿がよほど刺激だったのか、まだ真っ赤になって固まっている。


 メイはぶっ倒れて幸せそうに微笑んでいるアリアンロッドの介抱をしており、手が離せそうにない。


 ニャルニャルは……とっても面白いモノを見るようにニコニコニヤニヤ。確実に役に立たないとヴェンデッタは悟った。


 つまり、孤立無援の四面楚歌――――絶体絶命。



「た、た……」


「はぁはぁ、ヴェータちゃん……ヴェータちゃんが悪いんだからね……」


「助けてぇええええええええええええええええええええええええええッ!!」



 『衣装屋カオス』の名に恥じぬほどに混沌とした店内に、ヴェンデッタの悲鳴が響き渡るのだった。


 その後のヴェンデッタは……危うく、配信が強制終了しかけたとだけ告げておこう。

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