五輪予選開幕
元々が胡麻担々の鍋なのだ。ラーメンにして、まずいわけがない。
胡麻の香りが食欲を誘い、痺れる辛さが心地いい。麺はツルツルで舌触りがよく、持ち持ちした噛み応えも楽しいものだ。だが、いかんせん辛い。ビネガーで辛さを軽減しているにも関わらず、この辛さだ。
だというのに、
芍薬はラーメンを小皿に入れ、ミニラーメンを量産している。量産しているうちに麺が冷めていくという作戦なのだろう。
それに対して、細かいことはやる必要もないとばかりに、日葵は鍋から直接ラーメンをすすり上げていた。芍薬はそれを迷惑そうに見ていたが、やがて諦めたように量産ミニラーメンを一気に食べ始めた。
こうなると、辛さを減らした担々麺にひぃひぃ言っている芹那と海鼠腸に勝ち目はない。ビネガーを加えようと、量が増えるばかりで効果はないだろう。
敗北がはっきりと見えた。
「って、
ここで、虎島の姿が目に入る。こうなると、もはや負けの見えている勝負に固執している場合ではなかった。
「やめやめ、私たちの負けよ。えと、
急に投げやりな態度を取り始めた芹那に、日葵は拍子の抜けたような顔をする。だが、それ以上に焦ったのは芍薬だ。
「ちょっと、ちょっと、妹も、
芍薬が慌てたように言葉を捲くし立てると、芹那はキョトンとする。そして、少し考えたのち、思い出した。
「あー、面接に来てた子ね。激辛フードバトルを見学したいって言うから、そこで待機してもらってたのよ。
牡丹さん、お姉さんが迎えに来たみたいよ」
それを聞いて、牡丹は恥ずかしそうな表情で立ち上がる。そして、キィっと芍薬を睨んだ。
「お
その迫力に芍薬はしどろもどろになる。
「え、だって、なんか、悪そうな人たちみたいだったし……。牡丹が騙されてるんじゃないかって。実際、反則ばっかな人たちだったし」
そんな芍薬を尻目に、芹那は虎島に詰め寄っていた。彼女の目的は虎島にあったからだ。
「虎島さん、なんで連絡に応えてくれなかったんですか。私たちはずっとあなたを待っていたんですよ」
それに対し、虎島はチッと舌打ちする。
「だから、来たくなかったんだよ。前にも言ったけどよ、俺はあんたらの代表はとっくにやめてんだよ。もう、勝手にやっててくれ」
それを聞いて、芹那の顔が青くなった。自分たちにとって虎島は必要な人なのだ。第一、彼が代表であることに変わりはない。虎島がいなければ計画は一歩も進まない。
「虎島さん、あなたはまだ組織を抜けてないですよ。除名手続き、されてないんですけど。もしかして、手続き、忘れてました」
芹那が恐る恐る口にする。
「それに! それに、ですね! 今いるメンバーだけじゃ、五輪の種目に激辛を加えるなんて無理なんですよ。
芹那は必死で縋りついた。虎島は迷惑そうに引き剥がそうとする。
そこに、
「はあ、なんとなく、わかりましたわ。虎島さんの一派だから、あんな卑怯な戦い方をしたんですね。納得しました」
六華は呆れたような物言いで呟く。
だが、傍から聞いていた日葵は驚くほどの反応を示した。
「虎島さん、激辛の五輪参入を推進していたんですね! なんでですか、やめちゃったんですか? 絶対、やってくださいよ。
激辛の五輪はヤスヒコの悲願だったんです。私たちはヤスヒコの願いを叶えなきゃいけないんです!」
日葵が熱弁する。生前はぞんざいな扱いをしていたはずだが、死んだ人間は美化されるのだろう。目を輝かせて、ヤスヒコについて語っている。
そして、とどめを刺したのは虎島の身体を支えて、この場に連れてきた
「虎島さん、やってあげなよ。退会の手続きもミスってたんだし、これだけ慕ってくれる人がいるんじゃない。やらなきゃバチが当たるよ」
どうやら虎島は鹿島に弱いらしい。そう言われて、否定する言葉が思い浮かばなくなったようだ。
その様子を見て、日葵と芍薬は顔を合わせてニッと笑う。
「どうやら、次に会う時は五輪予選が開幕した時のようね」
芍薬がそう言うと、日葵は満面な笑みを浮かべた。
「その時が楽しみだね! どんな料理が食べられるんだろう」
事態は虎島の思惑を外にして、動き始めていたのだ。
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