ヤベー奴らのヤベーところ 下
――――まず飛び出したのは、桃色の影だった。
紫炎揺らめく妖刀を携え、矢のように疾駆する暁。膨れ上がる殺意。
「――――【
反応を許さぬ閃光が如き一太刀。
紫紺の斬閃が、回避防御の選択をバンダースナッチにさせる間もなくその胴体に裂傷を刻んだ。
「ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!??」
「……煩い、騒がしい、耳障り。口を噤め、獣。【
バンダースナッチの悲鳴を至近距離で浴びた暁は、苛立たし気に吐き捨てると刀を閃かせる。
懐に潜り込み、放つは連撃。斬線の檻。
無数の紫閃が虚空に光線を描き、巨大な獣の身体から真紅の血を吐き出させる。
命よ、零れろ。疾くに疾くに――――。
殺意と嚇怒に塗れた攻撃は、反撃の機会すら与えずにバンダースナッチのHPを凄まじい速度で削っていく。
もとより、
たかが第二の地程度でお山の大将を張っている小物が、この世界に名を轟かす
「ヒギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
あっという間にHPの三分の一を削られたバンダースナッチに出来る事は、我武者羅な逃亡しかなかった。
滅茶苦茶に両腕を振り回し、暁が回避のために飛び退いたのを見て、無様も何もない逃走。
尻尾を巻いて桃色の殺意から背を向ける。
モンスターの逃走はプレイヤー・モンスター間にレベル差があると起こる現象だが、序盤とはいえボスモンスター相手にそれを起こすのは並大抵のことじゃない。
暁は逃げ去っていくバンダースナッチを追うことはせず、刀を振って紫炎をかき消すと、一度刀を鞘に納めた。
戦いを放棄した? 否、追う必要がないと判断しただけだ。
なにせ、バンダースナッチが逃げた先には――――。
「――――お待ちしておりましたわ、ケダモノ」
金色の殺意が、待っているのだから。
豪奢なドレスに身を包み、金色の縦ロールをたなびかせ、その両腕を無骨な鉄で覆い。
優雅に微笑み、バンダースナッチに向けてカーテシーをひとつ。
洗練され、繊細な一礼に獣は何を感じたのか――その瞳に、敵意と嘲り、僅かな安堵を滲ませたのを見れば、それは明白で。
その様子をうかがっていた暁は、「あーあ」と同情を滲ませたような声を上げた。
「グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
バンダースナッチは両腕を振りかぶると、アリアンロッドへと叩き付ける。
大地を砕き、礫をまき散らすような一撃。動きを見せない敵を叩きつぶした確信に、バンダースナッチが口元を歪め――その耳に、涼やかな声が届く。
「今、何かしまして?」
砂埃の中にありながら、一切の穢れもなく立つ姿。
全くの無傷で楚々と佇むアリアンロッドに、バンダースナッチは虚仮にされたと思ったのか、さらに激しく攻撃を加えていく。
爪を振るい、叩き付け。
踊るような動きで、ドレスの裾を揺らすだけに終わった。
牙を剥いて、突進。
距離を見切られ、停止と同時に鼻先を優しく撫でられた。
太い尾を振り回し、広範囲を薙ぎ払う。
ひょい、と身を屈めただけで、軽く避けられた。
「グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
ならば、と距離とって衝撃波を伴う咆哮を打ち出す。
「――――シっ!」
軽く振るった左拳が、いともたやすく打ち砕いた。
プラプラと引き戻した左手を振り、アリアンロッドは無感動な瞳でバンダースナッチを射抜き、一言。
「…………今、何かしまして?」
「――――――――――――ッ!!!???」
攻撃がまるで効かない。
いや、そもそも――敵とすら、認識されていない。
道端に転がる石ころ。たまたま目についた羽虫。そう言ったごくわずかに煩わしいモノを見る目に、バンダースナッチは音にならない叫びを上げた。
「さて、戯れもこのくらいにいたしましょうか」
そして、さらりと吐かれた言葉と共にアリアンロッドは強く大地を踏みしめる。
ふわり、とドレスの裾が捲れ上がった。
幅跳びの要領で前方に跳躍し、バンダースナッチとの距離を詰める。
ギリィ……と鈍く響いたのは、拳を握りしめる音。
空中で姿勢を整え、硬く丸めた右拳を顔の横に構えた。
バンダースナッチは咄嗟に防御を選んだ。強靭な前腕を交差させ、身体の正面――顔や正中といった急所を守る構え。
獣の本能で導き出した生存への活路。
「――――しゃらくせぇですわ! 【アドナー・クラーク】っ!!!」
