壁と量産
「あら、あなたたち、二人?
過食症の症状は過剰にものを食べ、そのすべてを吐くという。それ故に、体重は落ち、ガリガリに痩せ細ってしまう。この女性には、そんな病的なものを感じる。
「私は
彼女の名乗りとともに、大男の熊谷は彼女の前に出る。
桔川の表情は妙に強気だった。勝ち誇ったように自分たちの名前を表明する。しかし、それは知らない名前だった。
「え~と、私は
芍薬の名乗りを受けると、桔川は少し揺らいだようだった。ここまでの有名人二人を相手にしているとは思わなかったのだろう。
芍薬も日葵も、その名は轟いていても、テレビ放映される大食い大会に出たことはなく、公式大会の出場記録もない。ただ、メダリストや実力者を幾度となく下していることは、まぎれもなく事実であった。
「個々の力で勝てるとは思わないことだな。今回の勝負のルールは2ON2だ。互いに協力できなければ死が待つのみだ」
そう発言したのは熊谷だ。そう言って、ガハハハハハと笑う。
だが、それは冗談ではない。タッグでの勝負は相方の辛味耐性に期待するからか、異様に跳ね上がることがある。それに対して、下手な対処をしたのでは死ぬこともあり得るのだ。
「あまり脅さないのよ」
桔川は熊谷を窘めるような物言いをするが、その顔はニンマリとした笑顔を見せていた。
何か罠を用意している。芍薬は予感する。それも、罠があると予感させてなお効果を発揮するであろう、恐ろしい罠をだ。
両者の前に鍋が運ばれてくる。黒胡麻の香ばしい匂いとともに、カプサイシンの熱量が漂っていた。
それを目の前にした熊谷は箸で具材を一気に押し寄せ、それを作んで桔川の取り皿によそい、次いで、自分の取り皿にもよそっていく。
「これぞ俺の技、壁! 一気に差をつけるぞ」
それに対して、芍薬もまた動いていた。瞬時に具材を取り分けていく。なぜか自分の持ってきた皿も広げており、ネギ、白菜、チンゲン菜、ニンジン、しめじ、えのき、豆腐、それに豚肉と肉味噌とそれぞれが分けられていった。
「日葵、早く食べるよ。ちゃんと取り分けたから」
それは計算しつくされた並びになっていた。自分の得意な具材を自分の近くに配置し、苦手な食材は日葵の近くに配置する。これにより最高速で食べ進めることができるのだ。
「えっ、えっ。これって意味あることなの!?」
日葵は混乱しているようだが、それでも物凄いスピードで食べ始める。作戦は上手くいったといえた。
芍薬もまた肉を食べ、豆腐を食べ、ネギを食べる。食べやすい。辛さも痺れも一定水準以上のものであるが、今のところ問題にならない。
だが、あくまで今のところだ。ラフファイトを仕掛けることに躊躇のない彼らのことだ。何かをやってくるに違いなかった。
「ふふ、このままで済むわけ……ないよね」
桔川が動いた透明な液体の入ったペットボトルを手にすると、蓋を開け、ぽこんと潰す。すると、その勢いで液体が噴き出し、芍薬と日葵の鍋の中に入った。
さらに、ぺこん。今度は芍薬が取り分けていた肉味噌の中に入っていく。
「なっ!」
あまりにも明け透けな反則であった。だが、審判はなぜか札束を数えており、見て見ぬ振りをしている。
やられた。想定していた行動であったが、防ぐことができなかった。
芍薬は試しに肉味噌に口をつける。ピリッとした辛さが熱のような刺激となり、芍薬の口内を襲った。辛さのレベルが段違いに上がっている。
また、ぺこんと桔川がペットボトルを圧し潰した。今度は日葵が手に取ろうとしていた白菜に落ちる。日葵はそのまま白菜を取り、食べてしまった。
「熱っ!」
そのあまりの辛さに舌が焼けたのだろう。明らかにダメージを負った反応をしていた。
そして、日葵は予想以上にいうか、予想だにしないほどにというべきか動揺している。何か彼女の過去の傷に触れる味わいだったのだろうか。
「これは
桔川は日葵を睨みつけていた。
彼女は西園寺と何か因縁があるというのだろうか。
芍薬は二人の間にある因縁を測りかねていた。
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