復讐者
今回のオリンピック予選において、もはやセオリーというべきメニューがある。冷たい味噌ラーメンの辛さ10倍だ。これは容易く20ポイントを得ることのできる料理である。
しかし、同じことばかりやっていても埒が明かない。ほかの選手の裏を掻くさらなる必勝の手を考えるべきだろう。
「卵入り味噌ラーメン辛さ10倍」
兎山が注文する。それに重ねるように、女性の声が聞こえた。
「卵入り味噌ラーメン辛さ10倍」
兎山は声のする方を向く。OL風の女性選手だった。特にオーラも感じなければ、強者の風もない。
自分の考えた抜け道を彼女も見つけたのかと思ったが、気のせいだろう。そう思うことにして、自分の勝負に向き合うことにした。
卵入り味噌ラーメンはその名前の通りゆで卵が大量に入ったラーメンである。スープは激辛だが、味噌の甘さでマイルドになっており、卵で中和することもできる。中国料理・
それでいて、辛さの度合いは8段階目であり、10段階目の冷たい味噌ラーメンよりも食べやすい。それで、たったの2ポイントの違いだ。次のメニューで簡単に覆せる差である。
しかし、兎山はこのメニューの本質に気づいていない。
「辛っ!」
口に入れた瞬間、思わず叫んだ。以前に食べたものとまるで違うほどの辛さだった。
卵入り味噌ラーメンは都度調理品である。作り置き品である北区ラーメンや練馬ラーメンとはまた違うメニューなのだ。注文があってから調理する料理であるため、その辛さは料理人の匙加減で大きく変わる。
以前食べた時の辛さは大したことがなくても、今回もそうとは限らない。
「くそっ! 当てが外れたか」
そう後悔してももう遅い。下手したら北区ラーメンや冷たい味噌ラーメンよりも辛いであろう卵入り味噌ラーメンを必死で食べ進めることになった。
「うふふ、美味しい」
それに反して、余裕の表情を見せている者がいた。同じく、卵入り味噌ラーメンを頼んだ女性選手である。
彼女はまるで辛くないラーメンを食べているのと同じように、楽しんで食べているようだ。まさか、自分の食べた辛くない卵入り味噌ラーメンがあちらに行き、こちらには辛いラーメンが来たとでもいうのか。
「汚ねぇ! あいつ、運営とグルにでもなっているのかよ!」
兎山の心がどす黒い恨みで満たされてった。そうなると、自分が辛いものを食べているなどということも忘れてしまう。怒りに打ち震えながら、卵入り味噌ラーメンを平らげた。その後、何かを考えることもできず、同じメニューを頼む。そして、同じように一心不乱に食べ進めた。
「第二回戦第一勝者、
アナウンスが響く。すでに一位で抜けるものが出てきている。だが、そんなことは怒りに燃える兎山には関係ない。
「許せねぇ、あの女! 信じられねぇ、運営ども! 俺はもう優勝なんて夢見ない。何もかもみんなぶっ壊してやる!」
ただ、ぶつぶつと何事か不穏な言葉を繰り返していた。
兎山克彦、彼の二つ名は
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