ブラウ君、死す……?

 ……だ、だれぇ……?


 唐突にブラウ君の後ろに現れた二人。


 その身から放たれる威圧感に、俺は思わず身震いした。


 ブラウ君の癇癪のような威圧とは比べ物にならない……! まるでここだけ重力場が狂ってしまったかのよう。大丈夫? 景色歪んでない?


 

「ひ、ひぅ……! な、なんなのよあれ……!」


「いや……俺にも分からん……」



 ひしっ、と背中に抱き着いてきたローザネーラも、おびえた様子でカタカタと震えている。


 身体の前に回されたローザネーラの小さな手に自分の手を重ねながら、俺は二人の修羅……少女たちを観察する。


 

「公衆の面前でよう……淑女の衣服を剥ぐなど、許されざる行為ですわ。これは……去勢が必要かしら? ねぇ、ケダモノさん?」


「ひぃいっ」



 ミシィ、とブラウ君の肩から、だいぶヤバそうな音が聞こえてくる。

 

 その白魚のような手にくっきりと血管を浮かべながら、装備ごと肩を握り潰そうとしているのは、金髪の……なんというか、凄く派手な感じの女の子。


 目を引くのは髪型だろう。ボリューム満点の金髪がドリルのようにくるっくるになっている。


 すごい。あんな見事な縦ロール、古い少女漫画でしか見たことねぇよ。


 身に着けているのは、金髪が映える真紅のドレス。肩とか胸元がかなり開放的な大胆なデザインだ。


 そして、下手をすれば服に着られてしまいそうな衣装を、完璧に自身を際立たせるためのモノにしてしまう現実離れした美貌。


 ……まぁ、今は神話の怪物『メデューサ』も斯くやな形相でブラウ君を脅しているんだが。


 男の子相手になんて恐ろしい脅し文句を言うんだ。ブラウ君内股になって震えてるぞ。



「……わたしのヴェータちゃんに手を出すとはいい度胸。死に方は選ばせてあげる。……細切れか消し炭か、好きな方を言え」


「…………っいへう」



 もう片方の肩から首筋に掛けてを、長い爪をした指がスゥーと撫で上げる。


 まるで『ここ切ったらいっぱい血が出て楽しそう』とでも言わんばかりの仕草でブラウ君の正気を奪っているのは、桜色の髪をした……狐耳の女の子。


 ぴょこん、と愛くるしさを詰め込んだケモノミミが頭の上で揺れ、腰の裏辺りからは、ふわっ、と動くモフモフの尻尾が覗いている。


 是非とも触ってみたい……その身から発せられる殺気がなければな。


 身に着けているのは桜色の和装。大正浪漫って言うのかな? 派手な女の子と負けず劣らずの美しさだ。


 表情の薄い美貌は、何処か幻想的で浮世離れした雰囲気を生み、彼女を花の精か何かと錯覚させそうだ。……まぁ、今は冥府の風の如き殺気のせいで、怨霊か何かにしか見えないけど。


 ブラウ君、顔真っ青だよ。髪の毛の色と区別が付かなくなっちゃうぞ。


 それにしても、二人とも何処かで見たことあるような……? 


 見覚えはある気がするんだけど、あの二人を知っているという事実を脳が拒んでいるため、中々思い出せなかった。



「ふふふ……紳士淑女のYESロリータ・絶対真理NOタッチを破った愚か者には、相応しい報いを与えなければいけませんわね。節操のない犬っころの粗末な棒など、潰してしまいましょう」


「切る……焼く……斬って燃やす……血飛沫……肉の焼ける匂い……骨の欠片も残らない……ふふっ」


「…………」



 ああっ! ブラウ君が白目を剥いて……! 


 二人から放たれる灼熱の怒りと極寒の殺気が混ざり合い、なんかもう言葉に出来ない空気がブラウ君を中心に巻き起こっていた。災害か? 


 傍にいる俺たちにも、その余波は来ている。


 場の空気に中てられたローザネーラは、すでに頭を抱えてしゃがみ込んでいた。


 プルプルと震え、「う~」と可愛らしく唸っている。


 ガード性能高そうな格好だなー……俺も真似していい? 嵐が過ぎ去るのを大人しく待ってもいいですか? 


