女帝VS量産型

 虎島とらじまは満身創痍だった。

 膨らみ切った腹が重たく、さらに腹に収まった激辛メニューが胃腸に痛みを与える。

 ちらほらと夕飯時の客も入り始めていたが、もはや店のことなど何もすることができない。


 その間、鹿島かしまは忙しく働いていた。

 激辛対決をする量産型女子大生エンド・オブ・サマー・バケーション東雲しののめ芍薬しゃくやく絢爛女帝トータル・ブリリアント・カリズマティック二階堂にかいどう六華りっかへの配膳を行い、さらには通常の客への接客と調理もこなしている。


 その様子を無為に眺めながら、虎島はまずいことになったと思っていた。

 上手いこと二階堂を乗せて東雲との勝負に駆り出すことができた。これは首尾は上々というべきだろう。だが、その後がまずい。勝負直前に二階堂が言い出したため、今回の勝利者の条件に鹿島の引き抜きが入ってしまったのだ。

 勝負が始まる前に物言いをしておけばよかったのだが、そこは二階堂の判断が速く、そのまま勝負開始に押し切られてしまった。


 こうなると、東雲が勝つことを祈るしかないが、さすがに厳しいと感じられた。

 二戦も突き合わされた相手なのだ。実力のほどは感じている。東雲は恐ろしく強い。

 だが、それもどこまで持つのか。すでに人吉ひとよし、虎島と勝負を行っており、適宜休憩を取っているとはいえ、すでに40食以上の激辛メニューを食べているのだ。


 それに対し、二階堂はやはり強い。すでに引退したとはいえ、オリンピック選手というのは伊達ではない。かつて、虎島は勝利してはいるものの、あくまで精神的に追い詰めてのもので、盤外戦術による勝利という側面が強かった。

 今日は体調、精神ともに万全のはずである。懸念材料があるとすれば、それは東雲の挑発だか毒舌だかをまともに受け、冷静さを欠いていることだろうか。


 今回の勝負は20食完食したほうが勝利という条件にしてしまった。二階堂が勝ってしまって構わないと思っていたからだ。

 虎島は焦りを感じつつ、勝負の行く末を見守っていた。


 東雲はまた変わった食べ方をしていた。

 フォークを大量に使い、スパゲティの塊を作っていることは変わりないが、ミートソースを避けており、プレーンな状態のスパゲティを大量生産しているのだ。

 それを作り終えると、まずはミートソースが多少なりともかかっているスパゲティを食べ、その後に一気にミートソースを食べていく。このミートソースは究辛きゅうからカレーの辛さをそのまま受け継いだ激辛であるが、一心不乱に食べ進めた。その後、プレーンな状態のスパゲティを平らげていく。


 なるほど、考えたな。虎島は感心した。

 まずは少しだけ辛いスパゲティを食べることで舌を辛さに慣れさせ、胃の中ではミートソースを受け入れるクッションにする。さらに、ミートソースの後にプレーンなスパゲティを食べることで、口内の激辛成分を一掃し、そのダメージを和らげているのだ。

 素人がやりがちな食べ方に、口内を水でリセットさせるというものがある。激辛成分は水には溶けにくいため、むしろ口内に辛さが広がるだけだ。さらに辛さへの慣れがなくなり、激辛への耐性も失われてしまう。

 それに対し、スパゲティで物理的に辛さを排除するこのやり方は実に冴えていると言えた。


 一方、二階堂の食べ方は一般的なものだった。ミートソースをスパゲティに絡ませ、適量を随時食べていく。

 王道を行く者は奇を衒う必要がない。その食べ方には気品があり、美しかった。


 虎島は見慣れない東雲の食べ方に驚きを隠せず、その精神的動揺のままに圧倒されてしまった。

 それに対し、二階堂は東雲の食べ方に気を取られる様子もない。これだけでも、激辛アスリートとして、経験もキャリアも実力も確実に上なのだと実感させられる。

 そして、東雲もまだまだ体力の衰えをみせない。両者の力量は拮抗しているようだった。


 こうなると、精神的に上回った方が勝つ。

 それは二階堂も理解しているのだろう。二階堂が仕掛けた。


「食事は、常に無駄なく美しくなくてはならないのよ。

 あなたの食べ方は無駄があり過ぎるし、何より美しくない。メダリストを目指すのなら、覚えておきなさい」


 二階堂による精神的揺さぶりだ。

 その言葉に続き、東雲の食事マナーのミスを延々とあげつらっていく。人間というものは、食事のマナーを指摘される時に最も激昂しやすい。そういう統計がある。

 しかし、東雲は二階堂の言葉にきょとんとした表情をし、ポツリと呟いた。


「あのー、私は金メダリストを目指してるんです。銀メダリストになりたいわけじゃないんで、大丈夫です」


 グサリ。そんな音が聞こえたような気がした。

 東雲よりも、むしろ二階堂の精神が傷つけられたようだ。無邪気で屈託のない言葉だからこそ、鋭利に心を切り刻む。そういうことがあるのだ。

 さらに、喋っている間に、東雲は先に食べ進めており、気づいたら大分リードが開いてしまっている。


「ぐっ」


 二階堂は慌ててスパゲティを食べようとする。

 そして、むせた。


「げほっげほっ」


 咳を止めるため、水を口にする。激辛勝負においてやるべきでない行為の一つである。

 その後、どうにか追いつこうと二階堂も四苦八苦するが、リードを埋めることはできなかった。二階堂は敗北した。


 バタン


 そのタイミングで虎島食堂に入ってきたものがあった。すでに夜の22時を回っている。


「お腹すいた! 虎島さん、早くご飯、奢ってください」


 現れたのは高梨たかなし日葵ひまりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る