決着は誰の手に

「して、ヴェンデッタ様」



 ブラウ君のあまりの姿に絶句していると、メイさんが神妙な声で尋ねてくる。



「私はあそこで暴走している主を止めなくてはならないのですが……もう一人の方。暁・アウローラ様とはお知り合いで?」



 暁・アウローラ?


 それが狐の女の子の名前なのか。……聞き覚えは、ないよな?


 ブラウ君に淡々と物騒な言葉を投げかけ続けている狐の女の子もう一度見てみる。


 うーん、会うのは初めてのはず……てか、アレだけ特徴的な見た目をしてりゃ、忘れる方が無理ってモンだ。


 でも、確かにどっかで見たことあるんだよなぁ……既視感をひしひしと覚えるというか……。


 そう思い、暁・アウローラさんの顔をじっと見つめ――――。



「………………………………あっ、え゛!?」



 ふと、既視感の正体に気が付いた。


 狐耳や髪、眼の色で分かりにくかったけど、あの子って……えぇ?


 驚愕と困惑で相当変な声を出した俺に、メイさんが首を傾げながら声を掛けてくる。


 

「ヴェンデッタ様? ……何か、心当たりが?」


「……あー、はい。えっと……多分、良く知ってる子……だと、思います」



 なんとも煮え切らない感じになってしまったが、勘弁してもらいたい。俺だってまだ混乱しているのだ。


 あの暁という子は、俺の想像が間違っていなければ、俺の良く知っている人物だ。


 良く知っている……筈なんだけど……。


 俺の知っている『あの子』は、あんな風に恐ろし気な子じゃなかったはずなんだよなぁ……?


 そう首をひねる俺に、メイさんは何かを察したように頷き、口を開いた。



「ふむ……C2で知り合ったフレンド、という感じでは無さそうですね。となると……ゲーム内では初対面のリアルの知り合い……故に確証が持てない、といったところでしょうか」


「あ、ハイ。そんな感じです」


「では、深くは聞かないでおきましょう。リアルの事情をゲームに持ち込むのはご法度ですから」



 うーん、このメイド有能すぎる……。こちらの言い淀んだ理由の大半をあっさり看破してくれるなぁ。話がすごい勢いで進んでいくぞ。


 まぁ、この違和感に関しては後で直接確かめるとしよう。それよりも、まずは……。



「それで、メイさん。俺に貸して欲しい『知恵』ってのは一体?」


「勿論のことあの二人を止めるための知恵でございます」



 まぁ、この状況ならそれしかないわな。これで今日の夕飯の献立について聞かれたらこっちが困る。


 しかし、未だに怒気殺意溢れるこの空間にいながら、素知らぬ顔をしている有能メイドに出来なくて、俺に出来ることなど何かあるのだろうか? 



「お嬢様に関しては、確実に止めるための手段がございますので問題ないのですが……あちらの暁様に関しては、不確定な方法しか考えに及んでいないのです。ですので、暁様を知るヴェンデッタ様ならば、何かしら良い手立てがあるのでは……と愚考いたしまして」


「な、なるほど……」



 妥当な判断……なのだろうか? 


 つーか、ここまでの一部始終で俺と狐の女の子に接点があると見抜くのは流石にスゴすぎる。なに、メイドさんって探偵の同義語だったっけ? それともアレか、そういう固有スキルでも持ってるんです?



「しっかし、止める手立て……か」



 ふむ、と腕を組んで思考を巡らせてみる。


 …………うん、無いことは、ない。


 暁・アウローラさんが俺の想像している通りの人物なら、確実に止めることが出来る手段が存在する。


 それは宛ら、伝家の宝刀、銀の銃弾。手札で燦然と輝くワイルドカード……なんだが。


 ちらり。視線をブラウ君たちの方へ。



「ところで、暁さん? 貴女は一体どうしてここに? この男への制裁なら、この私、アリアンロッド・プリマヴェーラが完璧にこなして見せますので、帰って貰って結構なのだけれど」


「……それはこっちのセリフ。人気配信者がどうしてヴェータちゃんのところに? あと、コイツへの制裁はわたしの役目。取らないで」


「………………」



 ブラウ君挟んで(何故か)喧嘩してる二人に、自分から近づくのかぁ。


 勘弁してもらいたい。つか、なんでちょっと目を離した隙にさらに酷いことになってんの??


 うーむ、どうしたものか……と、思考をこねくり回していたその時だった。



「………………ねぇ」



 ガシッ、とメイさんに掛けてもらった布の裾を掴まれる感覚。

 

 同時に、何やら余裕のない……感情を煮詰めたような声が聞こえてきた。


 うん? とそちらを向くと、そこにはすん、と表情を消したローザネーラが……。



「ますたー」


「はい」


「あれ、なんとかできるの?」


「えっと、多分?」


「できるのね?」


「……はい」


「じゃあ」



 感情の抜けた声で淡々と告げるローザネーラは、深紅ワインレッドいっぱいに涙を浮かべると、ビシッ! とブラウ君の惨状を指さして。



「――――はやくっ! なんとかっ! してぇ!!」



 と、割と渾身の叫びを放った。


 よく見ると布を掴む手も小刻みに震えており、吸血鬼特有の白い肌がさらに白くなっている。


 俺は無言でどう見てもいっぱいいっぱいなローザネーラの頭を撫でると、メイさんの方に視線を向ける。



「……分かりました。協力させていただきます」


「感謝します、ヴェンデッタ様。では、少々耳を貸していただけますか?」



 最早逃げることはできねぇ……! やってやろうじゃねぇかこの野郎……!! 


