種子は未来に花開くか 征服

「ちっ、ここで二人が当たんのかよ!」


 そうボヤいたのは虎島とらじま亘理わたるだ。かつては理論派ライズ・ユア・アインアン・ウィルと呼ばれた激辛アスリートであったが、現在は五輪予選大会の激辛部門の運営委員長である。

 その亘理が苛立っている。いや、この男はいつも苛立っているようにも思うが。


「早いだろ。なんで、決勝で当たらんかね。ま、そんなん運でしかないっちゃないんだが、何のためにチームシャッフルにしたか、わかりゃしねぇ」


 シャッフルによって、3VS3になる。となると、この組み合わせになる確率は1/9。その約一割を踏んでしまうとは……。まったく、ついていないというものだった。


龍哉たつやにはもっといろんな奴を潰してほしかったんだけどな……。いいんだよ、日葵ひまりは……」


 龍哉とは、未来人セレクト・ユア・ファイナル・ディシジョン巳螺野龍哉みらのたつやであり、日葵は、天才の種子ライジング・プロミネンス高梨たかなし日葵ひまりのことだ。

 亘理にとってはどちらも身内であり、どちらが勝ち残ってもよかった。その二人がここで決勝進出を賭けて争うのである。これは本意ではなかった。


「ほかの有象無象を潰してほしかったってのに。世の中、ままならないことばかりだ」


 亘理としては、龍哉と日葵の二人で、東雲しののめ芍薬しゃくやく兎山とやま克彦かつひこといったどうでもいい奴を倒してほしかった。何なら、二階堂にかいどう六華りっかのような目の上のたんこぶを叩きのめしてくれるならなお良い。

 だが、その目は消えてしまった。


 運営の手が入っていることを悟られないためには、ランダム性を導入するのがいい。そのため、シャッフル自体には手をつけなかった。それが裏目に出て、ダイスは最悪な目を出してしまったのだ。

 亘理は頭を抱える。とはいえ、そのことは織り込み済みでもあった。そのためのシステムもある。

 勝利チーム以外にも審査員が評価した一人が勝ち残る。それは、龍哉か日葵、そのどちらかを残せばいいだけだ。


 そう思っていると、龍哉の予言が響き、日葵がうずくまった。まるで吐き気を催したかのようだ。

 激辛において、吐き気以上に怖ろしいものもない。カプサイシンで満ちた胃のものが戻ると、それは食道を焼き、喉を焼く。当然、不快な臭いと味が口内に残るだろう。その上で、再度、激辛フードファイトに戻ることは困難を極める。

 日葵はもう終わったかもしれない。


「おい、加減しろよ」


 亘理は怒気を孕んだ声で呟く。まだ、日葵は宇宙一辛いラーメン・ほむらを数杯食べたに過ぎない。その状態で倒れては日葵を推すことが難しくなる。

 だが、そんな事態ではなかった。龍哉もまた宇宙一辛いラーメン・ほむらをほとんど食べ進められていなかった。


「あいつ、激辛、苦手だったか……」


 その評価は正当ではない。宇宙一辛いラーメン・ほむらはその名のとおり半端ないほどに辛い。食べ進めることができたなら、それだけで激辛上級者といえるだろう。

 とはいえ、オリンピック選手を目指すものであれば、食べることができて当然だ。その意味では、龍哉はその域には達せていないといえた。


 状況は膠着する。その様子を亘理はやきもきしながら眺めていた。


「いやいやいや、龍哉! 何やってんだ!? お前も食えよ!」


 運営室の中で、亘理の言葉が虚しく響く。しかし、龍哉の反撃の狼煙か、彼の声が聞こえた。


「日葵さん、あなたより早く私はこのラーメンを食べることでしょう」


 その宣言の通りに、龍哉は今までの膠着状態が嘘であるかのように、猛烈な息を出で宇宙一辛いラーメン・ほむらを食べ進める。

 そして、1杯目を完食。次いで、2杯、3杯。

 日葵の背後ではチームメイトの来海沢くるみざわ撫子なでしこの悲痛な叫び声が聞こえた。


「あんた、このままじゃ負けちゃうよぉ」

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