ヤベー奴らのヤベーところ 中

 そんなこんなで『餓鬼獣の赤荒野』をてくてく進んだ俺たちは、ボスが出てくるエリアの近くまでたどり着いた。


 なお、戦闘はマジでゼロだった。一匹たりとも寄せ付けないメイさんがすごすぎた。


 道中を思い返し、俺とローザネーラは思わず遠い目をしてしまう。



「……まるでかんこうね」


「ははっ……また今度、ちゃんと攻略しに来ような」


「メイドとして当然のことをしたまでです。ヴェンデッタ様もメイド道を収めれば、このくらい簡単にできるようになりますよ? どうですか?」



 すすっと音もなく寄ってきたメイさんが、見惚れるようなアルカイックスマイルを浮かべながらメイドの世界に引きずり込もうとしてきた。


 もちろん、間髪入れずにお断りである。


 メイドねぇ……給料が良さそうなのと、今の俺の姿でも出来そうなのを考えると、魅力的にも思えてくるんだよなぁ。


 性転換してしまったことを最大限に活かせる選択肢であることは疑いようもないけど……さすがに、そこまで男を捨てるわけにはいかんのよ。


 この身が女になろうとも、日本男児の心を失う気はないってね。



「そうですか……やはり残念です。そこまでメイド服を着こなせる逸材ですのに」


「……まぁ、しょうじきいわかんはかいむよね。むしろ、ずっとそのかっこうをしていたきさえしてくるわ」


「ヴェンデッタ様がメイド……? ヴェンデッタ様が、私のメイドに……? ああっ、いけませんわ! そ、それは刺激が強すぎですわ! 想像しただけで…………うへっへっへっへっへ……」


「……ヴェータちゃんがメイドになるなら、わたしが雇う。おはようからおやすみまで、お世話してもらう」



・ヴェンデッタちゃんメイド化計画……!? 進行していたのか……。

・正直、クッソ可愛いのでそのままでもいい希ガス

・ヴェンデッタちゃんに「ご主人様」って呼ばれたい

・どんどん属性が追加されて草なんよ

・なんか二人ほど変態が見えるような……。

・しっ、見ちゃいけません!



 

 なんでこんなに全方位から滅多打ちにされてるの……? 


 呆れたような、可哀想な物を見るかのような眼でこちらを見るローザネーラに、人様に見せられないような顔でアレな感じの笑い声を垂れ流しているアリアさん。


 アカちゃんは俺の背後に回って、肩に覆いかぶさろうとしてきたので思わず《フラッシュアクト》してしまった。しょんぼりと狐耳が垂れていたけど、身の危険を感じたので仕方ないと思う。


 コメント欄ではいつの間にかメイド服を着た俺にやって欲しいシチュ談義が始まっていた。『蔑んだ目で“ブタ野郎”と罵られながら踏まれたい』と見えたので、俺はそっとコメント欄を閉じた。


 ……メイド四面楚歌じゃん。逃げ場はないのか!?


 無言の圧力と……アルカイックスマイルのままインベントリからクラシックタイプのメイド服を引っ張り出しながら俺を見ているメイさんの視線から逃れるように、俺はじりじりと後退する。


 ええい、近寄るでないぞ。俺は絶対にメイドにはならないからなっ!



「うえっへっへっへっへ……って、あら?」



 俺が人間に撫でられまいと威嚇する猫のような感じになっていると、妄想の世界からようやく戻ってきたアリアさんがこっちを向いて小首を傾げた。



「ヴェンデッタ様、どちらに……って、そちらはダメです!」



 アリアさんの焦ったような大声に、俺はびっくりして肩を跳ねさせ……。



「――――はえ?」



 ガンッ、と。


 後ろに下げた足を、なにかに引っかけた。

 

 「あっ、やっべ」と思うが早いか、俺の身体はバランスを崩して後ろに倒れていく。


 そして、気が動転していたのだろう。そこでわたわたと意味もなく手足と翼を振り回したせいで、俺の身体はこけるでなく『転がって』しまい……。


 ローザネーラの、アリアさんの、アカちゃんの、メイさんの、各自の焦った声と。


 手を振りまわした時にショートカットで開いてしまったであろうコメント欄に高速で流れていく文字の中に、『ボス』という単語があったことで、俺は今いる場所が何処なのかを思い出す。


 ここは『餓鬼獣の赤荒野』のボスエリアのすぐそば。


 そして、俺が転がっていった先は……。



「いでっ!」



 頭を地面にぶつけ、後転をミスったような格好で停止した俺は、衝撃に閉じた目を薄っすらと開く。


 すると、真っ赤で固そうな体毛を持つ、ゴリラと狼と熊を足して三で割ったような化け物と目が合った。


 あっ、どうも。こんな格好で失礼。……って、そうじゃねぇ!


 早く逃げないと、このままだとひき肉にされるぅ!?


 慌てて起き上がろうと動いた俺を見て、化け物は大きく胸部を膨らませ――――咆哮!


 大気が震えるほどの大音量。当然、近くにいた俺はそれに巻き込まれる。


 うぉおおお!? 耳痛い!? 馬鹿大声にもほどがあるだろ! 


 しかも衝撃波付き!? 吹っ飛んだじゃねーか! この身体はちっこいからよく飛ぶんだよぉ!


