理論派と女帝
もう夕日も沈み始め、夜の開店も近いというのに、虎島食堂に呼び出されていたのだ。来てしまう自分も自分だが、
だが、来て見ると日葵はいない。その上、ガーリーなファッションをした量産型女子大生と思しき女子との勝負がセッティングされているのだ。
「こんな勝負、私に受ける筋合いなんてありますか?
そもそも、なし崩し的に許したことになってしまいましたが、私はあなたがたのしたことを忘れたわけじゃありませんのよ」
プリプリと怒りを露わにする六華に対し、虎島は宥めるような態度を取る。
「まあまあ、日葵を呼んでいるっていうのもウソじゃないんだよ」
ん? そんな話だったっけ?
虎島得意の話をはぐらかす話術が始まっていた。
「日葵が来るまでの間、二階堂さんのファンだっていう女の子が来てるからさ、相手をしてほしいんだ。食事代は負けた方持ちだけど、あんたなら心配ないだろ」
だから、そんなことする理由がないでしょ。
そう思いながら、テーブルに座っている量産型女子大生に目がやると、目が合った。量産型女子大生はニコっと笑う。自分のファンだという彼女の笑顔を見て、「なんだ可愛げあるじゃないの」と思い、六華は心が少し緩んだ。
だが、量産型女子大生はニコっとした表情のまま言い放つ。
「次のお相手は
私は今度のオリンピックでは金メダル取るつもりです」
なんだ、この女……。
量産型女子大生の物言いに六華は怒りと屈辱を抱く。
オリンピックで銀メダルを獲得したことは、二階堂六華の経歴として華々しいものである。しかし、六華としては必ずしも栄光の記憶として残っているわけではなかった。
世界の頂点にあと一歩で届く、そんなところで敗北したがゆえの銀メダルなのだ。喜びとともにほろ苦さの混ざり合った複雑な感情がそこにはある。
彼女の繊細な部分に、この量産型女子大生はツカツカと土足で踏み込んできたのだ。
「……え~と、どなたでしたっけ?」
しかし、感情の揺れを見透かされたくはない。六華は努めて冷静に返したつもりだった。
「
笑顔でありながら、その目は笑っていなかった。その冷たい表情が六華の心の内を見透かしているように思える。
そして、そんな六華の動揺を見て取ったのか、虎島が笑みを浮かべた。
「じゃあ、勝負するってことで! さあ、座ってくださいな」
虎島は強引に六華を座らせてしまった。
量産型女子大生に敵愾心を芽生えさせていた六華は為すがままにされてしまう。
一方、虎島は厨房へと下がっていった。厨房から虎島の声が聞こえてきた。
「だから、作るの早いんだよ」「なんで即席でアイディアメニュー作っちゃうかなー」「今は時間稼ぎが必要なのに」
どうやら虎島なりの苦労があるようだが、そんなことは六華の知ったことではない。
やがて、スパゲティが運ばれてきた。配膳しているのは虎島食堂の料理人だ。
それは一見して普通のミートソースパスタのようだったが、匂いが違う。これはカレーの匂いだ。虎島食堂の看板メニューである
「ちょっと、このミートソース、味見させてもらえません?」
六華がそう頼むと、料理人は厨房に下がり、一口分のミートソースをよそって持ってきた。
それを六華は口に入れる。
――美味しい!
ミートソースらしく、ひき肉の味わいが前面に出ており、それをトマトの酸味と旨味が引き立てている。だが、それと同時に究辛カレーのスパイシーな旨さと辛さも感じられる。そして、それが邪魔するわけではなく、それぞれが調和してまとまりのある味わいとなっているのだ。
先ほど、虎島は即席で作ったように言っていた。それが本当だとすると、この料理人はとんでもなく優秀だ。
「虎島さん、この勝負お受けします」
虎島は今さらかとでも言わんばかりの表情をする。
「ただ、私が勝ったら、この……、え~と、鹿島さんを引き抜かせてもらいますね」
六華はあたかも鹿島の名前を憶えていたかのように口に出したが、実際にはネームプレートを見て、今知った名前だった。
この言葉には初めて虎島がうろたえたような表情をする。虎島としても鹿島を失いたくはないのだろう。
その表情を見て、六華は初めて胸のすく思いをした。
そして、虎島が返事を口にする前に宣言する。
「では、勝負を開始しましょう」
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