続・復讐の刃は女帝の胸に突き刺さるか

 二階堂にかいどう六華りっかは困惑していた。

 目の前の対戦選手、兎山とやま克彦かつひこはどうにも情緒不安定だった。ずっと青白い顔で何事かをぶつぶつ呟いていたかと思うと、急に憤怒の表情になり、声にならない声で嗚咽を漏らす。

 この人、やばい人なんじゃないの。そんな気がしてならなかった。


「勝負始め」


 レフェリーの声が響く。

 目の前に置かれているのは青い辛いラーメンだ。このラーメンは食べたことがある。一見して野菜たっぷりの塩ラーメンに見えるが、その中には青唐辛子とジョロキアが散りばめられており、スープにも辛さが濃縮されている。

 しかし、わかっていれば見た目に騙されることもない。正攻法で攻略するだけだ。


 すすっと麺を口に入れる。啜ってはいけない。ゆっくりじっくりと確実に。それが、激辛を食べるうえでの最低要件だ。

 辛い。でも、想定通りの辛さ。六華はそのまま的確に青い辛いラーメンを食べ進める。


「ぐぶぅっ!」


 それに対して、兎山はむせ返る。そのルックスに油断し、つい麺を啜ってしまったのだろう。辛み成分が喉元を通り、器官をも責め立てたのだ。とはいえ、ゴホゴホとむせ返るような真似はしない。腐っても強豪選手である。

 とはいえ、六華は圧倒的優位を確信していた。こんなケアレスミスをする相手に負けるはずがない。

 そんな時だ。急に声が響いた。


「許せない、許せない!」


 それは慟哭のような、怨嗟のような声色だった。そして、その叫びとともに、猛烈な勢いで青い辛いラーメンを食べ始める。まるで辛さなど感じないように麺を啜っていた。

 精神の昂ぶりが辛さを克服するタイプなのだろうか。高梨たかなし日葵ひまりと同じ性質を持っているとも思えるが、兎山の得体の知れなさはそれ以外の何かと思えた。


「ひっ」


 思わず、六華は小さな悲鳴を漏らす。兎山の不気味さに圧倒されていた。それによって、食べるスピードも遅くなる。気づいたら、兎山が1杯を食べ終えた時、六華は半分も食べきっていなかった。

 絶望的な面持ちでラーメンに向かう。こうなると、じわじわと押しせる青い辛いラーメンの刺激にしり込みしそうな心持ちになった。


「選手交代します」


 兎山が宣言した。

 六華はホッと一息つく。この怪しげな男とこれ以上対戦しなくて済むと思うと、安堵感でいっぱいになった。

 だが、その希望はすぐに打ち砕かれる。


「拒否します」


 兎山のチームメイトである来海沢くるみざわ撫子なでしこが拒絶したのだ。

 だめだ、このまま、この男と戦わなければいけない。気が滅入るものを感じるが、その瞬間、日葵と目が合った。日葵の目は澄み切っており、まるで六華を信じ切っているかのようだ。


 ――六華さん、決勝で戦いましょう。あなたがこんなところで躓く選手じゃないことはわかっています。


 日葵の目はそう訴えかけている。六華はそう確信した。


 ――そうよね、こんなところでめげるわけにはいかない。私は銀メダリスト、絢爛なる女帝トータル・ブリリアント・カリズマティックの二階堂六華なのよ。


 そう考えると、俄然勇気が湧いてくる。気持ちが昂るのを感じた。


「オーホッホッホッ」


 高笑いを上げた。それとともに、自分に力がみなぎっていくのを感じた。これはもしかして、日葵が身体能力を高めたのと同じ状況だろうか。

 六華は自分が更なる次元に立ったことを感じ、その勢いのままに、麺を食べ進める。食べることができる。いとも容易く。辛さなんて感じない。まるでゾーンに入ったかのようだった。


 行ける。六華はスープを飲み干した。もう一杯の青い辛いラーメンが目の前に置かれた。

 怖くない。先行する兎山に追いつき、追い越さんとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る