 ……あ、駄目? 一応原因はお前にもあるんだから逃げるな? ……はい、わかりました。 


 と、兎に角、このままだとブラウ君が『ミンチよりひでぇや』な姿になりかねない。何とかして止めないと……。 


 俺が考えなしの一歩を踏み出そうとした、その時。



「失礼いたします」



 そんな、聞き覚えの無い声がして、ふわり。


 視界いっぱいに、白い布が広がった。


 

「な、なに!?」


「じっとしていてください。……その格好は少々周りの目に毒ですので、隠させていただきます」



 落ち着いた大人の女性の声がして、白い布があっという間に体に巻き付き……。



「ふぅ……とりあえず、応急処置としては十分でしょう」



 視界が開けると、俺の傍にはいつの間にか見知らぬ女性が立っていた。


 ひらり、と翻るロングのエプロンドレス。こちらを見つめる怜悧な眼差し。ショートヘアの黒髪の上には、ちょこんとヘッドドレスが乗っかっている。


 その姿は正しく……。



「……メイド?」


「はい、メイドでございますが。何か」



 さらり、と吐かれた良く通る声が耳朶を打つ。


 ……なんで? なんでメイド? えっ、このゲームで街で普通にメイドとエンカウントするの? アキバじゃん。


 と、俺が内心で首を傾げつつ呆然としていると、メイドさんは何かに納得したように小さく頷くと、身体の前で手を重ねて頭を下げた。



「ああ、申し遅れました。ワタシはメイ。あそこにいる暴れゴリラドリル……もとい、アリアお嬢様のメイドをしております」



 ゴリ……え? なんか今、凄い暴言が聞こえたような……?


 困惑する俺を置いて、メイドさん――メイさんは粛々と言葉を続ける。



「突然の事で驚かれたかと思いますが、貴女のような淑女が公衆の面前で肌を晒し続けるのは良くないと思い、お体を隠させて頂きました。それと……メイドとエンカウントする確率は非常に低いのでご安心ください」



 ああ、なるほど。確かに今の身体で上半身肌着のみは不味いか。


 いまだにその辺の感覚に疎いの、早く何とかしないといけないなと思ってるんだが……。


 とにかく、気遣ってくれたのは素直にありがたい。ここはお礼を一つ……いや待て。


 あれ? 俺、メイドに遭遇云々って声に出してたっけ? いや、出してないよな??


 ……え? 思考を読まれた……? え……怖……。


 そう思ってメイさんの方を見ると、くすり、と悪戯っぽい笑みを返された。



「メイド、ですので」


「あ、ハイ……」



 ……メイドならしょうがないな(思考放棄)!


 ピンと立てた人差し指を唇に、茶目っ気たっぷりにウインクされちゃ何も言えないって……。


 メイさんは表情を憂いのあるモノに変えると、少し深刻そうな声で。



「して、ヴェンデッタ様。少々知恵をお借りしたいのですが、よろしいでしょうか?」



 と、懇願するように聞いてくる。



「……あれ? 俺、名乗りましたっけ?」


「いえ、私が一方的に知っているだけです。貴女はいろいろと有名ですし……それに、あそこで暴走しているゴリドリル……もとい、アリアお嬢様は貴女と同じ配信者です。聞いたことありませんか? メガミチャンネルのアリアンロッド・プリマヴェーラの名を」


「………………はぁ!!?」


 

 思わず、口から叫び声が飛び出る。


 そして、努めて視界に入れないようにしていた二人の内、派手な女の子の方に視線を向けた。


 ウソだろ……? アリアンロッド・プリマヴェーラ……だって?


 よくよく見て……メイさんの言っていることが本当だと気づく。


 そして、さらに驚愕。


 何処かで見た顔だと思ったら、MainTubeで他の配信者の動画を漁ってた時に見たんだ!!


 しゅ、修羅もしくは般若みたいな顔してるせいで、これぽっちも気付けなかった……。


 てか、アリアンロッド・プリマヴェーラって言ったらC2配信者の中でもトップクラスのド有名人だよな……チャンネル登録者数百万人超えてたし……。


 

「………………え? なんでそんな有名人が、俺なんかに……? あっ、いや。ブラウ君が目当てという可能性も……」


「いえ、お嬢様はこの場に向かわれる際、『私の天使がっ!』とアホみたいに叫んでいたので、貴女が目的で間違いないかと」


「いや俺、悪魔なんですけど……」


「はい、存じております。それと、新種族発見おめでとうございます。向こう一週間は考察界隈がお祭り騒ぎになりますでしょうね」



 にっこりと笑顔を向けてくるメイさん。


 ……なんでほんの数十分前の事をすでに知っているのか……は、多分聞いても無駄なんだろうなぁ。


 だって、メイドさんだし。



「ええ、メイドですから」


「あ、ハイ」



 ナチュラルに思考を読んでくるメイさんから視線を逸らし、(見たくないけど)ブラウ君の方を見る。


 現実逃避もそこそこに、そろそろあの二人をどうにかしないと……。



「あら? なんとか言ったらどうなのかしら、この駄犬」


「……釜茹でにして、ホットドッグになる?」


「あばばばばばばばばばばば……」



 あぁ! ブラウ君が泡吹いてる……!?

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