メイド(偽)が通る

 視線が痛すぎて泣きそうである。


 ミシリ、と悲鳴を上げる心を極力意識に入れないようにして、俺は表情筋に力を込めた。


 そうでもしないと、注がれる三対の視線に顔が引き攣りまくるだろうからなぁ……!


 いや、ちゃうねん。


 言い訳、言い訳をさせてください。


 揉め事の仲裁にいきなりミニスカメイドで出てきて何を言っている、と突っ込まれそうだが、この格好にはれっきとした理由があるのだ。


 まず、壊れてしまったレオタードの代わりの服装が必要であり、メイさんが所持していた装備アイテムの中で俺のステータスでも装備できたのが、このミニスカメイドだけだった、という理由。


 流石に上半身肌着の状態でずっといるわけにもいかないから、これは正当であると言えよう。


 なお、なんでメイド服しかなかったんですか……? という疑問には、「メイドですから」という返答が返ってきた。うん、メイドなら仕方ないよネ。


 そして、メイさんの『お嬢様鎮静策』の一環がこのメイド服、というのがもう一つ。


 ……うん、訳が分からないと思う。安心してくれ、俺にも良く分かっていないから。 


 作戦概要を聞き、効果があると念押しされてはいるが……本当に、意味あるのかなぁ、コレ。


 まぁ、要するに。何が言いたいのかというと。


 ――――ふざけているわけではッ! 決してッ!! ないッ!!!


 だから、その『何してんだコイツ』みたいな顔は辞めて頂けますか、三人とも?


 俺は、ぐさぐさと突き刺さる視線を意図的に思考の隅に追いやると、努めて平静を装いながら口を開いた。



「ほら、二人とも。ブラウ君の肩から手を離すんだ。そしてあとは俺に任せてくれ」


「い、いえ……あの、何故メイド服を?」


「……なんで? ヴェータちゃん、そういう趣味だった?」


「――――ほら、二人とも。ブラウ君の肩から手を離すんだ。そしてあとは俺に任せてくれっ」



 にっこり。


 有無も言わせぬ笑顔を二人に向けると、真顔の「あ、ハイ」が返ってきた。メイさんと相対していた時の俺みたいである。……メイド服の効果なのか? だとしたらとんだ最強装備だな、コレ。


 だが、相手もそう簡単には引いてくれないようだ。



「――ハッ! い、いえ。この愚か者の処分はこの私がやりますわ。幼女のちんまくて美しい手を、汚物で穢すわけにはいきませんもの!! そんなこと、天地神明が許しても、この私が許しませんわ!!」



 我を取り戻したアリアンロッドさんが、胸に手を当ててそう主張してくる。


 必死な表情からは、絶対にブラウ君を己の手にかけてやるという情熱を感じ取ることが出来た。……いや、ナンデそんなに物騒なんですか……??


 ……それに、気になることを言ってたけど、精神衛生上スルーだ。


 ここで素直に引いてくれるのが一番だったけど……仕方がないな。


 メイさんから授かった必勝法、使わせていただこう。



「…………そっか」



 俺は納得したように小さく呟く。それを聞いて、ほっとした表情になるアリアンロッドさん。 


 こちらが素直に引いたことに安堵しているご様子。


 ――けど、メイさんの策略はここからだ。


 アリアンロッドさんの意識が僅かに俺から逸れた隙を突くように、するり、と彼女の懐に潜り込んだ。


 突然近づいた俺に驚いたように目を見開くアリアンロッドさん。


 さらにそこから、伸ばした人差し指を口元に。


 小首を傾げ、上目遣い気味に彼女の瞳を見つめて……。



「――――俺の言うこと、聞いてくれないのか?」



 そう、囁く。


 意識して出した声は、自分でも「あっ、こんな声出たんだ」と思うほど甘ったるいモノだった。


 自分でやっといてなんだが、すげぇ背筋が寒くなるな。


 それに、マジでこんなんで効果があるのか? という疑問が尽きない。


 メイさんは『あのヘンタ……もとい、お嬢様なら、これで一発です』って言ってたけど……。



「…………」



 アリアンロッドさんの反応は、無言。


 驚いた表情のまま固まってしまっている。


 俺の行動があまりにもアレすぎて、言葉も出ないってか? ふふ、泣きそう。


 そう考えたら途端に恥ずかしくなってきたぞ? くぅ、ここは一旦戦略的撤退を……。



「ほぴゅあっ!?」



 ほぴゅあ?


 何その声、と思いながらアリアンロッドさんの方を見ると……なんか、すげぇ仰け反ってるんですが? え、なんで?



「は、破壊力……! 破壊力が高すぎますわ……!! えちょっまって? まってくださる? なんで私いきなり美ロリの上目遣いおねだりとかいう戦略兵器に晒されてますの? 可愛さ許容量を超えて爆発しそうですわ。――――我々の業界ではご褒美ですが」



 挙句の果て、縦ロールをブンブン振り乱しながら、妙な事を口走っている。早口過ぎて何を言ってるのか分からん……。


 あと、最後にいきなりキメ顔したのもなんで? いや、本当になんで??


 ……いや、彼女は百万人を超える登録者を持つ人気配信者。


 きっとこういう常人では理解できないことをさらりとできてしまう所に、彼女の凄さがあるのだろう。きっと、多分、メイビー。


 ただまぁ、それよりも今は……。


 

「あの、アリアンロッドさん?」


「ぐふふ……これで私、あと百年は戦えますわ……!」


「……アリアンロッドさん?」


「――ハッ! こ、こほん……。――――ええ、なんですの?」


「いえ、ブラウ君の件ですけど……」



 すげぇ、一瞬で何事もなかったように……。


 内心でそう戦慄していると、アリアンロッドさんはニコリと人の好い笑みを浮かべ。



「無論、全て貴女の思うままに。煮るなり焼くなりお好きになさってください」



 と、先ほどまでの態度が嘘のような素直さを見せた。


 発言が物騒なのは変わらないけどね。鍋もフライパンも使いませんよ?


