天才猫

 鵜田うだ兎山とやまは消えた。広範囲を洗脳する怪しげな男と挙動不審ながら精神の昂ぶりに応じて無茶な早食いをする男。どちらも気持ちの悪い男だった。


 残るは天才の種子ライジング・プロミネンス高梨たかなし日葵ひまり、ただ一人である。

 日葵の激辛への適正・耐性には来海沢くるみざわ撫子なでしこも勝てる気はしない。ただ、それに大喰いという要素エッセンスがあればどうか。勝機はある。


「げんきのこ北区ラーメン大盛りで」


 レアメニューを頼む。この試合では中国料理・均坂ならさかの全メニューを頼むことができた。その中には季節限定販売のメニューも含まれている。

 レアメニューを頼むことで、日葵の好奇心を揺さぶるのだ。大丈夫、彼女は激辛勝負など忘れて未知のメニューに夢中になるはず。

 そうなられば占めたもの。そのまま大食い勝負にもつれ込むことができる。


「えー、じゃあ、私は……これ、辛味噌ちゃんぽん! うん、美味しそ」


 果たして、日葵はにこやかな笑顔で限定メニューを頼む。当然というか、辛さの倍率を変えることのできないメニューだ。

 撫子はほくそ笑んだ。勝機あり。このまま大食いを行い、日葵の自滅を待てばいい。ポイント先行で勝つことなんて考えるべきではない。相手を潰せば、それで勝ちになるのだ。

 そんな勝利でいい。


「へい、ラーメンお待ち」


 目の前にラーメンが置かれる。げんきのこ北区ラーメンだ。

 このラーメンは23区の極北にある北区をイメージして作られた激辛ラーメン・北区ラーメンを基にしており、シイタケ、マイタケ、エリンギ、しめじと、多種のキノコで作られたあんかけがかけられている。


 撫子はそのラーメンを啜った。激辛の奥に味噌の甘さがある北区ラーメンの美味しさはそのままに、多種多様なキノコが中華餡に絡まっている。

 あんかけラーメンの味わいはスープと餡が徐々に溶け合っていくことに醍醐味があった。食べ進めるうちに味が変わり、餡とスープが混ざり合い、新たな味わいを見せる。飽きることなく食べることのできる一品だ。


 対して、撫子の注文に触発されて日葵が頼んだ辛味噌ちゃんぽんにはそんな醍醐味はない。具沢山で楽しいメニューであるが、味変などは少ない。

 これは撫子が優位であろうと思われた。


 パッパッパッパッ


 日葵は途中で白胡椒をかけはじめる。まさか、どこの誰が作ったかもわからないラーメンよりもS$Bのテンプルコショーを信用しているとでもいうのだろうか。いや、ちゃんぽんに胡椒はわりと基本的な行動だったかもしれない。

 しかし、これで形成の有利を信じた撫子の心情が揺らいだ。日葵には勝てないのではないか。そんな気持ちが心中にぎる。


 いや、まだだ。頼むべきメニューがある。

 げんきのこ北区ラーメンを食べ終えると、再び料理人に声をかける。


「チャンプルー」


 チャンプルーは沖縄料理でいうチャンプルーとは違う。混ぜ麺のように、具材と麺を混ぜ合わせて食べるメニューであった。

 汁なしの麺で攻める。汁も飲み干すルールの今大会において、これはかなりの抜け道である。それでいて、汁なし麺であることはメニュー名から察知されないだろう。思わぬ伏兵というわけである。


「私はぁ、なんにしよ、えーと……、海の幸豆乳タンメン、これで」


 狙いが当たった。日葵は何を頼むか迷い、そして、豆乳タンメンを選んだ。

 海の幸豆乳タンメンは美味しいラーメンだ。味噌スープと豆乳が奇跡的にマッチしており、野菜も魚介との相性も抜群である。しかし、辛さの度合いはゼロなのだ。

 競技に対する影響は皆無といえる。腹が膨れる分、マイナスの影響があるかもしれない。そのメニューを日葵は食べることになった。愚かだ。

 勝負はこちらに向いてきている、撫子はそう感じていた。


 だが、そんな時に事件は起きる。撫子も日葵もそんな事態が発生するとは思ってもいなかっただろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る