だが、そんなものは無意味と言わんばかりに、金色の殺意は叫ぶ。
踏み込み、跳躍、落下――生み出した力をロスなく右拳に集め、解き放つ。
獣の防御を上からねじ伏せ、アーツの光に包まれた拳が振り抜かれる。
バンダースナッチは苦痛の呻きをあげる間もなく吹き飛び、その先にあった大岩を砕きながら停止した。
「ふっ、他愛もありませんわ」
「……流石、脳筋ゴリラ。乙女を捨てたパワープレイ、惚れ惚れする」
「いの一番に飛び出した猪武者に言われたくありませんわ。少々、殺意を滾らせすぎではなくって?」
「……アレ、ヴェータちゃんのスカートの中、見てた。絶対に許さない……」
「愚問でしたわね。肉片も残しませんわ」
いつの間にか近くまで来ていた暁の言葉に、アリアンロッドも殺意を膨らませる。
大岩の破片をかき分けながら身体を起こしたバンダースナッチは、注がれる二つの視線に身体を震わせた。
アリアンロッドの一撃で、バンダースナッチのHPは四割を切っている。
比べて、二人はまったくの無傷。力の差は残酷なまでに明白だった。
故に、バンダースナッチは乾坤一擲の手に出た。
「グゥウウウウウウウウウう……!!」
骨が軋む音が聞こえるほどに全身に力を入れ、低く唸り声をあげる。
すると、身体の表面に黒く輝く紋様が浮かび上がった。
さらに、背中がボコりと隆起し、肉と皮を突き破るようにして翼が生える。
尾が三又に裂け、先端が刃のように変化した。
バンダースナッチは先ほどよりも明らかに高くなった身体能力で飛び上がると、背中の翼を羽ばたかせて加速。
黒い紋様が蠢き、爪と尾の先端に集中する。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
両手の爪と、三又の尾。五本の刃を閃かせるバンダースナッチは、上空からアリアンロッドと暁に狙いを定め、殺意の咆哮と共に高速で猛進した。
何処までも威力に特化したバンダースナッチ渾身の一撃。
「【
「【ゾラータ・クラーク】!!」
それを、龍を象った刺突と、黄金を纏った拳撃が撃ち落とす。
爪は砕け、尾は引き裂かれ、バンダースナッチの巨体は地に沈む。
「無駄な足掻きですわね。では、そろそろ終わりに致しましょうか」
「……ヴェータちゃんをこれ以上待たせたくない。だから、死ね」
アリアンロッドは手甲に包まれた両手を打ち鳴らし。
暁は刀を鞘に納め、腰だめに構える。
「《戦神の加護》、《金剛無双》、《
「《九尾炎戯》、《明鏡止水》、《鬼門解放》」
重ねたスキルでバフをかけ、準備は整った。
バンダースナッチを見据える瞳に必滅の意を宿し、二人は同時に地面を蹴る。
起き上がろうとしていたバンダースナッチがそれに気づき、必死に逃げようとするが――――もう遅い。
「【サタナー・グニーヴェ――――」
「【焔魔尾一刀――――」
黒く輝く右拳を大きく引いたアリアンロッド。
黒炎が燃ゆる刀の柄を強く握りしめた暁。
二つの双眸が獲物を捕らえ、彼我の距離を喰らい尽くし。
そして放たれる――――幕引きの一撃。
「――――クラーク】ッ!!」
「――――獄罸】ッ!!」
黒き閃光を纏った拳と、黒き灼熱を纏った斬撃がバンダースナッチに叩きこまれる。
拳が当たった場所には風穴が開き、斬撃が通り過ぎた場所は削り取られた。
胴体に大穴を開け、胸を斜めに削り落とされたバンダースナッチは、断末魔を上げる事も出来ずに倒れ伏す。
HPはゼロ――――獣はここに討たれた。
粒子となって消えゆくバンダースナッチを見つめながら、アリアンロッドと暁は口を開く。
「ふぅ、少々張り切りすぎてしまいましたわね」
「……ヴェータちゃんにいいところ見せたいっていう魂胆が見え見え。浅ましい」
「んまっ! それはあなたもでしょうに! 棚上げだなんてズルいですわよ!」
「……知らない。それに、獣にトドメを刺したのはわたし。つまり、ヴェータちゃんに褒めてもらうのはわたし」
「はあぁ!? 何を言っていやがりますの!? 誰がどう見ても、私の拳が致命傷でしたわ!」
「……節穴。可哀想なのは、頭と髪型だけじゃないんだ」
「あなたの目こそ、トンボ玉でも埋め込んであるんですの!?」
わーわー、ぎゃーぎゃー、姦しく。戦闘後とはとても思えない空気を醸し出すアリアンロッドと暁。
二人は顔を突き合わせて、鋭い視線を交わし合い、ふんっと互いにそっぽを向く。
言い争いの間に完全消滅した
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