20話 吸血少女は立ち上がる
……戦いは、順調に進んでいる。
へたり込んで動けないワタシの視線の先で、アイツが巨大なスライムと相対し、互角に渡り合っていた。
ううん、あれは互角なんかじゃない。
ヒュージスライム・アークァードールが、完全に手玉に取られている……。
迫りくる無数の触手。速くて複雑な軌道を描くそれは、蛇の群れが飛び掛かってくるよう。
叩きつけられる巨大な腕。大木が倒れてくるに等しいそれは、当たれば砂糖菓子のように容易く砕かれてしまうだろう。
けれど、アイツには届かない。
するり、するり。まるで踊るような動きで、アイツは全ての攻撃を躱している。
避けきれないタイミングの攻撃は魔法やアーツを使って対処する。
……すごい。なんでアレだけ動けて、【
アイツの魔法が、ヒュージスライム・アークァードールに直撃し、苦悶の叫びを上げさせていた。弱点のコアにでもあたったのだろう。
本当に、すごい。でも、アイツは。
昨日の方が、もっとすごかった。
やっぱり、武器がないから? アイツが武器を使わないのは、ワタシのせい。そのくらい分かってる。
……情けない。
あと、ちょっとイライラしてきた。
誰に? 決まってるでしょ、ワタシに、よ。
アイツがアレだけ凄いことをしている。
なのに、ワタシは何をしているの?
ただ、蹲って震えているだけ。
誇り高き真祖の吸血鬼であるワタシが。
【煌血】と呼ばれたこのワタシが?
…………情けない。本当に、情けなさすぎるわよっ!!
「ふっ……ぬぐぐ……!」
動け。
動きなさい。
何が《萎縮》よ。
大鎌? 斬首? ええ、怖いわ。トラウマだもの。怖いに決まってるじゃない。
でも……それでもっ……!!
「ふぎぎ……!」
今、ワタシが、アイツと一緒に戦っていない方が。
「よっぽど……ッ! いやっ!!」
叫んで、身体に力を込めて。
立ち上がった。
……立ち上がれた!
身体を縛っていた枷が消え、嘘のように軽い。
胸を縛る恐怖は? 怒りで上書き。動け動けと、急かすワタシがいる。
すぐに、アイツの方を見た。
状況は?
……ヒュージスライム・アークァードールの様子がおかしい?
身体を丸めて、何かをしようとしている?
アイツは? ……気づいてない。
距離を取って、魔法を連続で叩きこむことで留めを刺そうとしてる。
ひるんだ、と判断したのかしら? 確かに、そう見える。
けど、違和感。
目に見える範囲で、おかしなところはない? じゃあ、見えないものだ。
視界を、切り替える。
魔力の流れを直接視認できる《魔眼》。吸血鬼の基礎能力。
本当なら他にもいろいろできるんだけど……くっ、弱体化って本当に厄介ね!
魔力の流れは……ッ!?
スライムの身体に、魔力が集まってる……?
明らかに、何かしようとしている合図!
遅かった!
警告……ダメ、間に合わないっ!?
でもっ!
「にげてぇえええええええええええええええええええええええええええっ!!!!」
思いっきり、アイツに向かって、叫ぶ。
届いた? アイツが、スキルを使ってスライムとの距離を取ってる。その反応速度は、素晴らしいと言う他ない。
一瞬だけ、こっちを見たアイツと視線が絡む。
驚いたよう、目を見開いていた。驚かされてばかりだったから、ちょっぴりいい気分。
って、浮かれてちゃだめ。
スライムがため込んでる魔力は、もう限界ぎりぎり。すぐにでも、何かが起こる。
アイツとスライムの距離は……まだ近い。直撃はしなくても、なんらかの被害を受ける距離。
今のままなら、ね。
でも、昨日のアイツなら?
ワタシを完封した、あの時のアイツなら?
どうとでもなるんじゃないかしら。
「あんたっ! つかいなさいっ!!」
これで伝わる? ちょっと不安。もう一押し。
「ワタシは、だいじょうぶよっ!!!」
うん、これでいいはず。
アイツは振り返らない。でも、分かる。ちゃんと伝わってるって。
『ぎゅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!』
ヒュージスライム・アークァードールが、叫ぶ。
収束していた魔力が爆ぜ、全方位に物凄い数の触手がまき散らされた。
アイツのいるところにも、攻撃が届く。
その、刹那。
――――――真紅の嵐が、巻き起こった。
ほら、ね?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ローザネーラ、《萎縮》治ったの?
後方より聞こえてきたやけに切羽詰まった声に、反射的に《ファストステップ》で後方に飛んだ。
何かあるのか? スライム入道は蹲って動かないし……。
いや、まて?
スライム入道が、少し膨らんでる。
急速に嫌な予感が――――え?
ローザネーラの声が、聞こえた。
いいのか? 使っても?
大丈夫なのか? 本当に?
けど、聞こえた声は、くすぐったくなるくらいの信頼に満ちていて――――。
気が付けば、身体が動いていた。
『ぎゅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!』
スライム入道が叫び、その身体がハリネズミみたいになる。
無数の触手が、波のように迫ってきた。速い速い!
