猫と女子大生 征服
「更なる量産をお見せしますよ」
……なんてことはなかった。そんなことは現実にはありえない。
「ちょっとした準備運動です。これからですよ」
芍薬がそう言うと、パチンと指を鳴らす。
「
急に話を振られ、鹿島はドキッとする。だが、そんなことをしていいものだろうか。結局、食べきれずに、ほかのメンバーに食べさせることになるのではないかという懸念がある。
「そんなことになっても、私は知りませんが、いいですか?」
そのことを説明し、芍薬に注意を促した。だが、芍薬は自信満々に、「問題ありません」と言い放った。
それを横目で見ていた対戦相手である
「私、あんたが何かやってる間にも食べ進めてるんだけど。このまま、普通に負けるんじゃない?」
その言葉を受けても、芍薬の自信は揺るがないようだった。表情を変えずに、鹿島が辛い痺れラーメンと山椒たっぷりの坦々麺をつくるのを待っていた。
そうなると、プレッシャーを感じるのは鹿島だ。つい、集中力が散漫になりかけるが、そこはプロである。しっかり意識を持って、均一な味わいを持つラーメンを作り上げる。
「へい、お待ち」
鹿島はダンダンダンとラーメンの丼を芍薬の前に置いていく。今回作ったのは辛い痺れラーメンを3杯、坦々麺を4杯。さらに食べ残しの辛い痺れラーメンが1杯。合計8杯のラーメンが芍薬の前に並ぶ。
「
撫子から痺れを切らしたような声が響く。芍薬のラーメンを作っていて、そこまで配慮が行き届いていなかった。鹿島は慌てて、再びラーメンつくりに入る。
「あの
撫子が焦った表情を見せながらも、思案下に呟いた。
そんな様子をにやりとした表情で眺めつつ、芍薬は席を立った。そして、再び反復横跳びを始める。
「何を馬鹿なことを……」
撫子はやはり呆れたように芍薬を見ていたが、それは驚愕の表情へと変わる。反復横跳びをしながら、ラーメンを食べ続けているのだ。これが芍薬の言う更なる量産というやつなのだろうか。
「馬鹿な……。いや、馬鹿だ! なんで普通に食べようとしないのよ」
そうぼやいた瞬間、ようやく鹿島が出してきた。ラーメンを前にして、撫子は呆然とした表情のままラーメンを食べる。
しかし、その異変にすぐに気づいたのだろう。表情を変え、一心不乱にラーメンに集中しだした。鹿島はその様子によって異常事態に感づくことになる。
「なんだ、ありゃ。本当に
現実にはありえないことだと思っていた。それを実際に目の当たりにしているのだ。
当然、本当に芍薬が分身しているのでなければ、超スピードで残像が見えているのでもない。しかし、瞬く間にラーメンの中身が消えていく。それは、大食いを知るもの、激辛フードバトルを知るものにはその早食いは驚くべきものであった。その早食いは反復横跳びのスピードとごっちゃになり、まるで分身しているかのように見えるのだ。
「くっ、強い」
その姿をチラッと見た撫子が呻いた。そして、前髪を捲し上げ、隠れていた猫目を露わにする。
「予選なんかで使うつもりなかったけど、こんなところで負けてられないのよ」
そう言うと、麺を大量に掬い、宙に放る。それを空中で再びキャッチすると、流れるような動きで啜っていく。
鹿島はこの食べ方を知っていた。いや、耳にしたことがある。これこそが野試合の覇者、来海沢撫子の秘技であった。
人呼んで
しかし、この技を実際に見るのは鹿島も初めてである。撫子はこの技を秘匿するために公式試合に出ず、情報を分析されることを避けていたのだ。
「完食です。これで20杯目。次は
早々に20杯目を食べ終えた芍薬が選手交代を宣言した。これにより、黒づくめの男である巳螺野が表舞台に現れる。
だが、同じく20杯目を食べつつ、いまだにその麺を空中に放っている撫子は悔しげな言葉を上げた。
「まだ、終わりじゃないのよ。私の実力、アピールさせてもらうんだから……」
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