新・種子は未来に花開くか

「宙を舞う麺ですか。その麺は眼球に焼きつくことでしょう」


 未来人セレクト・ユア・ファイナル・ディシジョン巳螺野龍哉みらのたつやが宣言した。しかし、対戦相手の漁り猫チャコール・グレイ・フォルクローレ来海沢くるみざわ撫子なでしこはにやりと笑う。


「あなたのその攻撃、見切っているのよ」


 その言葉に巳螺野はギクリとする。すでに自分のわざの破り方を見つけたというのだろうか。いや、そんなはずがない。いかに猫の目といえど、そんなことはできるはずがない。

 果たして、撫子は麺を投げる角度を変える。その麺の落ちる先は巳螺野の顔面であった。未来人セレクト・ユア・ファイナル・ディシジョンのからくりを見破ったわけではない。しかし……。


「ぎぃやぁぁぁぁっ」


 巳螺野は悲痛な叫び声を上げる。熱々の麺が、それに付着した純度の高いカプサイシンの塊が、巳螺野の眼球を焼き付けた。それは耐え難い痛みであった。

 思わず目をつぶるが、それにより閉じ込められたカプサイシンは眼球を焼き続ける。それでいて、もはや目を開けることもかなわない。ただ、痛みだけが巳螺野を襲っていた。


「いけなーい! 巳螺野さんに当てちゃいました。ごめんなさいね」


 白々しい撫子の声が響いていた。その言葉にイラっとしたものを感じるが、しかし、感情に支配されては勝負を制することはできない。

 巳螺野は心を落ち着かせて言葉を返した。


「ふっ。まあ、いいでしょう。これで心眼を働かせることができるというものです」


 自分の言葉がヒントになる。そうだ、心眼だ。神経を集中させ、周囲の音を聞く。匂いを嗅ぐ。空気の流れを肌で感じた。

 そして、ラーメンの麺の中にある燻りの音に気づいた。


「そのラーメン、燃え上がります」


 言葉を発する。それとともに、撫子の動きがぎこちなく変わった。そして、次の瞬間、撫子はのた打ち回る。麺が発火したと思い込んでいるのだ。


「ぎぃいやぁぁぁぁっ」


 今度は悲鳴を上げたのは撫子のほうだった。だが、スープを飲み、すぐさま正気を取り戻す。

 しかし、無計画にスープを飲んで攻略できるようなラーメンではない。宇宙一辛いラーメン・ほむらなのだ。一連の行動で撫子の舌はもうボロボロだ。

 どうにかラーメンを1杯食べきる。それだけでも賞賛されるべき成果といえるだろう。


 続いて現れたのは、天才の種子ライジング・プロミネンス高梨たかなし日葵ひまりだ。甥である亘理わたるにいが最も警戒していた相手である。ついに引きずり出すことができた。

 できることなら完膚なきまでに叩き潰したいところであるが、どうなのか。


「美味しい~」


 能天気な声が響く。宇宙一辛いラーメン・ほむらを難なく……というより楽しげに食べている。その光景は不気味だった。巳螺野はあまりの辛さにまだ1杯だって食べていないのだ。

 こうなると、早々に仕掛けるしかない。


 巳螺野は神経を研ぎ澄ます。先ほどと同様に麺に油と炎の燻りがあった。その僅かな違和感を発火として錯誤させる。


「日葵さん、その麺、燃えますよ」


 言葉を発する。発動した。しかし、日葵の表情は変わらない。


「ああ、これね」


 日葵はこともなげに呟くと、麺を大量に頬張った。それだけで消化できた……と認識する。

 強い。さすがは最要注意人物だ。


「ほんと、美味しい。幸せ~」


 先ほどのトラブルなどものともせず、激辛食を楽しんでいる。なんという奴だ。

 このまま、こいつを野放しにしてはいられない。


 巳螺野は神経を集中する。そして、音を聞いた。日葵の胃の中に蓄積する激辛ラーメンの連なる音を。

 それを意識しつつ、眼球に麺が当たった痛みから閉じたままの目を見開いた。その眼が日葵を射抜く。


「今です。あなたの胃は氾濫を始める」


 その眼光、その言葉が日葵に突き刺さる。突如として、日葵は腹を押さえ、苦しみ始める。嘔吐しかかるが、それはどうにか飲み込んだようだ。もはや、日葵にこれ以上の食は不可能だ。

 巳螺野はほくそ笑む。勝利を確信した。

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