回避は? 無理。
なら――迎撃しか、ないよな。
すでに俺の手には、インベントリから取り出した首切り君が握られている。
後は、スキル。
「《刹那》!」
このスキルは、とびっきりだ。
効果は数秒。連発は出来ない。
けど、その間、反応速度と動体視力を著しく上昇させる。
つまり?
――――――世界が――――――。
――――――止まる――――――。
色が消えた、灰色の世界。
ゆっくりになった視界の中で、迫りくる触手を観察する。
俺に当たりそうなのは、あれと、それと、これと……うん、まぁ。
全部切っちゃえば、いいか。
首切り君、頼むぞ? お前の能力のお披露目でもあるんだから。
小さく息を吸って、止める。
《刹那》の効果が、切れた。
行くぞ。
「はぁあああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
叫び、腕を振るう。
何度も何度も。
袈裟斬り、薙ぎ払い、切り上げ、唐竹。縦横無尽に、首切り君を走らせる。
切れ。
斬れ。
切って斬って割って裂ってキッてきって斬る切るきるキルkillッ!!!!
我武者羅に。滅茶苦茶に。
間合いの外からも狙われてる? OK。
なら、刃を伸ばして対処してやろう。
首切り君の刃が、ぎゅいん、と延長した。三メートルはありそう。
それが、遠くの触手を雑草を刈り取るかのように容易く切り裂いた。
《自在血刃》。
刃の形状、長さをある程度自由に変更できる、首切り君――『
ちなみに、これだけじゃないんだけど、そっちはまた別の機会に。
しかし、この能力。
一見、地味に見える。でも、恐ろしすぎるだろ!
戦いにおいて、間合いという概念は常に付きまとってくる。非常に重要だ。
それを、自在に操れる。戦いの最中に変えられる。
厄介って言葉じゃ片付けられないな。
無心で首切り君を振るい、気が付けば、スライム入道の攻撃は終わっていた。
さっきのはかなりの大技だったのだろう。見るからに消耗している。身体も少し小さくなったんじゃ?
HPは、残り二割と言ったところだ。
俺? 無傷です。触手は全部、斬り落としてやったぜ。
・ああっ! せっかくの触手プレイのチャンスが!
・くそっ、もっと頑張れよスライム……!
・無念だ……あまりにも無念……!
・この世に神はいないのか……
・ヴェンデッタちゃんの触手プレイどこ……? ここ……?
・世界って……残酷なんだな
コメントは自重という言葉を覚えようか?
俺の触手プレイとか……いやまぁ、需要はあるのかね。
女の身になってまだ一か月新米じゃ、まだ理解できない領域だ。
そんなことを考えていると、俺の隣に小さな影が。
ちらり、と視線を向ければ、頼もしい笑みが瞳に映る。
なるほど。ちゃんと吹っ切れてるみたいだな? どんな心境の変化があったのやら。
けど――ふふっ、いいね。
「いけるか?」
「だれにものをいってるのよ」
言葉は短く。
俺とローザネーラは、同時に腕を掲げた。
標的は、勿論のことスライム入道だ。
さて。
トドメと行こうか?
折角だし、派手に決めようじゃないか。
「『悪意は集い、暗き力と為りて黒に染まる。闇の星よ、爆ぜて散り逝け』」
「『世界は歪み、無明の日々は砕け散る。理の前に無塵へ裂かれよ』」
このゲームの魔法は、基本的に無詠唱で発動することが出来る。
だが、設定されている呪文を唱える事で、威力を底上げすることが可能なのだ。
俺とローザネーラの詠唱が同時に響く。
多少の厨二臭さは我慢。ファンタジーゲームだし、このくらいはね?
隣を横目で見る。
丁度、こちらを見ていた
――息、ぴったりだな?
――みたいね。
どちらからともなく破顔し、視線を戻す。
さぁ、スライム入道よ。
完全詠唱の威力、喰らってみな。
「【
「【
二人の声が重なり、魔法が放たれる。
闇の球体と……なんだ? 空間が、歪んでいる?
俺の魔法と、ローザネーラの正体不明の魔法がスライム入道の身体に突き刺さり。
『ぎゅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!?』
耳に届く叫びは、まごうことなき断末魔。
スライム入道のHPゲージは、ゆっくりとその残量を減らしていき。
そして。
《プレイヤー:ヴェンデッタはフィールドボス:『ヒュージスライム・アークァードール』に勝利しました》
《経験値が一定に達しました。プレイヤー:ヴェンデッタの種族レベルはすでに上限に達しています。経験値は蓄積されます》
《経験値が一定に達しました。プレイヤー:ヴェンデッタの職業レベルが上がりました》
《スキル《召喚術》のレベルが上がりました》
《スキル《大鎌》のレベルが上がりました》
《スキル《闇術》のレベルが上がりました》
《スキル《ファストステップ》のレベルが上がりました》
《スキル《受け流し》のレベルが上がりました》
《スキル《フラッシュアクト》のレベルが上がりました》
《スキル《刹那》のレベルが上がりました》
《スキル《回避》を習得しました》
《スキル《連撃》を習得しました》
俺たちの、勝利だ。
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