 半ばヤケクソ気味の俺に、メイさんはコソコソと囁く。


 その内容は、アリアンロッドさんへの対処法。


 100%効果があるというソレは、どうやら俺の力が必要らしい……の、だが。


 あの、メイさん? 


 それ、本当に効果があるんですか?


 間違いない? あっ、そうなんですかぁ。


 いやでも、それ、俺への精神的負担がちときつすぎるような……え? あの二人をずっと放置しておくのとどっちがいいかって?


 ………………。



「…………わ、分かりました。やらせていただきます……!!」


「ええ、よろしくお願いいたします、ヴェンデッタ様」



 楚々とした笑みを浮かべ、清楚極まりない仕草で一礼するメイさん。


 平時なら見惚れていただろうに。今の俺は、ただただ乾いた笑みを浮かべる事しか出来なかった……。


  


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 地獄。


 酷く陳腐で何の面白みもない表現だが、そこに広がる光景は正しくその二文字だった。


 片や、金髪の鬼神。


 怒髪天を突く怒りを表すように縦ロールが揺れ、烈火の如き怒気をまき散らす。


 吊り上がった眉と眉間に刻まれた皺、額に浮かぶ青筋が彼女の怒りを何処までも端的に表していた。



「で・す・か・らっ! この駄犬をズタボロのギッタンギッタンするのはこの私と申し上げているでしょう!? どうしてソレが理解できないんですの! こンのイカレ女狐!!」


「……それはこっちのセリフ。わたしのやるべきことを邪魔するな、暴走ドリル。大人しく穴でも掘ってろ」


「私の髪型をドリルと呼ぶのはおやめなさいっ!! ブチ転がしますわよっ!?」


「……やれるもんならやってみろ。そのド派手な髪ごと燃やしてやる」



 そして、相対する桃髪の荒魂。


 座った瞳に宿る剣呑極まりない輝き。その眼光は見るものを萎縮させ、心胆を寒からしめる。


 すでに彼女の手は刀の柄に伸びており、一触即発の空気を加速させていた。


 

「…………くぅん」



 ――どうして。


 そして、そんな彼女たちに挟まれた哀れな子羊――もとい、ブラウヴォルフ。


 顔面蒼白、冷や汗は滝のよう。身体はマナーモードの携帯の如く振動している。


 逃げ出したくとも恐怖で足は動かず、息を漏らしただけで致命的な攻撃が飛んできそうで声すら出すことが出来ない。


 最早その頭からは、この場に何をしに来たのか、何の目的があったのかなどは消え去ってしまっている。


 ただひたすらに、早くこの状況が終わってくれと祈り続ける様は、神の怒りを恐れる宗教家のようだった。


 騒ぎを見物していた野次馬たちも、異様すぎる雰囲気にどうしていいのか分からず、輪の範囲を二回りほど大きくして事の推移を見守っていた。



「――――そこまでだ」



 そこに、声がかかった。


 鈴を転がしたような可憐さと蕩けるような甘さが同居した、少女の声。


 突如として響いた凛とした音に、その場にいた誰もが声の方へ視線を向け……。


 誰もが、目を疑った。



「二人とも、喧嘩は止めよう。君たちが俺の為に動いてくれたのは知っているし、すごく嬉しい。けど、そこまでしてくれなくても大丈夫だよ。もともとそんなに気にして無かったからな。それに、これ以上はブラウ君が可哀そうだし」



 平坦な――よくよく聞けば、意識して平坦にしている――声で語りながら、コツコツと三人の元に歩み寄る少女。


 地獄に赴くとは思えぬほど軽い足取りは、彼女の強い意志の表れか、唯の蛮勇なのか。


 それとも――ただ、気にする余裕がないのか。


 カツンッ、とブーツの音を甲高く奏でた少女――ヴェンデッタは、固まった三人を睥睨した。


 

「さぁ、彼を解放してくれるか? そう怯えたままじゃ、話が出来ないだろう?」



 威風堂々と言い放ったヴェンデッタ。


 しかし、返答はない。


 それもそのはず、ブラウヴォルフも、アリアンロッドも、暁も。さらには野次馬までもが。


 割って入ったヴェンデッタの姿に、目を奪われていたのだから。


 小さく細い肩や鎖骨までもが大気に晒された、大胆なデザインのエプロンドレス。


 ノースリーブで露になった腕の手首には、「それ意味あんの?」と言いたくなる純白のカフスが嵌まっている。


 ふわり、と膨らんだスカートは太ももも露なミニ丈。黒い布の下から覗くパニエのフリルがちらちらと主張していた。


 ハイソックスで絶対領域を創り出し、そこを這うガーターベルトが危うい色香を演出する。


 そして少女の小さな頭の上には、ホワイトブリムが堂々と鎮座していた。



 ――――メイド、だった。



 角や翼、尻尾といったオプションパーツはあれど、その姿は誰がどう見てもメイドであった。


 少女の愛らしさを前面に押し出した、ミニスカメイドである。


 上から下までヴェンデッタの姿を見て、さらにたっぷりともう一往復視線を巡らせて……アリアンロッド、暁、ブラウヴォルフは口をそろえて。



「「「………………は?」」」



 と、困惑に満ちた声を上げた。


 

 ――――混沌カオスはまだまだ終わらない。

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