メスガキ全開(無自覚)
「く、くるなぁ! くるなぁ!!」
可笑しい……。
真っ青を通り越して真っ白な顔でガタガタ震えるブラウ君。
まるで、某コズミックな神話群に登場する名状しがたき怪物を前にした哀れな探索者が如き反応。
いや、非常に腑に落ちないんだが?
俺一応、ブラウ君を暴走してた二人から助けたよね? あの地獄のような状況をいろんなもの(主に羞恥心)を失いながらも解決したんだぞ?
別に恩を売るつもりじゃないけど……。
ちらり、とブラウ君と視線を合わせてみる。
「ひっ! な、なんだよ!! こ、この化け物ぉ!!」
これは、あんまりじゃないかなぁ……?
……ていうか、だ。
この状況になったのは、ブラウ君が俺に絡んできたのが原因じゃないか。
俺の何が気に入らなかったのかは知らないけど、身に覚えのないいちゃもんを行き成りぶつけられてビックリしたし……何なら少し怖かったんだからな?
そりゃ、迫力はそんなにだったよ。一昨日のローザネーラの方が万倍は怖かった。
けど、理不尽にぶつけられる悪意ってのは、怖さとはまた違う『辛さ』がある。
人をそんな目に遭わせておきながら? 曲りなりも助けてもらったのに礼の一つもなく?
挙句の果てには化け物扱いときた。
……流石にちょっと、イラッてくるな。
そう思うと共に、口は動いていた。
「――――はぁ、最初の威勢は何処に行っちゃったのやら」
肩を落とし、やれやれと言うように両手を広げる。
視線をブラウ君から明後日の方にずらし、盛大な溜息を一つ。
「チート野郎だとか、ズルだとか、不正を暴くやら……元気よく俺に言ってきたのは何処の誰だっけ?」
君だったよねぇ? と。
唇に人差し指を当て、こてりと首をかしげた。
口元に浮かべるは三日月。ゆっくりとブラウ君に視線を戻し、くすりと嗤う。
まだ怯えの消えないブラウ君と視線を合わせた。
びくり、と肩を震わせる姿に笑みを深め、
「ふ~ん?」
意味深に呟きながら、ゆっくりと彼との距離を詰めていく。
必死に距離を取ろうと頑張ってるブラウ君。腰を抜かしたまま、近づく俺から逃げるように後退する。
けど、気付いてる?
「なっ!?」
カツン、と。
彼の背中が、噴水の外周にぶつかった。
ブラウ君は驚いて振り返り、逃げ道が塞がれたことに絶望顔を浮かべる。
「あらら、残念」
これ以上、逃げることは出来ないよ?
カツカツと。ブーツの底を高らかに鳴らしながら、ブラウ君の傍まで歩み寄った。
怯えた彼を見下ろし、にっこりと今日一番の笑みを浮かべて見せる。
そして。
「ブラウ君、カッコよく啖呵切った相手にそんなに怯えちゃうんだねぇ」
外連味たっぷりに、言い放った。
それを聞いたブラウ君は、表情を消して俯いてしまう。
…………さて、意趣返しはこのくらいでいいだろうか?
ブラウ君には十分驚いたり恐怖したりしてもらったし、俺の溜飲もだいぶ収まった。
というか、いい加減に当初の目的に戻りたいのだ。
ローザネーラとこの街を観光するっつったのに、まだこの噴水広場から出れてすらいないんだぞ。強制イベントが長すぎるんだよなぁ。
今日は平和な配信になる筈だった……って、そういえば俺、配信しっぱなしじゃない? あれ?
配信終了した覚えはないし……てことは、この騒動の一部始終、全部視聴者さんに見られてるってこと!?
動かなくなったブラウ君を尻目に、俺は慌てて配信画面を俺にだけ見えるように開く。
案の定配信は続いており、コメント欄では凄い勢いで文字が流れている。
・これなんてプレイ?
・ふ~ん、がすごくえっち
・あぁ~イキリマンのプライドが崩れる音ぉ~
・僕もメイドヴェンデッタちゃんに嘲笑されたいんだが?
・メイド悪魔ロリの言葉攻め。これはどうでしょうか?
