21話 名前を交わせば
「はー……何とかなったなぁ」
「ええ……なんとかなったわねぇ」
少しだけ隆起した小高い丘の上。
草のクッションに身を委ねつつ、俺とローザネーラは仰向けに寝転んでいた。
空は快晴。包み込むような陽光が降り注ぎ、時折吹く風が心地よい。
フィールドで寝っ転がって問題ないのかって?
それが、大丈夫なのだ。そも、ここはフィールドじゃない。
ボスを討伐することで解放される『ポータル』というモノで、モンスターが湧かない安全地帯になっている。ログアウトも出来るよ!
ポータルの名前は【安らぎの丘】。
名は体を表す、だな。存分に安らげてます。
適度な疲労感と、ボスを倒した達成感。
思わず頬が緩んじゃいそうだ。
だら~、と弛緩した雰囲気のまま、ローザネーラに話掛ける。
ちょっと揶揄うような笑みを浮かべて、ね?
「いやぁ、誰かさんがボスに捕まってるのを見たときは、心臓飛び出るかと思ったわ」
「わ、わるかったわよ。……その、たすけてくれて、ありがとう」
「お? 素直じゃん?」
「からかうんじゃないわよっ! ふんっ!」
向こう側に顔を背けてしまったローザネーラに、苦笑。
まぁ、でも。助けられたのは俺もだったり。
スライム入道の大技。全方位に対する触手攻撃。
あれに気付けたのは、ローザネーラの声があったおかげだし。
なにより、無傷で切り抜ける事が出来たのは、彼女が立ち直ってくれたからに他ならない。
首切り君抜きであれを切り抜けるのは、不可能だっただろう。
蜂の巣にされて、確実に死に戻っていたはずだ。
耐久が紙っぺらなのは変わってないし、装備も初期のクソ雑魚仕様だからね。
ローザネーラを召喚したら、街の探索と装備の更新をする予定だったんだけど……いやはや、予定ってのは中々にうまく行ってくれないな。
「ま、なんにせよ。助かったよ、ローザネーラ。ありがとう」
「……なまえ」
「え?」
名前? 名前がどうかしたのか?
もしかして、気安く呼ぶなってことか? うーん、少しは仲良くなれたのかと思ったんだけど……俺の勘違いだった?
だいぶ悲しい気持ちになっていると、ローザネーラが体を起こし、こちらに視線を向けた。
嫌悪感などは、ない。ただ真剣な光が宿った
「ワタシ、まだあんたのなまえ、ちゃんときいてない」
「……あれ? 自己紹介、してなかったか?」
こくり、と頷きが返ってきた。
言われて思い返してみれば、確かに俺から名乗った記憶はなかった。
ローザネーラのロリ化に加え、ローザネーラが首切り君にビビり散らしたり、ローザネーラが脱兎のごとく逃げてしまったりと、召喚直後にあった怒涛の展開ですっぽりと忘れていたらしい。
それは、良くない。
俺も身体を起こして、しっかりとローザネーラの方へと向き直った。
「俺はヴェンデッタ。下級悪魔で【
「ワタシはローザネーラ。【こうけつ】にてしんそのきゅうけつきのローザネーラよ」
ローザネーラは小さく悪戯っぽい笑みを浮かべながら、俺に合わせるように告げる。
名前を交わす。
たったそれだけで、ぐっと距離が縮まったような気がするから不思議だ。
俺の顔にも、きっと笑顔が浮かんでいるだろう。
雰囲気も、注ぐ陽光のように暖かく、髪を揺らす風のように優しいモノになっていた。
・てぇてぇ
・はー、てぇてぇなぁ
・なるほど、ここが楽園か
・ずっと見てられる
・ロリとロリの戯れ、マジ尊い……
・あの場の空気になりてぇ
俺は、何も、見てません。
「そうだ。なぁ、ローザネーラ」
「なぁに?」
「呼び方、決めないか? 俺とお前の」
「そんなの、なんでもいいじゃない」
「じゃあ、ローちゃんとかどうだ? 短くて呼びやすいし、何より今のお前にぴったりな可愛い呼び方だろ? どうだ、ローちゃん」
「そ、そんななんじゃくなよびなはいやよっ! と、というか、かわいいとかきがるにいうなっ。このけだもの!」
「酷い謂れ用だ……純粋に褒めただけなのに……」
「なおさらわるいわっ! ええい、ふつうにローザネーラってよびなさいよっ!」
「ローちゃん、だめ?」
「だめっ!!」
向かい合い、見つめ合い、笑い合い。言葉を交わす俺とローザネーラ。
・は? 神か?
・二人だけの聖域……
・こんなのもう付き合ってるじゃん!
・ヴェンデッタ×ローザネーラか……いいね
・いい……とてもいい……
・いちゃいちゃしやがって……いいぞ! もっとやれっ!
……ちょっと、ウィンドウは閉じとこうか。
つーか、イチャイチャってなんだ?
確かに中身の性別的には正しいけど、見た目は女同士だぞ? イチャイチャもクソもないだろ。
俺はただ、ローザネーラとは仲良くしておきたいだけだ。
これから長い付き合いになりそうだしね。
「じゃあ、ローザネーラって呼ぶから。それで、ローザネーラは俺をなんて呼んでくれるんだ?」
「……ますたー? ほら、しょうかんぬしだし」
「えぇ……それなんか、俺がちっちゃい子にマスター呼びを強要してるみたいにならないか? つーか、ローザネーラは良いのか、それで」
「ワ、ワタシはべつにかまわないわよ? そんなことでおこるほどきょうりょうじゃないもの」
「ローちゃん呼びは駄目なのに?」
「それとこれとはっ! はなしがっ! べつっ! てか、むしかえすんじゃないわよ! ばかますたー!」
「おわっ! 分かった、分かったから! 暴れるなって!」
ぽかぽかと振るわる小さな拳が、胸のあたりを何度も叩く。
痛くはないけど、なんかこそばゆい!
何とか辞めさせたけど、まだ『フーッ! フーッ!』って唸っている。
威嚇する子猫みたいで、可愛らしい。撫でちゃダメかな?
と、思った時には、もうすでにローザネーラの頭に手を伸ばしていた。
ぽんっ、と手を置くと、藍色の髪はサラサラで凄く触り心地がいい。
かいぐりかいぐり。小さく円を描くように手を動かし、その感触を堪能する。
おお、これは癖になりそう。
ローザネーラは?
静かだった。目を細めて頬を緩めている。気持ちよさそう?
「ふにゅ……はっ! ……って! なにするのよー!」
残念、時間切れ。
ふんにゃりローザネーにゃは、威嚇ローザネーにゃに戻ってしまった。
「このけだものますたー! へんたいますたー! もうっ! もうっ!」
ぺしっ、と手をはたかれ、すねたような目で睨まれる。
うん、今のは俺が悪かった。我を忘れてしまったようだ。
「ごめん、ローザネーラの髪がすっごくサラサラで、綺麗だったからさ」
「……ッ! この…………ばかますたぁー!!」
うおっ、耳痛ッ!?
甲高い怒声に、思わず身体をのけぞらせる。
てか、なんで?
そんな、顔を真っ赤にしてまで怒られるようなこと言ったっけ……。
分からん。
分からんけどとりあえず、もう一度謝っておきましょう。
すみませんでしたぁ!
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