種子は未来に花開くか

「まだ、終わりじゃないんだからっ!」


 漁り猫チャコール・グレイ・フォルクローレ来海沢くるみざわ撫子なでしこは吼えた。負け犬の遠吠えに過ぎない。そんな思いに駆られながらも、しかし、本当に負けるわけにはいかないのだ。

 釣り投げた麺が落下してくる。それを箸でキャッチすると、そのままツルツルと啜った。空中で冷やされ、難なく食べることができる。残るはスープだが、これは根性で飲み干すしかない。


「プハァッ、これで20杯目、完食よ」


 撫子はそう宣言したが、料理人の鹿島かしまは聞いていない。

 未来人セレクト・ユア・ファイナル・ディシジョン巳螺野龍哉みらのたつやに料理を出していた。真っ黒なラーメンのようだったが、鹿島がマッチを摺るとボワッと炎が燃え上がった。フランベだ。その炎に観客たちが一気に盛り上がる。

 その様子を見て、撫子はチッと舌打ちする。


「何それ、うざってぇー」


 負けが込んでいる。そんな意識でいる撫子にはその演出に腹立たしさしか感じない。湧き立つ観客たちも目障りだった。

 そんな撫子の様子に鹿島が気づく。そして、「すみませんね」と会釈をして、撫子の分のラーメンを作り始めた。


「あー、もう、何やってるだか」


 自分の態度の悪さに撫子は自己嫌悪に陥る。何より、自分のイメージ戦略にマイナスであると感じていた。

 オリンピック選手になり、スターアスリートになるつもりなのだ。それが今の態度で絶たれたのかもしれない。そのことが撫子を再び打ちのめす。


「はい、宇宙一辛いラーメン・ほむらです。行きますよ」


 鹿島はラーメンのどんぶりを撫子の前に置き、マッチを摺ると、ラーメンに火をつけた。ボワッとラーメンが燃え上がる。

 綺麗だ。撫子は目の前でフランベされたラーメンに感動するが、巳螺野の時のように観客が湧き立つことはなかった。二回目だからだ。ここでも撫子は虚しい気分になる。


「最初から全力で行かせてもらうわ」


 撫子は麺を釣り上げる。空中に麺が飛んだ。

 それを前にして、巳螺野がぼそりと呟いた。


「その宙に舞う麺、眼球を襲いますよ」


 巳螺野の予言の言葉だった。その言葉は未来人が見てきたかのように的中する。そして、それは現実のものとなった。


「ふふ、あなたの手はわかっているのよ」


 撫子が勝利宣言をする。それと同時に、巳螺野が悲鳴を上げた。撫子が投げた麺が巳螺野の眼球を襲ったのだ。


「いっけなぁーい! 自分で取るつもりが巳螺野さんに当たっちゃったぁ~。どうしたらいいのぉ?」


 それに合わせて、ぶりっ子演技を合わせる。これによって、わざとやったわけではないとアピールするのだ。

 果たして、撫子の主張は通り、不問となるが、撫子の食べ途中のラーメンは作り直すことになった。実際には、全く口にしていないので、何のペナルティでもない。


「ふふ、いいですよ。眼が潰れてこそ見えるものもあるのです」


 巳螺野は不適に笑う。撫子はその余裕に怖ろしいものを感じた。

 そして、巳螺野は一心不乱にラーメンを食べ続ける。


「はい、新しい宇宙一辛いラーメン・ほむら、お代わりです」


 新たなラーメンが届いた。撫子は新たに届いたラーメンの麺を釣り投げ、キャッチし、食べる。


「燃え上がります」


 巳螺野の予言が響いた。果たして、その言葉通りに撫子の舌が燃え上がった。ボワァッと周囲にも聞こえるほどの音が鳴る。フランベされず油が残り、それを投げてキャッチしたことで炎が巻き上がったのであった。


「ぎぃええええぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 撫子の悲鳴が響く。だが、その悲鳴はすぐにやんだ。燃え上がる炎をラーメンのスープで消化したのである。


「このまま、負けっぱなしではいられない!」


 撫子は必死の思いで、宇宙一辛いラーメン・ほむらをほお張り、咀嚼し、スープを飲む。たった一杯で何十年も時が経ったかのような疲労感を覚える。これ以上は食べることはできない。

 撫子は背後を見た。キラキラした瞳で撫子を見つめる少女がいた。天才の種子ライジング・プロミネンス高梨たかなし日葵ひまりだ。もはや、彼女に任せるしかない。


「日葵、あなたに任せる。勝ってよ……」


 撫子の僅かな希望を受け継ぎ、日葵が勝負の場に立った。

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