・最高ですね。私の性癖にはあってます
あっ、コメントはスルーさせて頂きますね……。
視聴者数はいち、じゅう、ひゃく、せん……うん、やめよう。今日はもう、これ以上精神を酷使したくない。
全てを見なかったことにして、俺は配信画面を閉じた。
「…………けんな」
ん?
うつむいたままのブラウ君から、何やら声が聞こえたような……?
まるで、溢れ出る感情を無理やり押し殺したような、低く昏い声。
あっ、なんだろう。すごく嫌な予感がする。
具体的には、事態がさらにめんどくさい方に転がっていきそうな……そんな、予感が。
「――――ふざけんなよッ!! テメェ!!!」
的中、した。
勢いよく顔を上げたブラウ君は、立ち上がって俺を見下ろす。
その瞳にはギラギラした怒りが強く宿っていた。
「召喚獣やら有名プレイヤーに守ってもらって、調子に乗ってんじゃねぇぞ!! テメェ自身はやっぱりただのズルい雑魚だ!!」
「ブラウ君? ッ!?」
ガッ、と胸倉を掴まれ、そのまま引き寄せられる。
近づいてくる憤怒の形相と、目が合った。
「それを証明してやるよ! 決闘だ! 俺と戦いやがれ、ヴェンデッタァ!!!」
『プレイヤー:ブラウヴォルフから、《決闘》の申請が送られました。受理しますか? Y/N』
脳裏に響くメッセージ。
目の前には、ブラウ君の顔を隠すように見覚えのないウィンドウが。
《決闘》って確か、C2におけるPVPシステムの事だったっけ?
な、なんでいきなり……? わ、分からん。ブラウ君の考えていることが全く分からん……。
これがジェネレーションギャップか……みたいなことを考えながら現実逃避をしていると、ブラウ君が視線を鋭くする。
「早くしろ……! テメェをこの手でズタボロにしてやるからよぉ……!!」
「そ、そう言われても……」
「あぁ!? いいからさっさとしろ!」
ダメだ。取り付く島もない。
やる気……いや、殺る気満々だな。
どうする? 断ろうにも、それはそれで面倒なことになりそうな雰囲気がある。
途方に暮れた俺は、助けを求めるようにちらりと後方へ視線をやった。
誰でもいい……! この状況をどうにか出来る人はいないのか……!!
「……あの屑犬。どう料理すれば一番苦しんでくれると思います? 暁さん」
「……とりあえず、百回はボコる。話はそれから」
アリアンロッドさんとアカちゃんが、何やら内緒話をしているのが見えた。
……なんか、あの二人に任せるのは辞めた方がいい気がするな。さらに酷いことになりそうな予感がする。
メイさんは……。今にもこちらに駆け寄ろうとするローザネーラを、上手いこと押しとどめてくれているようだ。
これ以上ややこしくなったらマジで収拾つかなくなるから、非常にありがたい。
……うん、これはもう戦うしかないヤツですね。畜生。
半ばヤケクソ気味に、俺はウィンドウに表示された『Y』を押す。
『プレイヤー:ヴェンデッタが《決闘》を受諾しました。特殊フィールドが展開されます』
すると、噴水広場の景色が一転。
世界が塗り替わるように、別の空間が広がった。
街に上書きされるようにして現れたのは、乾いた大地が広がる荒野。
そこには、俺とブラウ君だけが取り残されるようにして立っている。
「ハッ、それでいい。これでようやく、テメェをズタボロにしてやれるぜ」
いつの間にか離れた場所にいたブラウ君が、取り出した槍を構えて獰猛な笑みを浮かべた。
否応なしに高まっていく戦意。もう、後戻りできなところまで来ているのが分かる。
小さく息を吸って、吐いた。
辞めてー、逃げてーと後ろ向きに嘆く自分を、心の奥底に押し込んで。
ブラウ君に倣う様に、インベントリから首切り君を取り出す。
『《決闘》が開始されます。カウント5……4……3……』
ここまできてぐだぐだ言うのは、流石に男らしく無いよな。今は女だけどさ。
『2……』
首切り君を肩に担ぎ、もう片方の手をブラウ君に向けて、クイッと手招き。
無言のサイン。『かかってこい』。
ついでに小さく笑みを浮かべてやれば。
『1……0。Ready Fightッ!!』
「上等だ!! 蜂の巣にしてやラァ!!!」
殺意の切っ先が、こちらを貫かんと猛進した。
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