 さて、アリアンロッドさんはこれで良しとして……次は。


 くるり、と反対側を向いた。視界に、びくり、と揺れる狐耳が映る。


 こちらを見ていた暁さんを見つめ返す。



「……ヴェータちゃん」



 ちょっと気まずそうに視線を逸らした暁さん。……やっぱりか。


 その見覚えのある反応に、確信を一つ。


 暁さんは、俺の良く知っている人物で間違いない。


 俺はにこり、といつものように笑みを浮かべ、暁さん……『アカちゃん』の方へと距離を詰めた。



「アカちゃん」


「……っ!? ……な、なんで」



 驚いたように目を見開くアカちゃん。ぴんっ、と伸びた尻尾と耳が分かりやすい。


 そんな彼女の耳元に顔を近づけ、俺はそっと囁いた。



「……女の子があんまり物騒なことを言うもんじゃないぞ、アカちゃん。言葉遣いが荒いって、また怒られるぞ?」


「……な、なんのこと?」



 そっと目を逸らしたアカちゃん。すでにまき散らしてた殺気は霧散し、おどおどした雰囲気を纏い出している。


 不安げにピコピコと揺れる狐耳が……って、感情表現細かすぎないか? 凄いな獣人の耳。俺の尻尾とか羽根もこんな感じなのかね?


 それはさておき、アカちゃんはどうやらしらばっくれる体勢に入った模様。


 「ワタシ、アカチャン、シラナイ」と怪しい外国人みたいな口調で言い逃れしようとしているが……うん、全然誤魔化せてないな。むしろそれで何故誤魔化せると思ったのか。


 素直に認めてくれれば、普通に説得して終わったんだけど……仕方ない。


 使わせてもらうか、伝家の宝刀。


 ぽんっ、とアカちゃんの肩に手を置き、もう一度耳元でささやく。


 誰にも聞こえないように。しかし、はっきりと。



「――――これは、大家さんへの報告案件かなって思うんだけど……どう?」



 反応は顕著だった。



「…………ッ!!??」



 みょんっ、と狐しっぽが勢いよく飛び跳ね、緑色の瞳がまん丸く見開かれる。


 そして、わなわなと震えながら、「信じられない」とでも言いたげな視線を俺に向けてきた。



「……そ、それはっ。……反則! ルール違反! ちーとっ!」


「はっはっは、でも頼まれてることだからなぁ。うん、俺もこんな密告みたいな真似はしたくないんだけど……」



 そう言って、ちらりとアカちゃんの方を見れば、恐怖と絶望が綯い交ぜになった表情でカタカタと震えている。


 大方、大家さんに怒られているところでも想像してるのだろう。


 さて、すでに気付いていると思うが、アカちゃん――本名、皆月緋音(みなづき あかね)ちゃんは俺のお隣さんであり、大恩人たる大家さんの娘さんだ。


 アカちゃんとは俺が今のアパートに越してきた頃からの付き合いだ。


 最初の頃は年上の男性、ということもあり警戒されていたが、アニメや漫画、ゲームの話題なんかで盛り上がってるうちに自然と仲良くなった。


 恵ちゃん、恵ちゃん、と無邪気に慕ってくれるアカちゃんが可愛くて、過保護すぎると大家さんに呆れられるくらいには甘やかしたなぁ。


 ……まぁ、その弊害か、最近ちょっと小生意気になってきてる気がするけど。


 乏しい表情でもわかるくらいはっきりしたドヤ顔で、『……恵ちゃんはモテなさそうだから、わたしがもらってあげる』と言われた時は、流石にアイアンクローをキメたわ。


 情けも容赦もしない。彼女いない歴=年齢の成人男性(元)に、『モテない』はナイフだから。


 けれど、俺がこんなことになっても、前と変わらず接してくれる、優しい良い子なのは間違いない。



「……なら、許してっ」


「ナチュラルに思考を読むな。……まぁ、報告はするけど」


「なんでっ!?」


「……黙ってたことを大家さんに知られた時の方が怖い」



 そっと目を逸らしながら言うと、アカちゃんは何かを言いたげに口をもごもごさせつつ……それでも最後には、全てを諦めたようにがっくりと肩を落とした。


 うん、大家さん……怒ると怖いからね。気持ちは分かるヨ。



「……うぅ。お説教、いやぁ……!」



 がくがく震え、涙目でそうぼやくアカちゃんの肩を慰めるようにぽんっ、と叩いた。


 

「その、なんだ……骨は拾ってやる」


「……オワタ」



 へにょん、とアカちゃんの狐耳と狐しっぽがへたり落ちる。


 なんだか罪悪感で胸が痛い気もするが……何はともあれ、これで二人を鎮静化するのに成功した。


 後は……。


 俺は残った一人の方へ視線を向け、にっこりと微笑みかけた。



「さ、ブラウ君。これでやっと、お話できるね」


「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!???」



 ビクゥ! ずるっ! ガンッ!!


 すんごい悲鳴を上げたブラウ君が、飛び上がり、足を滑らせ、勢いよくこけた。


 そしてそのまま、ずるずるとへたり込みながら後ずさっていく。


 俺を見る表情は、まるで化け物か何かを見てしまったかのように、恐怖で彩られている。


 ………………。


 いやなんで?

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