 ごろんごろんと転がり、今度は潰れたカエルみたいな体勢でべちゃりと止まった俺は、改めて化け物を見る。


 体毛で覆われた巨体はあのスライム入道よりも大きく、長い前腕の先には刀の如く鋭利な爪が生えている。びたんびたん・・・・・・と地面を叩く尻尾は、丸太のように太い。


 カチカチと鳴らされる牙は鋭く乱立し、黄土色の瞳の中に縦に裂けた瞳孔――殺意を滾らせた獣の瞳。


 口の端からだらりと垂れた涎が地面に落ち、全身で『コロス』『クッテヤル』と叫んでいる。


 これが、『餓鬼獣の赤荒野』のボスモンスター。



 ――――餓え狂うバンダースナッチ!



 俺が化け物の名を内心で叫ぶのと、ヤツが動き出すのは同時だった。


 ダンッ、と地面を蹴って、バンダースナッチが飛び掛かってくる。


 推定体高五メートルの化け物がものすごい勢いで突っ込んでくる光景は、一言で言って悪夢だった。


 起き上がり――首切り君を取り出して迎撃――間に合わない――魔法は?――それもダメだ――――。


 ええと、つまり……直撃コース?



「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ――――!!!!」



 バンダースナッチが迫り、その鋭い爪が振り上げられ――俺は、衝撃に備えるように目を閉じた。


 閉じた視界の中で、俺は臍を噛む。不覚にもほどがあるな……! 


 クソ、一撃耐えれるか? 耐えられるなら、すぐに反撃を…………って、あれ?


 攻撃が、来ない?


 いつまで経っても、バンダースナッチの一撃が俺を捕えない。どういうことだと内心で首を傾げつつ、俺がゆっくりと目を開くと――。



「――――ふぅ、間一髪ですわね」


「――――まに、あった……」



 バンダースナッチと俺の間に、いつの間にか二つの影が立っていた。


 たなびく縦ロールと、ピコンと揺れる狐耳。


 振り上げた拳と掲げられた刀が、振るわれたバンダースナッチの爪を受け止めている。


 

「アリアさん……? アカちゃん……?」



 呆然と呟く俺に、二人はそろって振り返った。


 ほっとした表情を浮かべるアリアさんに、少し呆れたような視線を向けてくるアカちゃん。



「無事でよかったですわ、ヴェンデッタ様」


「……ヴェータちゃん、ドジっ子」


「うぐぅ……ご、ご迷惑をおかけしました……」


 

 ぺこり、と倒れた姿勢のままお辞儀をして、謝罪。


 うん、この状況は完全に俺のせいだからね。


 足元不注意、駄目絶対。


 つーか、この醜態も配信に乗ってるんだよなぁ……。あぁ、絶対に切り抜かれる……俺の黒歴史が拡散されるぅ……。


 

「ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!!」



 俺が自らの行動を恥じていると、バンダースナッチが怒りのこもった咆哮を上げる。


 どうやら自分の一撃を受け止めたまま、アリアさんとアカちゃんが呑気にしているのが気に食わないらしい。真っ赤に輝く憤怒の瞳は、完全に二人をロックオンしていた。


 その迫力は凄まじい――――が。


 至近距離でそれを受けているはずの二人は、まったく動じていない。



「やれやれ、うるさいですわね。このケダモノ。あなた、どうにかできませんの? ほら、同じ獣でしょう?」


「……一緒にするな。お前こそ、知能レベルは似たようなモノ。きっと分かり合える」


「あ?」「は?」



 それどころか、喧嘩する余裕すらあるようだ。


 いや、流石に意識を逸らし過ぎでは? 


 ほら、放っておかれたバンダースナッチがすごい顔になってんじゃん。怒りすぎて変な形相になってるって。


 バンダースナッチは、受け止められていない方の腕を横なぎに振り回し、アリアさんとアカちゃんを纏めて薙ぎ払おうとする。


 だが、二人はまるでそれを予知していたかのように跳躍。あっさりとその一撃を躱してしまう。


 

「どうやら、先に倒すべきはこのケダモノのようですわね」


「……さっさと殺して、ヴェータちゃんの新衣装を見に行く」



 地面に降り立った二人は、世間話でもするように言葉を交わし、スッと座った瞳でバンダースナッチを睨む。



「……焼き切って、晒してあげる。《妖刀・狐火憑き》」



 アカちゃんは抜き去った刀を八相に構えた。


 その刀身に紫色の炎が宿り、アカちゃんの顔を照らし出す。


 

「ケダモノ風情に見せるには少々勿体ないですが、私の技をお見せしましょう。きなさい、『ヤールングレイプル』」



 アリアさんが両拳を胸の前で打ち付けると、その腕に巨大な手甲が装着される。


 鈍く光る鉄に、雷鳴のような黄金のラインが走るそれを、アリアさんはゆっくり構えた。 



「……覚悟」


「では、参りましょうか」



 誰が聞いてもそれは死刑宣告。


 あれだけ怒り狂っていたバンダースナッチが、二人の視線に押されるように一歩後退する。


 ……うん、心配する必要はどこにも無さそう。


 俺は内心でそっと、バンダースナッチの冥福を祈るのだった。

 

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