続・復讐の宇宙へ

 兎山とやま克彦かつひこはチャーハンにむしゃぶりついていた。

 美味い。実に美味しいチャーハンだ。ご飯はちょうど良くほぐれ、それでいてしっとりしている。味付けも抜群で、中華料理の旨みが凝縮されているようだった。幸せな美味しさだ。ただ、全く辛くはない。

 そこに麻婆豆腐をかける。麻婆豆腐は辛く、そして甘い。その落差こそが極上の美味しさを感じさせた。辛さの奥に甘さを感じることで、そのギャップがただ甘いのとは違う、特別な旨みを感じるのだ。


「よし、少しずつ勘が戻っている……気がする」


 兎山は病室から抜け出てきたばかりだった。医者からはこれ以上の激辛競技は危険だと宣告を受けている。それでも、オリンピック選手に選ばれる機会を逃すなんて男じゃないだろう。

 チャーハンを食べ、麻婆豆腐を食べ、まだまだ自分の身体は大丈夫だと感じる。だが、それを計るための最後のピースがあった。小スープだ。


 小スープなどという何気ない名前だが、これは北区ラーメンのスープをそのまま掬ったものである。つまり、北区ラーメンと同様に辛い。

 その小スープを蓮華れんげに掬うと、チャーハンと一緒に口に入れる。


「行ける」


 そう兎山の舌は判断した。そのままチャーハンとともに小スープを飲み干す。


――グギギッ


 激痛が走った。味には耐えられても腹痛に耐えることは難しい。一瞬、棄権を考える。


「あははーっ、おいしーっ」


 兎山の横には能天気な顔の日葵が冷たい味噌ラーメンを啜っている。実に幸せそうな笑顔だった。


「殴りたい、この笑顔」


 兎山の心に怒りの感情が剥き出しになっていく。日葵のせいで、どれだけひどい目に遭ったことか。現在、腹痛に悩まされているのも日葵のせいなのだ。

 だというのに、能天気にも、幸せそうに、激辛ラーメンを啜っているではないか。とても許せることではなかった。


「うおおおおおおっ!」


 雄叫びを上げる。そして、その勢いのままに小スープをごくごくと飲んだ。瞬く間に飲みきった。


「北区ラーメン辛さ20倍!」


 料理人に注文をつける。もはや奇を衒う必要はない。セオリー通りに最大効率で突き進むだけだ。

 やがて、北区ラーメンが置かれる。それを猛烈な勢いで食べていった。


 1杯を平らげ、さらに2杯目。そして、3杯目に手をつける。そのスピードは驚異的であり、日葵や撫子を寄せ付けぬほどだった。

 だが、その様子を眺めて、撫子がぽつりと呟く。


「兎山さ、そのペースでどこまで行けるの? お腹痛くない?」


 その言葉で兎山は冷静になった。しかし、冷静になってはいけなかった。

 自分はこのラーメンをどれだけ食べなくてはいけないんだろう。そう考えると、途方もない気分が襲った。

 まだ3杯。あと47杯は食べなくては優勝できない。そう考えると、もはや冷静ではいられなかった。


 麺を啜る。辛い。だが、その奥に甘さがある。辛さと甘さ、それが渾然一体となり、奇妙だが心地よい旨さに変わっていた。

 しかし、その感覚もまた幾度となく味わったものである。


 もう一口を食べる。辛い。そして、お腹が痛い。

 自己暗示も限界に近かった。胃の、あるいは腸の痛みに耐え切れず、思わず手を上げた。それに従い、医療従事者たちが現れ、病室へと案内される。


 自分の戦いは終わった。兎山はそう判断した。

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